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ワンダーフォーゲル・キャロリング☆★☆

作者: 塚本悠真

 正門を入るとヒマラヤ杉の巨木が二本。12月に入るとイルミネーションの飾りが施される、この大学の風物詩。

 クリスマスイブにはチャペルで礼拝のあと、ヒマラヤ杉の下に集まってキャンドルを手に駅まで練り歩く。なかなか美しく、幻想的。

 これをキャロリングというらしい。


「とはいうものの見たことないんですよ」

「えっうそ四年生なのに。毎年なにしてたの!?」

「冬合宿です」


 なるほど、と相手は頷いた。

 そう。私は山岳サークル所属の山女だ。やまめではない。やまおんな或いはヤマージョと呼んでいただくのも良い。

 四季折々の山にわけ入っては(といっても一般登山道ばかりだけど)稜線を縦走するのを至上の喜びとして過ごしてきた。

 だから冬休みも山。クリスマスから正月にかけて山。雪にまみれ、埋もれ、ブルドーザーのようにかきわけてきた。テントの中で鍋をやるのがまた最高なんじゃ……


「じゃあ今年はなんで下界にいるの?」

「内定先の忘年会に呼ばれてやむを得ず……それはまあ昨日だったんですけど」


 なるほど、と相手はふたたび頷いた。


「だから今フル装備なんだ。気をつけてね。絶対遭難しないでよ。学生の遭難を受けて担当職員の記者会見、とか俺イヤだからね」


 ハーイ、と答えて私は学生部の窓口を後にした。




 三年生以下の部員たちは昨日の鈍行で発っている。今ごろ寒い寒い言いながらテントを張って、鍋なんかつついているんだろう。

 私は今夜の特急で追いかける。今年の冬は縦走ではなくベースキャンプからのアタックだから、彼らが山頂を攻めてるあたりでテント着になるだろう。

 差し入れはどうしようかな。日本酒かウイスキーか。鍋に入れる肉、追加で背負ってくと喜ぶだろうな。


「あとは何かな……乾いた靴下でも余分に入れとくか……」


 たしか団体倉庫に古いのがあったはず。

 ライトアップされたウィル爺(大学創設の偉い人)の像を横目に、私は部活棟へと向かった。足元は積雪にも耐えうる重登山靴。山ではいいけどアスファルトとの相性はいまひとつ。

 部活棟の山岳倉庫には他団体の同学年がいた。

 体育会山岳部の四年男子。ゴリゴリの山男、野沢くん。


「あれ、松本さんこれから?」

「野沢くんも後から組でしょ。今年どこ?」

つるぎ


 やばすぎて笑ってしまう。さすが山岳部。

 一緒に買い出し行こうよということになり、それぞれパッキングを終えて私たちはキャンパスを歩きだした。

 荷物の重さは20kgちょいというところ。団体装備がほぼないから身軽である。野沢くんはザイルのぶん、重そうだ。


「ひと少なくね?」

「5限も終わってるし、こんなもんかもよ」

「いや普段はもう少し……あ」


 野沢くんが足を止め、私も立ち止まった。

 前のほう、短い渡り廊下をぞろぞろと人が歩いている。こんなところに人が集中してるのを始めてみた。よくよく見ると年齢層が様々だ。青年、中年、壮年、老年、子どもも何人か混じっている。学生は半分くらいだろうか。

