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27ページ/悩むノーパン女

 

 八神麗緒は脱衣所を覗いた。

 家主は未だ帰っていないようだ。脱衣カゴには自前のブラと靴下、借りたワンピースとバスタオルのみ。コンビニパンツがまだ置かれていない。さすがに急ぎ過ぎただろうか……。

 麗緒はわしゃわしゃと髪をタオルドライしながら、いくらワンピでも、他人の家でノーパンで過ごすのは……と躊躇する。かといってコンビニパンツが来るまで裸で浴室にいるのもマヌケだし、バスタオルを巻いてうろうろするのも……。

 脱衣所ではオレンジちゃんがじっと見上げている。ダイアナの前では裸体でもへっちゃらなのだが、こうも人様のにゃんこにガン見されてしまうと……。

「あはは、あんま見ないでよぉ」

 仕方なく、ノーパンワンピスタイルを選択した。状況が状況だししょうがない。もみじも特に「えー! ノーパンなんですかー?」とは言わないだろう。なんせパンツを買いに行ってくれているのだ。バスタオル巻こうがワンピを着ようが、ノーパンはノーパンなのだ。

 着替えたところで、ばたばたと駆寄ってくる足音がした。「お待たせしましたー!」と息を切らしている。ちょうどよかった。オレンジちゃんが「にゃー」と代わりに返事をした。

「すいません、ありがとうございました」

「遅くなってごめんなさい! ドアの前に置いときますんで。それと、よかったら鏡の前のドライヤー使ってくださいね」

「はーい、ありがとうございます」

 もみじの気配が遠ざかる。ちょっとだけ扉を開けてコンビニパンツをたぐり寄せた。純白のレース付きだ。サイズも無難にM。種類が限られているだけに、選ぶのにはそこまで苦労はしなかっただろう。

 しかし、深夜帯なので男性店員だっただろうに、美人のもみじにこのような物を買ってこさせて申し訳なさすぎる。それともニアマートまで行ったのか? だとすると、お留守番シャワーがご両親に伝わってしまっているだろう。それはそれで気まずい……。

 髪を乾かし、キャットリングをはめなおして脱衣所の扉を開けた。開閉音で気付いたもみじがキッチンのほうから顔を出した。スマホを耳に当てている。電話をしているようだ。ちょいちょいと手招きをしている。

 濡れたスカートとパンツを入れたショッピングバッグ片手にキッチンまで行くと、もみじは「うん、うん」と電話口に相槌を打ちながら水を手渡してくれた。ぺこりと会釈をし、有り難くちょうだいする。

「うんうん、大丈夫。じゃあよろしくねー。あっ、先生ごめんなさい! サイズ、大丈夫でした?」

 通話を終え、スマホをテーブルに置いたもみじが振り返った。

「大丈夫です。ありがとうございました。すいません、ずうずうしくシャンプーまでお借りしちゃって」

「いえいえ。買ったら真っ直ぐ帰ってくるつもりだったんですけど、遅くなってごめんなさい。母ってばそそっかしいので『割り箸のストックがないー!』って大騒ぎしてて。私が一緒に探したら、ストローの下に隠れてただけだったんですよー。んもー、しっかりしてほしいです」

 足元に纏わり付いてきた紫ちゃんに「ねー、あけびぃ」と相槌を求めるもみじ。どうやら紫ちゃんがあけびらしい。

「あっ、紹介しますね。この子があけびで、緑のがきり、オレンジのがあんずです」

「三匹ともかわいいですね。さっき、あんずちゃんにじーっと裸見られちゃいましたよ、あはは」

「あー、あんずはこの子たちの中では一番人見知りなんですけど……やっぱり男の子だからかなぁ? 奇麗なお姉さんに興味津々だったのかもしれませんね。ふふふっ」

 え……と固まる麗緒。すりっと踝に柔らかいものが当たったので視線を落とすと、人見知りのはずのあんずが「にゃー」と見上げてきた。

 にゃんこといえど、生物学的な異性にじっと見られていたのかと思うと、夢の中でダイアナに『だらしない!』と叱咤されたことを思い出してしまう。ですね、ダイアナさん……と、心の中で反省。

「んじゃ、ほんとにありがとうございました。明日も仕事なんでおいとましますね」

「あぁ、引き留めてごめんなさい。元はと言えば、私がこんな時間にスイーツ食べませんかなんて強引に連れ込まなければ……。しかも酔って寝ちゃったり紅茶こぼしちゃったり……。ほんっとすいませんでした!」

「いやいや、滅多に食べれない物は早く食べるに限りますからねぇ。こちらこそ、おいしいモンブランと紅茶、ごちそうさまでした」

 ぺこぺこと頭を下げ合いする二人。そうこうしているうち、テーブルに置いたもみじのスマホがメロディを奏でだした。

「あっ、じゃああたしはこれで。お邪魔しました!」

「あ、私も外まで行きますんで、先に出ててもらえますか?」

 見送りなんて……と麗緒が言おうとしたところで、もみじは「はーい」とスマホを耳に当てた。慣れた手付きでいそいそとマスクを装着している。麗緒もリビングへバッグを取りに行き、頻りにマーキングしてくるあんずを「またね」と一撫でした。

 スリッパを丁寧に揃えて戻し玄関の扉を開けると、深夜一時の風がひゅぅっと麗緒の首筋をかすめた。思わず身震いする。

「さぶっ」

 風に弄ばれる髪から、フローラルな香りがした。ダイアナがヘソ曲げてないといいなぁと思いながら帰路を向くと、あちらから眩しい光が一つ向かってくるのが見えた。

 もみじはまだ出てこない。麗緒は敷地内まで下がり、光の主であるバイクが通り過ぎるのを待つことにした。

「あれ?」

「あれ?」

 通り過ぎるかと思いきや、目の前で止まった。先程のバイクだった。青年も首を傾げている。お互いに『帰ったんじゃなかったの?』というリアクション。

 彼女がいる身でありながら、深夜にもみじの自宅にちょろちょろと現れるバイク青年……。一体何者なんだ? と聞きたいところだが、背後でガチャッと扉が開いた。出て来るや否やもみじは麗緒を通り越し、青年のほうへに駆寄って行った。


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