サルベクトの破滅(前編)
ベクトラムは、使い魔のカークに城でヘプカバルド王子と商人のサルベクトに関する情報を集めて来るように指示した。
カークは、どんな鳥も使役魔法を使って命令を下す事ができるのだ。
城にいる人達も、まさか窓辺に止まっているかわいい鳥達が、自分達から情報を集めているとは思わないだろう。
その日、城の周りの木立に寝ぐらがある、全ての小鳥達にこの司令は伝えられ、瞬く間にヘプカバルド王子の部屋が見つかった。そして鳥達によって王子の部屋は交代で一日中監視されるようになった。
そして集められた情報は、カークからベクトラムへと届けられたのである。
ベクトラムは、子供達を集めて集めた情報を伝えた。
「カークの情報によると、ヘプカバルド王子の元へサルベクトが日参しているようだ。
やはり逃げたソフィア達を探しているみたいだな」
王子とサルベクトの話では、魔人の子はサルベクトの商会の倉庫の中で監禁されているらしい。
それに孤児狩りで捕らえられた人間の子供も同じ場所にいるようだった。
そして使い魔のカークは、とってもできる子だったので、ヘプカバルド王子の元を訪れたサルベクトの後を尾行して、子供達が捕らえられている場所を突きとめていたのだ。
そこはサルベクト商会の所有する倉庫の半地下室で、カークは灯取りの窓から子供達が集められている場所を確認していた。
カークによると、長旅で疲弊した魔人の子供の体力は持ち直しており、ヘプカバルド王子には一両日中にも引き渡されると思われた。
「行動を起こすなら早いうちが良いようだ」
ベクトラムの言葉に皆が頷いた。
「俺とミルバのような孤児を探して集めていたのもサルベクト商会だったのですか?」
トルクは毎晩孤児狩りの男達から逃げ回っていた。トルク達は運良く逃げられたが、執拗に追いかけて来る孤児狩りに、捕まった孤児も多かったと思われる。
「なぜ人間の孤児と魔人の子供を集めているんでしょう?」
トルクの質問にベクトラムは腕を組んで首を捻った。
「わからない。魔人の子供は魔力が必要で連れて来られたのだと思うが、なぜ人間の子供が必要なんだろうな?」
「ペットだ」とバルーダが言った。
「俺達が連れて来られる途中で、奴らが帰りの馬車の荷物の話をしていたんです。俺らを王都に運んだら、サルベクト商会に集められている子供達を入れ替わりに港に連れて行く予定だったと思います。
魔界に連れて行かれた人間の子供は魔人のペットになるって言っていました」
「そうか、愛玩動物として人間の子供を魔界で売るつもりなのか。魔界から魔人の子供を乗せて来て、帰りの船は荷室が空いているから、人間の子供を乗せて帰れば、往復で利益を得られるという訳か。悪知恵が働く奴等だ」
「ここにいる全員、ヘプカバルド王子とサルベクト商会のせいで辛い思いをさせられた被害者だっんだ」トルクが悔しそうに言った。
「そうだ。だからサルベクト商会は、これ以上悪さができないように、木っ端微塵にぶっ潰してやろうじゃないか!皆協力してくれるか?」
「はい、それは勿論ですが、どうやって潰すんですか?相手はこの国の王子と力のある大きな商会ですよ?」
「私がサルベクト商会に乗り込んで…いや、商会を潰すのは後回しだ。急いでやらなければいけないのは、捕まっている子供達を城に連れて行かれる前に逃さなければならない。
子供達を逃す事ができれば、ここに保護する事ができるんだが。何か良い知恵はないだろうか?」
ベクトラムは子供達を見渡して言った。
「でも人間の子供は魔力を持っていません。ここへ入るには魔力が必要でしょう?僕とミルバは、たまたま魔力を持っていたから逃げ込めましたが、魔力の無い人間の子供は入れませんよ」とトルクが聞いた。
「そうか、人間の子供は魔力が無いのか」
