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41ページ/カンのいいえろがき

 


 その週末、八神麗緒は早速インテリア専門店へ向かった。

「すまんな。子猫ちゃんたちとデートの予定じゃなかったか?」

 ネットで購入してもよかったのだが、やはり寝具や服は実際の感触を確かめたい。麗緒は『足が必要だったら、いつでも言ってくださいね』と言ってくれた茉莉花にアポを取ったのだった。

「ちょっとぉ、麗緒先生? ぼくをなんだと思ってるんですか? ぼくは彼女一筋だってのに」

 車種には詳しくないが、真っ赤な車はどうやら高級車らしい。イケメンファッションのお嬢様は、乗り込むや否や確信を突かれ苦笑いを漏らす。

「おーおー、どの口が言うのかねぇ? あたしが君の武勇伝を知らないとでも?」

「まったく……星花の先生たちはおしゃべりだなぁ。いいことだけを伝えてってくれないと、ぼくのイメージが台無しじゃないか……」

 大学は冬休みだし、予定も特にないと二つ返事で引き受けてくれた茉莉花。

 先輩教員からは『チャラい女ったらし』だの『誰にでもちょっかい出す問題児』だのといい評判は聞かなかった。

 そうかと思えば生徒たちからは『チャラいけどかっこいい』や『誰にでもちょっかい出すけど優しい』などとまあまあの人気ぶり。

 どれも正解だろうな……と、インテリア専門店を目指し運転する茉莉花の横顔をチラ見する麗緒。前回ボナペティから送ってくれた時も、見かけによらず気の利くやつだなと感心したのだった。

 まあ見た目だけでなく、その気遣いのよさもモテるポイントなのだろう……。

「ところで何買いに行くんスか? ぼくへなちょこなんで重い物は無理ッスよ?」

「あー、大丈夫大丈夫。あたしもへなちょこだけど持てる物だから。ただ、持って帰るとなるとちょっと車じゃないとね」

「ん……なんだろ? 布団とか?」

 ずばり一発で当てられ、一瞬ドキッと言葉をなくす麗緒。ピンポンもぶぶーも返ってこないので、茉莉花は信号待ちを期に横目で追求してきた。

「もしかして先生……」

「な、なにっ?」

 何もやましいことはないのだが、意味深な茉莉花の口ぶりに思わずシートベルトを握りしめる。

「ダブルにするんスか? えっちーぃ」

 茉莉花の口端がにやりと上がる。ちょっとだけ的が外れたので、心拍数の上昇は抑えられた。

「違うっての! ほら青、青!」

「なーんだっ、つまんないのー」

 未だにやついている茉莉花の腿を「えろがき!」とはたいてやった。

 大型インテリア専門店『ニコリ』は週末ということもあり駐車場はほぼ満車だったが、幸い寝具のフロアはさほどごった返してはいなかった。麗緒は走り回る子供たちを交わし、すたすたとシングルコーナーへ向かう。

「この時期に買うってことは羽毛布団ッスか? 予算にもよるけど、ニコリは結構いいのもあるッスからねぇ」

 きょろきょろしながら茉莉花もついてくる。詮索されたくないので車で待っててくれと言いたいところだったが、車を出してもらった手前そうとも言えず……。

「おーっ、これかわいい!」

 麗緒が飛びついたのは、クロネコのシーツカバー三点セット。サイズ表記はシングル用だ。思わず手に取ってしまった。

「ほんっとネコ好きですね。もしかしてコジローにいたずらされてぼろぼろになっちゃったから買い換えとか?」

「……まあ、そんなとこかな」

 めんどうなので、そういうことにしておいいた。子供っぽいかな……とも思ったが、にゃんこ好きのもみじなら喜んでくれるだろう。さっそくカゴの中へ放り込む。

「そういえば、いつ麗緒先生んち行っていいんスか? コジローに会わせてくださいよ。もうだいぶ大きくなったんじゃないスか? 高校ってもう冬休み入ってましたっけ?」

「あー……うん……」

 何に対しての生返事なんだ? と茉莉花が疑問の視線を飛ばしてくる。意外と変にカンがいいみたいなので、嘘の下手な麗緒は慎重に言葉を選ばなければならない。すかさず目を逸らした。

 かといって今日も嫌な顔一つせずに車を出してくれたのだ。ボナペティの恩もあるし、適当にあしらうのも大人としてどうかと思う……。

「しょうがないな……。じゃあ彼女さんと都合のいい日においで」

「おっ、やった! 麗緒先生大好き!」

 どさくさに紛れて頬を寄せてきたので「やめんか!」とグーで押し返す。

「ひどっ! 殴んないでくださいよぉ。顔はぼくの命なんスからねー?」

「殴ってないだろーが。まぁ殴られたくないなら、下手にあたしに触れないことだな」

「ガード堅っ!」

 無視してずんずん突き進む。茉莉花はぶつぶつ言っていたが、いつの間にやら後頭部で両手を組み、口笛を吹きながらご機嫌についてくる。あしらわれるのにも慣れているのだろうか? よく分からないやつだ。

 手頃な三つ折り式のマットと、薄手だが充分暖かそうな掛け布団。それとフランネルのふわふわ毛布と黒ネコのカバーセットを購入し、分担して茉莉花の愛車まで運んだ。

「ありがとう、助かった。御礼に昼でもおごるよ」

「えー、マジッスか? じゃあこれ運ぶついでに、麗緒先生んちお邪魔させてくださいよ! 彼女もさっき午前のバイト終わったみたいなんで、呼んでいいスか?」

「さっそくか……。まぁいいよ。部屋まで運ぶの手伝ってくれたら助かるし」

 一瞬もみじの顔が横切ったが、今日は確か朝番だ。来たとしても三時以降だろう。寝具をクローゼットに押し込んで隠しておけば、二人になった時に『じゃーん!』とプレゼントできる。

「んじゃ決まりね! ぼく、お寿司がいいなぁ。ドライブスルーできる寿司屋知ってるんで、そこでもいいッスか?」

「あははっ。ったく、遠慮ないな。いいよ、あたしも寿司は久しぶりだし」

「へへっ、やった! ごちになりまーす!」

 茉莉花は少々スマホをいじり、「んじゃ行きますね」とエンジンをかけた。おおかた彼女にでも連絡したのだろう。相変わらずの紳士な運転で、麗緒の知らない道をすいすい進んでいった。

 イケメンお嬢様はさぞかし高級寿司店がお好みなのだろうと構えていたのだが、店先のメニュー表を見て意外にも庶民的なのだと拍子抜けした。

 なんでも、彼女さんがここのサラダ巻きがお好きだとか。そういうことか、と納得する麗緒。自称『彼女一筋』なのは、ひょっとしたら本当なのかもしれない……。

 自分ともみじの分の特上を追加すれば、すかさず「え、二人前?」とツッコミが入った。夜に客が来るんだとぶっきらぼうに言うと、意味深な横目がにやにやとこちらを向く。

「あれれー? もしかして、さっきの布団って……」

「い、いちいち詮索すんじゃないっ! 大人には大人の付き合いってものがあるんだよ」

「おー! 『大人の付き合い』って、なんかめっちゃエロい響きッスね!」

「ば、バカか! 前を見て運転しろ、えろがき!」

 一緒にいていいところもたくさん知れたのだが、それとは別に、なぜこいつの彼女さんはこいつと付き合ってるのだろうかという疑問が雪だるま式に膨らむ麗緒だった。






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