15ページ/二人の女子高生
八神麗緒は未だ脳内の整理がつかずしどろもどろだった。一番聞きたいことが切り出せずにいる。
そんなこととはつゆ知らずのもみじは、すっかりお祭り女子高生なテンション。麗緒の腕をむぎゅっと掴み、「食べましょ?」と奥のベッドへ引きずっていった。
三台あるうちの一番窓際のベッドにもみじが腰かける。引きずられた麗緒も、後ろに倒れそうになりながら尻を乗せた。
「私もクレープ買っちゃいました。出来たてなのでほんのり温かいですよー!」
キラキラとお目々を輝かせているもみじがマスクに手をかけた。驚いた麗緒は慌てて立ち上がり、窓のブラインドを一つ下げる。これでグラウンドからもみじの姿は見えなくなったはいいが、いよいよどうしていいのか分からず、麗緒は背を向けたまま問いかけた。
「も、もみじさんっ? あのっ、これはどういう……。いやいや、その前に……仕事は? あたし、もみじさんに、その……」
「仕事ですか? 今日は休みですよ?」
「いやいや、今日じゃなくてですね? その……あれから全然お見かけしなかったので、あたしもみじさんに嫌な態度取っちゃったなって反省しててですね……」
続きが言い出せなかった。なんて言えばいいのか分からなかった。ごにょごにょしていたかと思えば沈黙してしまった麗緒の丸めた背中をしばらくきょとんと見つめていたもみじだったが、全てを察して急にぷっと吹き出した。
「あははははっ、やだぁ麗緒先生! 私が変に誤解させちゃったみたいですね。心配しなくても、別に麗緒先生を避けてたわけじゃないですよ?」
「いいいいいやいやいや、分かってます! 分かってますけど、だって嫌な思いさせたかもって……」
「ふふふっ、麗緒先生はほんとに紳士ですね」
はぁ? と思わず振り返りそうになるのをぐっと堪える。もみじは笑いながら続けた。
「ヘルプに行ってただけですよ」
「ヘルプ……?」
「はい。隣駅のニアマが急なパートさん不足で。お子さんたちの間でプール熱が流行っちゃったらしくて、しばらく近隣の店舗から応援呼んでたんです」
「プール熱……」
発せられた単語に、保健医脳の引き出しが開く。
プール熱とは、咽頭結膜熱の俗称で、発熱・咽頭炎・結膜炎などを主症状とするアデノウィルス感染症である。プールの水を媒介にして感染しやすいことから、プール熱や咽頭結膜炎とも呼ばれる小児に流行りやすい感染症だ。
「はい。うちのパートさんに行ってもらうと時給の件とか交通費の件とか色々あるし、不足してたのは中番だけだったので、手っ取り早く私が行ってたんですよ」
「はぁ……そういうことでしたか……」
麗緒は急激な羞恥心に襲われた。耳まで赤くなっていくのを感じる。背後のもみじからも見えてしまうだろう。マスク云々以前に、恥ずかしくて目を合わせられなくなった。
「だから心配しないでください。麗緒先生が私の誘いをはぐらかしたのは、私に気を遣ってくれたからだってちゃんと分かってます。嫌ってもいないし、避けてもいないですよ?」
「いやいや、でも、はぐらかしたのは失礼だったし……」
「ふふっ、優しいんですね。私が大丈夫って言ってるのにぃ。麗緒先生は、いつもそうやって人の顔色を伺ってるんですか? 疲れちゃいますよ?」
「ははっ、そうですね……」
空笑いし、麗緒は沈黙した。自分は優しいんじゃない。失敗が怖いのだ。きっと相手がもみじでなくとも、同じようなもやもやを抱えただろう。
だが取り越し苦労だったのは判明した。やっと冷静さを取り戻す。「コーヒーでいいですか?」と、冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出した。本来は冷却用品を入れておくための冷蔵庫なのでキャパが小さいのだが、麗緒のスイーツやアイスはちゃっかりストックされている。
二人の間にトレイを置き、「どうぞ」とコーヒーを乗せる。改めてベッドに腰かけると、もみじの視線を感じた。頑として顔を見ないように配慮している麗緒に苦笑しつつ、もみじは「ここ置いときますね」と、トレイにクレープと焼きそばを乗せた。
グラウンドでは、相変わらず黄色い歓声が上がっている。今度は誰が何枚抜いたのだろうか。目の前のブラインドからはボーダー状の陽が漏れるだけだ。
「コーヒー、いただきますね。ちなみに麗人パフェは大人気で、午前中には売り切れちゃうかもって言ってました」
「ははっ、そりゃ味わって食べないとですね。いただきまーす」
並んでスイーツをパクつくのは二度目だ。器用にクレープの巻き紙を剥がしているのを片耳で聞きながら、生徒たちがおそらく真剣に考案したのであろう麗人パフェにスプーンを入れる。
「おー、ホイップクリームと思いきや、見立てたマシュマロ! ミルクプリンとビターチョコムースが入ってますねぇ。その下はコーヒーゼリーかな? あと、ダークチェリーのアクセントもなかなか! 甘党のあたしにも、甘い物が苦手な人にでもイケる程度のマイルドビターに仕上げてるみたいですよ? おっ、よく見たらこのプレッツェルはハード型じゃないか!」
ほじくりながら解説しているうち、麗人パフェはあっという間に空になった。続けてクレープに手を延ばす。こちらは定番のチョコバナナだ。高校の学園祭とは思えないほどの上質なもっちり生地に意表を突かれた。
「んまっ! すごいな、これ本格的ですね! 誰が焼いてました? 今度作り方聞かないと」
「ふふっ。麗緒先生、ほんとに甘い物お好きなんですね。並んで買った甲斐がありました」
大人二人、女子高生の創作スイーツを女子高生のようなハイテンションで堪能する。校内を一通り見物してきたもみじの報告を聞きながら、麗緒はしばしお祭りムードのお裾分けを味わった。
順番はめちゃくちゃだが最後に焼きそばも平らげ、麗緒は「おかわり入れますねー」とご機嫌で立ち上がった。
と、冷蔵庫に手をかけた瞬間、保健室の扉がコンコンと鳴る。まずい、本物のお客だ! と焦った麗緒はベッドに駆け戻り、もみじを押し倒す。そして、その上から急いでシーツをかぶせた。
「えっ? れ、麗緒先生? なんですか?」
「しーっ! 早くマスクしてください! 誰か来ました!」
「え? え?」
「いいから早く!」
そうこうしているうち、ガラガラと扉が勝手に開いた。麗緒の背筋に冷たいものが落ちていく。このパターンは、今一番来て欲しくない生徒だ。
「やーがみーん? いないのーぉ?」
麗緒の嫌な予感は的中する。情報屋、柚原七世の声だ。呼びかけながらずかずかとこちらへ近付いてくる。
捕らわれたシーツお化けのようにもがくもみじが「先生、マスクマスク!」と小声で訴えてきた。見るとマスクが枕の横にぽつんと佇んでいる。麗緒がシーツの中へそれを突っ込むと同時に……。
「やがみん、レイプでもしてんの?」
けろっととんでもないことを口にする柚原七世が、にやりとカメラを向けてきた。




