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女子校保健医さんの百合カルテ  作者: 芝井流歌


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40/50

40ページ/プレゼント

 

 八神麗緒は、二人きりのクリスマスパーティーを堪能していた。

 アルコールに弱いもみじのために洋酒抜きをオーダーしたが、やはり高級洋菓子店のケーキは洋酒なしでも充分おいしい。サイズを間違えて買ったとはいえ、これを四人分も食べれるのだから間違えてよかったとすら思える。

 おまけに今日はちょっとだけいいビールを用意していたのだ。誰に何と言われようが、ケーキとビールは格別に相性がいい。麗緒はご機嫌で二本目のプルトップを開けた。

「あれ? もみじさん、全然ケーキ減ってないですよ? もしかして、もう胸やけしちゃいました?」

「い、いえ……大丈夫です。食べてます、食べてます」

 慌ててフォークを進めるもみじ。明らかにそわそわしている。電気カーペットでくつろぐダイアナに、コジローが遊ぼう遊ぼうとすり寄っている。麗緒は首を傾げ尋ねてみた。

「もみじさん、もしかしてまだ何か腑に落ちないことでもあります? それとも怒ってるんですか?」

「えっ? えっと、違いますけど……」

 もごもご言うので、鈍感な麗緒でもさすがに気になってしまう。じぃーっと疑いの眼差しを向けると、もみじは観念したように「もー……」とフォークを置いた。

「はい、これ……」

 もみじは持参していた紙袋の中から、もう一つ紙袋を取り出した。麗緒はきょとんとして受け取る。

「なんですか? これ」

「……クリスマスプレゼントに決まってるじゃないですか」

 若干ムッとして答えるもみじ。鈍感にも程があると言いたいのだろう。

「あー……」

 しまった……と麗緒は凍り付く。

 なぜなら、クリスマスを楽しく過ごした経験のない麗緒には、プレゼントを貰うこともあげることも、全く頭になかったのだ。頬を赤らめたもみじが期待の眼差しで見つめてきた。

「えっと……ありがとうございます……」

 その眼差しが意味するのは、『開けてみて』なのか、はたまた『私には?』なのか……。

「あの……もみじさん?」

「はいっ!」

「えっとぉ……」

 あれだけクリスマスを楽しみにしていたもみじだ。きっとこちらからのプレゼントにもわくわくしていたに違いない。プレゼントを用意してないとは言えない……。

 だが用意してないのは事実だ。麗緒は言葉を選ぶ間、受け取った紙袋に視線を落としていた。

「じ、実は……あたしも用意はしていたんですけど、えっと……職場に置いてきてしまいまして……」

「え……?」

 案の定、もみじはぽかんと口を開けた。呆れたのだろう。ごにょごにょとでまかせをでっち上げた麗緒は、気まずそうに「すいません……」と頭を下げた。傍らではコジローがダイアナに『しつこーい』のネコパンチを食らっていた。

「……相変わらず嘘が下手ですね、麗緒さん」

 笑いを堪えながら、もみじはぺしんと麗緒の肩をはたいた。麗緒は驚いて顔を上げる。

「麗緒さんには期待してなかったので、私へのプレゼントはいらないですよ? どうせ後ろめたくて明日にでも急いで買ってくるつもりでしょう?」

 堪えきれず、もみじはとうとう笑い出した。何もかもお見通しだ。麗緒はますます気まずくなる。膝に乗せた紙袋の端を爪でかりかりといじくり、「い、いや……」と次の言葉を探す。

「いいんですよ。それは私があげたくて勝手に買ってきたものなので。麗緒さんはケーキ買ってきてくれたじゃないですか」

「そりゃそうですけど……。はい、すいません。嘘つきました。プレゼント、用意してなかったです」

 麗緒は素直に白状することにした。どんなにごまかしても見透かされてしまうのだ。これ以上無様な失態をさらす意味はない。もみじは満足げに「素直でよろしい!」とおどけた。

