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14ページ/星花祭初日

 


 八神麗緒はもんもんとしていた。

 手作り唐揚げをもらって十日が経つ。あれから一度ももみじに会っていない。

『今度、うちへ来ませんか?』

 そう誘われてから、十日が経つ。返事をしないまま、十日が……。

 麗緒は基本、昼休みか放課後にニアマートを利用する。だが、普段どちらかには必ず店番をしているもみじに全く会わないのだ。バイトのおっちゃんに尋ねても、バックヤードにもいないと言われる。

 タッパーを返したいのだが、シフトまで聞くほど大した用事でもない。洗ってはいたものの、長いこと借りっぱなしというのも気が引けるので、麗緒は借りた三日後に見かけたもみじ母に託し御礼を告げた。

 十日も見かけないとは思わなかったので、あの時に具合でも悪いのかともみじ母に聞けばよかった、と後悔する。もみじ母も「わざわざご丁寧にありがとうございますぅ」と笑顔で受け取っただけだった。続きがなかったということは、特に変化があったわけではないと解釈していいだろうか。

 もみじ母に託したと御礼のメッセージを入れた時は、すぐに『お口に合ってよかったです』と返事が返ってきた。無視されているわけではなさそうだ。

 やり取りはたったそれだけ。出くわさない理由を聞き出す関係でもないし、もみじもシフトや近況について特に触れてこなかった。深夜帯には基本的に入らないし、緊急があったとしてもこんなに続くことはないだろう。早番なら昼過ぎまではいるはずだ。

 ならば、旅行にでも行っているのだろうか……?

 それとも、避けられている……?

『今度、うちへ来ませんか?』

「だぁー……もう!」

 デスクに突っ伏す。思い返すと歯がゆさばかりがこみ上げてくる。あの時、なぜ自分は曖昧な態度をとってしまったのだろう、と……。

 麗緒はもみじの誘いを、ただ笑ってはぐらかしただけだった。もし嫌われたのだとしたら、それ以外には思いつかない。

 もみじは麗緒のマンションに来たのだ。逆にお邪魔したとしても、別におかしいことではない。

 だが、あの晩は状況が状況だ。マスクを取った姿だって、見ない工夫はいくらでもできた。それは自分の部屋だったからだ。

 しかし、もみじの家へ行くとなると話は別だ。家に呼んでおきながら、もみじがマスクを取らないとは限らない。いや、絶対に取るはずだ。

 もしもその時がきたら、自分はどうしたらいいのだろう……。人前でさらしたがらないもみじの顔を見て、自分はどんな顔で接したらいいのだろうか……。

 もちろん、同性だしもみじのテリトリーだから外せるというのは分かる。だが、その選ばれし人に自分が該当していいのか分からない。もみじはどうして自分を誘ったのだろうか……。

 だから、麗緒は笑ってはぐらかしてしまった。『んじゃ、洗って返しにきますねー』と立ち去ってしまった。後悔しても遅い。振り返り、もみじの表情を見る勇気なんてなかった……。

「やっぱ嫌われた、かな……」

 いやいや考えすぎだ、と麗緒は頭を振る。万が一あったとしても、もみじの真面目な性格を考えれば、麗緒を避けるためだけにシフトを換えたり休んだりするとは思えない。

 自分は自己中心的に考えすぎだ。きっと何か別の理由があるのだ。自分とは全く無関係な理由が……。

 ぐるぐる思考を巡らせていると、突然「きゃー!」といくつもの黄色い歓声が、保健室の窓を震わした。グラウンドが騒がしい。麗緒は立ち上がり、窓越しに覗いてみた。

 サッカー部がストラックアウトを開催している。一から九まで書かれたパネルの番号を宣言し、指定通りのパネルをボールで打ち抜いていくゲームだ。飛ばしたパネルの枚数により、景品が豪華になっていくシステムらしい。

 七メートルほど手前に引かれたラインに立つのは二年の東忍あずましのぶ。ソフトボール部のエースだ。すでに上段三枚がフレームから外れていた。店番のサッカー部一年が青ざめている。

 ほぉ、さすがエースは肩だけでなく足もコントロールいいのかー……なんて感心していた麗緒だったが、東忍がむんずとサッカーボールを片手で掴み、思いっきり振りかぶって投げたものだから思わず爆笑してしまった。店番が青ざめていたのはこれだったらしい。

