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11ページ/再会

 


 八神麗緒は上機嫌でグラスを傾けていた。

 久しぶりの友人との再会と、新規開拓の鉄板焼き居酒屋にテンションマックス。友人の秋里伊織もまた、婚約目前での破局を自虐ネタに、麗緒との毒舌トークに花を咲かせていた。

 伊織の自宅は勤務先の近く。そこから程なく行ったところの、今月オープンしたという店で二人は落ち合った。

 鉄板付きテーブルを挟み、麗緒と伊織はすでに四杯目に突入している。お互いに底なしのザルなので気兼ねない。甘いビールなどないので麗緒はイチゴミルクハイを、伊織は巨峰サワーを味わっていた。

「ポロッと出ちゃったわけよ、『今度、ママに紹介するから』って。鳥肌立ったなんてもんじゃなかった。急にムリムリムリ! ってなったわけよ!」

 伊織は粗挽きチョリソを鉄板でコロコロ転がしながら訴えた。本人が落ち込んでいるわけではなさそうなので、麗緒も半笑いになりながら同調する。

「うわー、ないわぁ。だってあの先生、十こくらい上じゃなかった?」

「十五だよ! あのごっつい四十代のクマがよ? 筋肉ムキムキで、体毛ボーボーで、声だってゴリラみたいな重低音のおっさんがよ? 一瞬、聞き間違えかと思って耳を疑ったわよ」

「ぷははっ。今までそんなおっさんにメロメロだったくせに、別れた途端にボロクソ言うねぇ、あんた。いくら医者でも欠点くらいあるでしょーがよ、人間なんだから」

「人間じゃない! あれはクマかゴリラ! やっと目が覚めたわけよ。今考えたら全ておかしかったもん、あいつ。金持ってるくせに四十過ぎて実家暮らしだしさぁ、誕プレもクリプレも母親に一緒に選んでもらったって言ってたしさぁ。普通そーゆーこと言うかぁ? 彼女にさぁ」

 憎たらしげに鉄板用テコの角で、チョリソにブスブス穴を開ける伊織。自分のチョリソが被害に合う前にと、麗緒は箸で一本ひょいと拾い上げた。

 元彼は同じ職場だ。こんな近場の店で話して大丈夫だろうか、と麗緒は今更周囲をチラ見する。背後はそれぞれ壁で仕切られているので問題ない。通路を挟んだ隣のテーブルは大学生らしきラブラブカップルなので、こちらも特に警戒しなくてよさそうだ。

 半個室の薄暗い店内といえどヒートアップした伊織の声が誰に届くか分からないが、まぁ全体的に店内は騒がしいし、各テーブルに備え付けられている換気扇も結構やかましいので大丈夫かな、と伊織に視線を戻す。

「それにさぁ、エッチの時だってさぁ……」

「ちょっとぉ、やめてよねー。せめてその話し、コレ食べた後にしてくんなーい?」

「……確かに。いや、でも食いちぎっとけばよかったかな」

「やめなさいやめなさい。浮気されたならまだしも、最後まで伊織一筋だったんでしょーが」

 手を止め、穴ぼこだらけになったチョリソを見つめる伊織。麗緒はそんな友人の皿に「ほらっ」と乗っけてやる。自分は添え物のキャベツをもしゃもしゃ咀嚼した。

「まーね。……何だったんだろ、私の三年間」

「これからじゃんか。あたしより二つ下のくせに、人生終わったような顔しなさんな」

「むきー! 麗緒みたいに地が奇麗なら私だって焦んないっつーの。こうなったら婚活アプリでもなんでも相手見つけたる! 母親より私のこと大事にしてくれる男見つけるもーん」

「高級ブランドのバッグもらったって大喜びしてたじゃんよ。充分大事にされてたんじゃないの」

 伊織は獰猛な肉食動物のごとく、チョリソを噛みちぎり麗緒を睨み上げた。そんな友人を見て、麗緒は大げさに肩をすくめ「こわー」と笑う。

「売ったわ、あんなもん! バッグも財布もピアスも、別れてすぐ売ってやった。だってどうせ母親の言う通りに買ったんだよ? キモいじゃん!」

「はぁ、そんなもんかねぇ。プレゼントもらえるだけ愛されてたと思うけどなぁ」

「麗緒はお子ちゃまなんだよ。純粋なの、純粋!」

「あたしが純粋ぃ? あははははっ」

 一頻り笑ってイチゴミルクハイを飲み干す。伊織も負けじとグラスを空け、注文用タブレットを手に取った。ドリンクを選んでいるようで、ピッピピッピとページをめくる音がする。

「笑ってる場合じゃないぞ? そっちはどうなのよ、今の職場の人はぁ」

「職場の人ったって、生徒も職員もほぼ女世界。男性職員は肩身狭そうにしてるよ。顔も悪いわけじゃないから普通の職場ならモテたかもしんないけど、うちんとこは特殊だからねぇ。モテるどころか誰も相手にしてないって感じ。あっ、あたしコレおかわりね」

「へーぇ。誰も相手にしてないからこそ狙い目なんじゃないの? 私は温州みかんサワーにすっかな」

「残念ながら、あたしは男性職員より生徒が大事だからなぁ。恋愛とかどーでもいい。次、もんじゃいかない?」

「おっ、もんじゃいい! 麗緒が大人になるのはいつになることやらねぇ。豚キムチもんじゃ追加、っと」

 痛いところを突かれ、麗緒はどうにか話題を逸らそうとする。恋愛経験ゼロな自分の過去はなるべくほじくってほしくない。いくら腹を割って話せる伊織といえど、なぜ恋愛をしてこなかったのかという話には、必ずついて回るそれを口にしたくないからだ。

 どうにかダイアナの珍事件やかわいい生徒たちの話しに持っていく。伊織はさっきまでの鬼の形相から、ようやく笑顔になってくれた。にゃんこ好き同盟なので、「いーなー! かわいー!」の連発である。

 女子らしい話で盛り上がっているうち、ドリンクと食事が運ばれてきた。店員越しにふと見ると大学生カップルがいつの間にか退店しており、別の店員がテーブルを片付けていた。「こちらへどーぞー」と促されている新規顧客の男性に気付き、麗緒の心臓が跳ねる。

「見ちゃダメ見ちゃダメっ」

 伊織も気付いたらしく、小声であたふたしている。うろ覚えではあるが、カエル顔が印象的な他局の医師が女連れで入店してきたのだ。

 元彼の話題が終わっていてよかった、と胸をなで下ろす。しかし、退職した職場の人間に会うのは気まずい。なるべく顔が隠れるよう、耳にかけていたサイドの髪を下ろした。

「確か泌尿器科の、陰でケロちゃんって呼ばれてた先生だよね?」

 伊織に顔を近付け、小声で尋ねた。あちらも横目で捉えながら小声で答える。

「そう、ケロちゃん。……めっちゃ奇麗な人だけど、あれ絶対愛人だよね? あの先生、確か結婚してたもん」

 好奇心で髪の隙間からチラッと覗く。顔を寄せてメニューを眺めるその女の横顔を見て、麗緒の全身に鳥肌が立った。

 カエル顔の医師と楽しそうに談笑する女は八神麗美やがみれみ、麗緒の実の姉だった……。


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