「早く開けてみてください。きっと気に入ってくれると思います」

 もみじは麗緒の隣に座り直し、促すように紙袋の中を覗く。

「は、あい……」

 未だ動揺が隠せないまま、麗緒は慎重に包装紙を解いていく。赤地に金色のラメが鏤められた派手な包装紙からは、柔らかい感触が伝わってきた。

 やがてお目見えしたのは、二匹のにゃんこのもふもふぬいぐるみ。極細線維の毛並みが極上の触り心地を演出している。麗緒は思わず歓喜の雄叫びをあげた。

「かっわいーいっ! これ、ダイアナとコジローじゃないですか! よく見つけましたねー」

 推定三十センチ程度のにゃんこぬいぐるみは、どちらもそっくりだった。額に白い三日月模様でグレー地のダイアナ。黒柴犬のような白マロ眉と白靴下のコジロー。どちらもデフォルメされた、くりくりしたお目々が愛くるしい。

「見つけたんじゃないですよ。オーダーメイドです。画像を送って注文すると、そっくりのぬいぐるみに仕上げてくれるお店がありまして」

 半分聞いてなさそうな絶賛大興奮の麗緒から、もみじはコジローぬいぐるみをひょいと取り上げた。

「もう一つ、プレゼントがあるんですよ?」

 更に驚く麗緒に「じゃーん」とコジローぬいぐるみの胸元を向ける。もふもふの首回りに、光る何かが埋もれていた。

「ネックレス……?」

 コジローぬいぐるみは、首輪のように、銀色のネックレスを下げていた。「こっちも」ともみじが指指すので手中のダイアナぬいぐるみを傾けてみると、同じように首元でネックレスが銀色に輝いていた。

 もふもふの毛並みをかき分ける。小さな短冊状のペンダントトップが揺れた。下のほうが三日月型にくりぬかれている。シンプルだがもみじらしいチョイスだ。

「かわいい……!」

「かわいいでしょう? 昨日も駅で麗緒さんを待っている時、お月様を見てダイアナちゃんを思い出しました。ネコ型リングはもうあげたし、今度は三日月がいいかなーって」

 もみじが嬉しそうに目を細めながらダイアナに向く。口を半開きにした麗緒も向く。急に二人に見つめられ、ダイアナは一瞬びくっと肩を振るわせたが、直後にぷいっとコジローのほうへ視線を逸らした。ネコパンチを食らい絶賛いじけモードのコジローは三つの視線に全く気付いていない。

「こんなに素敵なプレゼントいただいて……。もみじさんはあたしのことたくさん考えてくれてたのに、あたしってばほんっと……」

 麗緒はダイアナぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめた。嬉しさが大きい分、罪悪感と自己嫌悪も同じくらい大きい。

「だから、いいんですってばぁ! 麗緒さんのそういう鈍感なとこも……」

「あー、やっぱ鈍感ですよねー。はぁ……」

「あ、いえ、鈍感ですけど、そういう意味じゃなくて……」

 もみじは慌てて否定するつもりだったのだろうが、肯定したあげくフォローの言葉も出て来ない様子。しゅんとしたままダイアナぬいぐるみを抱きしめる麗緒は「すんません」とぽつり呟いた。

「あーん、もうっ」

 しびれを切らしたもみじが、ダイアナぬいぐるみを奪い取る。てきぱきとネックレスを外し、そのまま麗緒の首に両腕を回した。

 ふわりともみじの香りに包まれる。「えっ、えっ?」と動揺していると、あっという間にネックレスが装着された。

「ふふふっ、似合いますよ?」

 ゆっくり離れていくもみじが満足げに微笑んだ。麗緒の鼓動が早鐘を打っている。その胸元にそっと触れてみた。三日月型にくりぬかれた短冊状のプレートがゆらりと揺れた。

「ありがとうございます……」

「いえいえ。じゃあ、私にも付けてください」

 もみじがコジローぬいぐるみを差し出す。麗緒が受け取ると、そのまま背を向けた。

 本物のコジローが、ぬいぐるみからぶらさがるそれにきらんと目を輝かせた。興味を持ってしまったらしい。飛びつかれる前にぬいぐるみから外し、麗緒は背後からもみじの首にかちっとはめてやった。