「ぶははっ! そりゃ反則だろー、東ぁ!」

 東忍が一球投げる度、周囲に黄色い歓声が谺す。ルールガン無視ではあるが、ノーミスで七枚目が吹っ飛んだ。店番のサッカー部一年も諦めの表情である。もう誰も止められない。

 九枚目もガコンッと気持ちよい音を立てて吹っ飛び、フレームはすっからかんになった。ギャラリーがわっと沸き立つ。パーフェクト達成に、麗緒も思わず「おー!」と拍手を贈った。

 そう、今日は星花祭なのだ。

 といっても、相変わらず麗緒は指定席から逃れられない。グラウンドや廊下から聞こえるキャッキャガヤガヤからするに、他校やご近所さんもたくさん来場しているのだろう。受付を担っている教員などもそうだが、麗緒は一人ぽつんと視野の範囲でしか楽しめない。

 まぁグラウンドが見えるだけましだ。去年もそうだったな、と思い返す。

 昨年度勤務していた学校では、文化祭準備中に金槌で打撲しただの、トゲが刺さっただの、脚立から飾りごと落ちただの、コードにけつまずいて転んだだの、火傷しただの、終いには他校の生徒にちょっかい出したとかなんとかでケンカしただの……。

 と、なんともまぁ次から次へと賑やかで頭を抱えたものだった。そしてその大半は、調子に乗って不注意が祟った男子生徒である。

 このお嬢様学校なら、果たしてどんなおっちょこちょいさんが訪問してくるのだろうか?

 東忍に巨大なプレゼントが贈呈されるのを見届けていると、コンコンと扉が鳴った。本日一人目のお客さんだ。麗緒はデスクに戻り、「どーぞー」と大きな声で応答する。扉が控えめにスライドしていった。

「失礼します」

 ひょっこり顔を出したのは、生徒でも教員でもなかった。

「えっ? もみじさん? なんでまたここに……。どうしました?」

「星花祭は毎年お邪魔してるんですよ? いつも生徒さんにはニアマートでお買い物してもらってるんで、星花祭の時は、私がお買い物させてもらってるんです」

「はぁ……そうですか……」

 そうですか、とは言ったものの、麗緒の内心は全く『そうですか』ではない。本当に聞きたいことはそっちではないからだ。

 麗緒の不安も心配も知らないもみじは、若草色のチュニックにレギンスというラフなスタイルで「お邪魔しまーす」と入室してきた。見かける姿は九割方ニアマート制服なので、私服は新鮮に感じる。

「さすがに保健室は入ったことなかったですけど……よく考えたら当たり前ですよね。なんか高校生に戻ったみたいで新鮮ー」

 言いながらきょろきょろと室内を観察している。未だ訪問理由謎のままのもみじは、いつもよりちょっとテンション高めだ。これも星花祭ならではだろう。むしろ通常運転なのは麗緒だけかもしれない。

 固まったままの麗緒をよそに、薬品棚やベッドを覗いては、「懐かしー!」と感動している。女子高生に戻ったようなハイテンションのもみじに、さて何から聞こうか考えているうち、もみじが「あ、そうだ!」と急に振り返った。

「回りたくても、麗緒先生は保健室離れられないだろうな、と思って……。食べませんか? クレープと焼きそばと『麗人パフェ』買ってきました!」

「……麗人パフェ……?」

 次から次へと浮かんでくる疑問を何一つ消化できていない麗緒の思考など置いてけぼりだ。肘にぶらさげていたビニール袋から、使い捨てのプラカップを取り出し、「はい!」と満面の笑みで差し出し出すもみじ。もはや落ち着いたニアマート店員はどこへやらの、祭を堪能するただの女子高生である。

「男装カフェのメニューにあったので、テイクアウトできるか聞いてみたら特別に作ってくれたんです」

「男装……カフェ……」

 ずずいっと眼前に近寄ってくるカップを手に取り、麗緒はしばし呆気にとられていた。そういえば最近、生徒たちが『男装カフェ』なる単語をよく口にしていた。模擬店リストにあったことを思い出す。あぁそういうことか、と一つ納得する。

 ……いや、納得したいのはそこではない。







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