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43ページ/突発寿司パ

 



 八神麗緒はキッチンでそわそわしていた。

 へらへらしていると思えば変にカンが鋭く、空気が読めているのかいないのか分かりにくいイケメン女子・茉莉花のペースに飲まれている気がして仕方ない……。

「えっと……すいません、あたしまでお邪魔させてもらっちゃって……」

 緊張気味にぺこりと頭を下げたのは、噂の茉莉花の彼女。名は相葉汐音あいばしおん。磨いた十円玉のような奇麗なブロンズヘアに染まっているのだが、つむじまでしっかり同色なので生まれつきの赤毛と思われる。

 五分ほど前、もみじが汐音を連れてやってきた。連絡もなしに堂々と合鍵を使って来たので、茉莉花が「おー?」とにやにや視線をよこしてきた。やっぱりか、と言いたいのだろう……。

「麗緒先生も座ってくださいよ。汐音ちゃんがおいしいもの買ってきてくれたんですって! あとでいただきましょうねー」

 もみじがキッチンへやってきた。慣れた手付きで白い箱を冷蔵庫へしまっている。電気ケトルに水を注ぎ出したので、麗緒はリビングをちらちら気にしながら「あたしがやりますからっ」ともみじを押し戻した。

「どうして? お寿司買って来てくれたんでしょう? おいしいうちに食べましょうよ」

 天然なのか開き直っているのか、合鍵を渡す仲なのを全く隠そうとしないもみじ。自分がおかしいのか? と麗緒は困惑してくる。

 ダイアナが踝にごちんと頭突きをしてきた。リビングでは汐音がコジローを抱き上げて歓喜の声をあげている。「ぼくの時は嫌がったくせにー!」と茉莉花がすねているようだ。

「分かりました分かりました。お茶入れたら行きますから……。もみじさんこそ座ってて?」

「えー……。分かりましたよぉ」

 やや不満げにキッチンを去るもみじ。仕事で疲れているし、腹もぺこぺこなのだろう。機嫌が傾きかけているのはそれが原因でないことは、麗緒が一番自覚しているのだが……。

 熱々のお茶と小皿を配り、突発的に開催された寿司パーティーが始まった。星花卒業生である二人と思い出話で盛り上がっているもみじ。話しながら寿司を口に運ぶもみじの横顔を見てあることに気付き、麗緒は仰天した。

「もみっ、もみじさんっ?」

 いつの間にかマスクを外していたのだ。麗緒の前でしか外そうとしなかったマスクを……。

「はい? なんですか? 麗緒先生」

「なんですかじゃなくて……」

 二の腕を掴み、もみじの耳元で「マスクは?」と囁く。焦りを感じている麗緒とは裏腹に、もみじはにこにこ返してきた。

「マスクしてたら食べれないじゃないですか」

「いや、それはそうだけど……」

 そういう問題じゃなーい! と心の中でツッコむ麗緒。もみじは再び何もなかったかのようにイクラを頬張り「おいしーい」と喜んでいる。

 二人は暗黙の了解であえてツッコまないのか、相変わらず談笑を続けている。麗緒の部屋と実家でしかマスクを外さなかったというのに、いつも外している場所だから気を許しているということなのだろうか……。

「麗緒先生、ちゃんと食べてます? 嫌いなものあったら食べてあげますよ? それとも、サビ入りは苦手ですか?」

 すっかりご機嫌のもみじ。第三者がいる時の呼び方は変えないらしい。いつものからかいモードで、ふふふっと口角を上げている。

「食べてますよ……。もみじさんこそ、ウニは見た目が苦手とかなんとか言ってませんでした? 食べてあげますよ」

 箸を延ばすと「だめーっ」と皿を遠ざけられた。二人がくすくす笑う。色々考えてもさっぱり分からない。麗緒は諦めて普段通り接することにした。

「茉莉花から聞いてはいましたけど仲いいですね、もみじさんと麗緒先生。仲良くなったきっかけは何だったんですか?」

 言って、汐音はサラダ巻きを頬張る。隣の茉莉花もうんうんと頷いている。

「きっかけ……?」

 同時に発して、同時に目を合わせる麗緒ともみじ。何だったっけ? という間が空いたのち、もみじのほうから切り出した。

「麗緒先生はね、私の王子様だったの。不器用なとこもあるけど、すっごく紳士的でね、私を助けてくれたんだよ? それからだったかなぁ? 一緒にお出かけするようになったの。ねぇ、麗緒先生?」

 否定と肯定とが混在しているので、同意を求められても……と固まる麗緒。

「マジっスかー。麗緒先生ってば、ぼく並みにかっこいいんスね!」

「あんたはヘタレでしょーが」

 汐音が茉莉花を肘でど突いた。下手に口を開いても墓穴を掘りそうなので、麗緒は黙ってアナゴを頬張る。ダイアナがよこせよこせとネコパンチをかましてきた。

「ふふっ、相変わらず汐音ちゃんとマリッカちゃんは仲いいね。ところで麗緒先生、今日はマリッカちゃんとどこ行ってたんですか?」

「……え、どこって……」

「汐音ちゃんからちょっとだけ聞きましたよ? 買い物したいからマリッカちゃんに車出してって頼んだんでしょう? どこまで行ってたんですか?」

 咀嚼していたアナゴが喉に詰った。急いでお茶で流し込んでいると、三人の視線がこちらを向いていることに気付いた。

 詳細までは聞かされていないらしき汐音はこちらを向きつつ、もぐもぐとサラダ巻きばかりを食している。茉莉花はにやにやが止まらないらしく、麗緒が睨むとぷいっと顔を逸らした。だが口元は緩んだままだ。

「えー、教えてくれないんですかーぁ? 汐音ちゃんは知ってるの?」

 唇を尖らせたもみじが問いかけると、汐音はもぐつきながら首を振った。視界の端に、返事を促すもみじの視線を感じる……。

 まずい。このままではサプライズがバレてしまう……。

 それどころか、お泊まりまでする仲だと二人に公表するはめになってしまう……。







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