「もみじさん、ほんとにありがとう……」

 そっと後ろから抱きしめる。不意打ちに驚いたもみじが振り返ろうとしたが、腕の力を強めるとおとなしくなった。さっきのお返しだ。

「……らしくないですね、麗緒さんがこんな風にしてくるなんて……」

「お姉ちゃんだもの。たまには妹をかわいがってもおかしくないでしょ?」

 もみじの肩が揺れた。笑われたらしい。またぽんこつ姉貴扱いしやがったな? と頭を軽くはたく。「痛ーい、お姉ちゃんがぶったー」とふざけてきた。絶対に痛くなんかないはずだ。

「ねぇ、麗緒さん?」

 腕を解くともみじは振り返り、急に真剣な表情になった。胸元ではお揃いのネックレスが光っている。

「私、いつも麗緒さんをからかったり注意したりしてますけど、私に本当の姉妹がいたらきっとこんな風に楽しかったんだろうなぁって思うんです」

「……姉妹なんて、そんなにいい関係ばかりじゃないですよ」

 あれから麗美とは会っていない。連絡もない。たまに連想して思い出してしまうことはあるけれど、心が乱れそうになる時にはいつももみじがいてくれた。安定剤になってくれた。

「そうかもしれないですけど……でも私、麗緒さんみたいな……妹みたいなこんなお姉ちゃんがいてくれたらなーって、帰り道は毎回寂しい思いしてるんですよ? いつも一緒にいたいのに、どうして私は帰らなきゃいけないんだろう、って……」

 けなげな言葉に胸が熱くなった。『妹みたいな』というフレーズが引っかかったが、気付かなかったふりをした。もみじは続ける。

「だからお揃いの物身につけてたら、いつも一緒にいるみたいで寂しくないかなーって」

「……」

「おかしいですか? 恋人でもないのに気持ち悪いですか?」

 アーモンドアイの上で、形の良い眉が垂れていく。不安げに見つめてくるもみじは、何かを訴える時のダイアナを連想させる。

「帰らなきゃいいじゃないですか」

 言って、照れ隠しに視線を逸らす麗緒。きらきらお目々のコジローと目が合った。

「え……じゃ、じゃあお泊まりしてもいいんですか……?」

 顔を近付けてくるのが視野の端に映る。麗緒はこほんと一つ咳払いをし、ちらり視線だけ戻した。

「ず、ずっとはダメですよ? ご両親が心配するし……」

「子供扱いしないでくださいよぉ。それに私、子供の時から寝相はいいほうなので」

「寝相……?」

 はて? と麗緒の時が止まる。

「はい! だから一緒に寝てもベッドから落ちません!」

 自信満々、そしてドヤ顔でアピールしてくるもみじ。ダイアナが一つ「なーん」と鳴いた。

「え……? 一緒に寝るつもりですか?」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」

「違うんですか?」

「違いますね」

 麗緒がきっぱり言うと、もみじは顔を真っ赤にしてフォークをすばやく手に取った。

「だって、その……小学校の時の友達が姉妹仲良くて、いつも一緒に寝てるって言ってたから……」

 先程とは雲泥の差のスピードで、ケーキを口に運び出すもみじ。それは小学生の時では……? とツッコみたいところだが、一人っ子ゆえに無知な誤解をしてしまったことに気付いているようなので心にしまっておいた。

 そして遅ればせながら、こちらからのクリスマスプレゼントが決まった。

 今度、もみじ専用の布団を買いに行こう……。

 喜んでくれないわけがないな、と未だ赤面のままケーキを貪る横顔を眺める麗緒。そんな二人を見比べたダイアナが、丸まり大きなあくびをした。


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