 そして列の最後に分厚い書物を抱えた黒衣の男性──もしかして、あれは。


「小谷チャプレンだ」

「野沢くん知ってんの?」

「俺、文学部だから。チャプレンの授業取ったことある。落としたけど」


 落としたんだ。

 なるほど私たちはクリスマス礼拝を終えたところに出くわしたらしい。私はクリスチャンじゃないので正直チャペルの場所もよくわかってなかったけど、そうかここだったんだ。

 ぼーっと見てると小谷チャプレンがこちらを向いた。野沢くんがぺこりと会釈する。つられて私も。


「いらっしゃい」


 にこりと微笑んで、手招き。私と野沢くんは顔を見合わせた。


「松本さん、時間だいじょうぶ?」

「特急券まだ買ってないから。最終に乗れれば大丈夫」

「俺はバスだけど、ずっと後だから大丈夫」


 私たちはザックに登山靴という装備のまま、集団の最後尾にくっついた。




 火をともしたキャンドルが配られる。準備したのはキリスト教学科の学生だそう。


「ワンゲルにいたよねキリ科の先輩」

「なつかしいね。うちと合同合宿したことあるよ」

「まじで。どうだった」

「山的には弱かったよ。私と同じくらいかな」


 そりゃ弱弱だ、と野沢くんが笑う。四年間で多少は頑丈になったけど、まあ下手の横好きには違いない。

 キャンドルはじつに素朴な作りで、紙コップの底に短いろうそくをくっつけてあるだけの簡単な代物だ。

 一見頼りないようで、それでいてしっかり温かく、私たちは両手でそれを包みこむように持ってそこにいた。


「めっちゃ綺麗ね、ヒマラヤ杉」

「ねー。あんまりじっと見たことなかったわ」

「なかったね。もったいなかったかもね」

「でもほら今年はこうやって見てるわけだし、もったいなさはここで成仏したんじゃね?」

「成仏したね、間違いなく。……この用語クリスマスっぽくないね」


 そう言って笑うと、キャンドルの明かりが忙しなく揺れる。ふたをするように片手で覆うと、集団がゆっくり動き出した。

 駅の広場まで行進するのだ。


「讃美歌、第112番」


 キリ科の学生の音頭でもろびとこぞりての合唱が始まり、列が動く。知ってる歌なので私達も歌った。光の列のしっぽのほうで。


 もろびとこぞりて むかえまつれ


 正門を出て大学通りを練り歩く。

 この通りも四年の間にずいぶん変わった。カフェやファストフード店は軒並み撤退、今はネイルサロンとヘアサロン、そして結婚式場と定食屋ばかりのようだ。


「ここ行ったことある?あやめ食堂」

「ないんだよねえ。女学生にはちっと敷居が高いわ、シブすぎて」

「俺こないだ初めて入ったんだよ。そしたらさ、お冷がワンカップの容器に入ってた」

「まじか。そりゃ気合入ってるわ」


 ザックの重さが不思議と気にならない。

 クリスマスの魔法にかかりはじめたことに私は自覚的だった。となりの野沢くんが妙に素敵に見えるのがその証拠。気の迷いもここに極まれり。ぐっすり寝たら解けるたぐいのやつである。


「このイベントでカップルできたりするんだろうねぇ…」


 ぽつりと口から出た言葉を、野沢くんは拾わない。

 それでいい。そのほうがいいと思う。


「俺、思うんだけどさ」

「うん」

「これから山行くのびっくりじゃない?ちょっとめんどくない?」


 ──おっと、拾ってしまったか。


「まあ行くけど。行くことになってるし、行くと楽しいし。しんどいけど。でも思ったんだよ、俺は特殊な過ごし方をしてるのかもしれない」

「違いないわ。積雪期の劔だもん」

「でもそれをしない世界線の俺はクリスマスに彼女とデートしてると思うんだよ、きっと」


 拾い方がちょっと面白いな。

 いいぞどんどん喋ってくれい、そのほうが魔法が解けるのも早そうだ。


「それどころかさ、たぶん雰囲気に飲まれてその場の女の子手当り次第好きになっちゃうんだよ、きっと」

「そ……そーお?」

「でもそんな感じしない?人を好きになるときってよく知りもしないで好きになってさ、幻滅したりされたりしちゃってさ」

「野沢くん失恋したの?」

「してないけど、そういうのにあと何年振り回されんだろって思わない?」


 思うわ……。

 溜息と一緒にうなずくと、野沢くんは我が意を得たりという顔だ。

 たぶんお年頃なんだろう、私達は。

 いつだって恋を、あけすけに言えば繁殖可能性のある相手を探している。少ない接点、薄い御縁、にも関わらず相手が素敵に見えてくる。

 私の場合同ジャンルの尊敬できる先輩ってやつに滅法弱い。もはや弱点に近い。ちなみに野沢くんの弱点はわからない。


「結局そういうのもトライアンドエラーじゃん。だから果敢に挑むじゃん。でもエラーのときの傷つき方がえぐい。立ち直れない」

「野沢くんのエラー見たことないわ。ヒットも見たことないけど」

「だからもうくじ引きでいいのにってときどき思う」


 なんでやねん。さすがにおかしくて笑っていると、野沢くんがいきなり私の手を引いた。

 心臓が跳ねる。

 お年頃なんだからやめてほしい。


「こっちこっち。買い出し行こ、松本さん。小谷チャプレンには悪いけど」


 あ、そっか。ここで曲がるとスーパーあるんだっけ。

 キャンドルの列は駅へと進む。私達の知らない賛美歌を奏でながら。

 列を外れた二つの明かりは、並んで街へと溶けていく。スーパーにつくあたりで芯は燃え尽き、私達は山の話をした。いつものように。


 キリエ キリエ エレイソン


 魔法はおしまい。

 残ったのはキャンドルを包んでいた紙コップと、おそらく一生の趣味友達。


「そのうち合同合宿やりたいね」

「ふふ、私の足の遅さについてこれるかな」

「先にテント張って待ってるわ。米も焚いておく」

「やだぁスパダリじゃーん」

「なのに彼女いなーい」


 まだ言ってる。

 笑いながら買い物を済ませ、私達は新宿で別れた。私は特急、あちらはバス。次に顔を合わせるときは山岳団体連合の新年会だ。




「……ということがあったんよ」

「野沢さんていつも壁に張り付いてるひとですよね」

「ヤモリみたいに言うね。合ってるけど」


 6人用のテントでぎゅうぎゅう詰めになりながら、私はキャロリングの土産話をした。

 後輩たちはあまり興味がないようで、やれ「俺の五徳がない」だの「私の食器がない」だのとかまびすしい。

 相手をしてくれるのは荷物を散らかさない三年生だ。ごちゃつくテント内で調理スペースを確保し、鍋の準備に取り掛かっている。


「あのひとが素敵に見えるんじゃ相当ですよ。たしかにクライミングしてるときはすげーってなるけど……うう足ちべたい。火で炙りたい。お湯につけたい」

「ほら、自分の乾くまで倉庫の靴下履きな。ウールの力を借りるんだ」


 ありがてえ、と後輩たちが唱和する。可愛いやつらである。もっと崇めたまえ。


「いや良いやつなのよ野沢くんは。じわっと面白いし山は強強だし。でも私は見境なしにさかりたくないんだ、あちらにも失礼だ」

「松本さん動物的ですもんね」

「やめてー私は人間でいたい。早く人間になりたい」


 それじゃ妖怪じゃないですか、だって。

 そうこうしているうちに鍋ができた。冬の山は食材の自由度が高くていい。肉も野菜も摂れるのがいい。


「そうそう、お酒持ってきた。飲む人コップ出して」

「わあい、でも瓶重かったんじゃないですか」

「ま、たまにはね。ほーらオシャンな酒だぞお!松本サンタさんからの差し入れじゃ」


 乾杯!メリークリスマス!

 荷物に忍ばせてきたのはスパークリングワイン。泡が弾ける。笑い声も。

 みんないい子である。山をやるやつは大抵いい子である。これはもしかすると本当のサンタさんの訪れがあるかもしれない。


「でも今日は25日ですよ。サンタさん仕事終わって帰ってますよ」

「いーや私がサンタだ」

「それなら俺もサンタになる」

「私も私も!」

「じゃあ僕も」

「うーん何いってんだこの人たち」


 ほろ酔い気分でおなかいっぱい。鍋を片付けておやすみなさい。

 今宵、風はなし。

 しんとして音もなし。

 皆の寝息をBGMに、私も夢の中へ──


 ──トイレ行きたいな……。


 寝袋の中で頑張ること20分弱、私は観念して起き上がった。

 時刻は1時。さっさと済ませてもっかい寝よう。覚悟を決めて寝袋を脱ぎ、靴を履いてテントの外へ。

 氷点下20℃の空気が全身の熱を奪いに来る。やばいやばい早く山小屋のトイレに避難しよう。

 早足で向かいながら、私はヘッドランプを忘れたことに気がついた。同時に、ヘッドランプがなくても困っていない自分にも。

 顔を上げる。天を仰ぐ。


「おお…」


 きらめく無数の星明かり。

 月がどちらにあるのか分からなくるほどの。昨夜のキャロリングと重なるような。ここに誰かいたら、また魔法が効いちゃうな。


「いや、その前にトイレだな…」


 小声で歌いながら、私は雪道を踏みしめた。


 主は 主は きませり




 +++おしまい+++

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