するとソフィアが言った。
「王都の地下に穴を掘るのはどうでしょう?私は掘削の魔法が使えるんです。魔力の無い子供の部屋が作れます」
「地下に部屋?」
「はい、私の村は大断層帯の近くにあるんですが、魔界蟻って言って、こっちの犬と同じくらいの大きさの蟻が崖に穴を掘って部屋や通路を作って、崖の上から下まで一帯に巣を作るんです。
蟻は酸っぱくて美味しいスープになるので、大人達が狩るんですが、蟻がいなくなった巣を掘削の魔法で幅を広げて通路にしたり、奥まで掘って冷たい物を保管する倉庫にしているんです。それこそ村が十個くらい入る大きな巣なんですよ」
村が十個くらい入る大きな蟻の巣…。魔界の蟻って怖い…と聞いた子供達は顔色を悪くした。
「私の魔力だと、そう大きな物は作れないかもしれませんが、それでも子供が数十人隠れて住む部屋くらいは作れると思います」
ソフィアの提案に全員が頷いた。それなら魔力の無い人間の子供達でも見つからずに暮らす事ができる。
ソフィアの使う魔法に興味津々のトルクは、「魔法ってどうやるの」って質問し始めた。
最近知り合ったばかりなのに、本当に皆仲が良い。
ベクトラムは、子供達が「ああしよう」「いやこうしよう」と皆で頭を突き合わせて議論するのを見て、皆で一緒に何かをするなんて、初めての経験だと気がついた。
「うおおおおおおっ!」と突然唸り声をあげたベクトラムに皆ビックリして、ベクトラムの方を振り返った。
「どうしたんですか?ベクトラム様」
心配そうに見つめる子供達に、ベクトラムは恥ずかしそうに言った。
「いや、皆で一緒に何かをするなんて初めてで、嬉しくてつい興奮してしまった。すまん」
「魔王様だったのに皆でやるのが初めて?どういう事?」
皆の不思議そうな声にベクトラムは話した。
「魔界の魔王の執務室では、いつも自分一人で仕事をしていたのだ。休みの日も無かったし、毎日朝早くから夜遅くまで一人で働いていた。執務室に来る官吏は用事だけ伝えるとすぐ出てしまって、こんなに他人と議論した事なんか無かったんだ」
「なかなかツッコミ所が多いんですが、休みの日が無かったって、まさか魔王になって1日も休んだ事が無いとか言いませんよね?」
「いや、魔王になって250年、1日も休まず仕事をしたぞ」
「250年!!!!」
思ってもいなかった期間に全員が驚きの声をあげた。
「250年も休まず朝から晩まで働いて、周りに止めたりする人はいなかったんですか?」
「仕事が次から次へと持ち込まれていたからな。時々ミュリアが来て、「休憩の時間ですよ」と無理矢理お茶やお菓子を食べる時間を取らされたくらいだな。
あとはファーガソンが「座ってばかりでは身体に良くありません」と言って、剣の稽古をつけてくれるくらいか」
「たったそれだけしか人とのふれあいが無かったんですか?」
「うん、だからこうやって皆で議論するのが、すごく新鮮に感じるんだ。なんかワクワクしてくるな」
嬉しそうに笑うベクトラムに皆は何とも言えない生暖かい目を向けた。
そして「じゃ、皆で作戦を考えましょう!」との子供達の声にベクトラムは、とっても良い笑顔を向けたのだった。
大体ベクトラムは、魔法が使えなくても体術だけで氷龍を倒せるのだ。
サルベクトの商会に一人で乗り込んで、子供達を救出するなんて朝飯前だ。
だけど皆で力を合わせて頑張ろと言う子供達に、
自分が一人で助けるから、皆は何もしなくて良いと言いたくなかった。
魔界では一人でやる事が当たり前だったが、ここで子供達と過ごすうちに、一人でいる事が辛く感じ始めた。
そうか、自分は全部自分でやってしまっていたから周りに誰もいなかったのか。
魔界を追放されて初めて、本当は自分は寂しかったんだとわかった。
今度こそ間違えない!私はもう一人でいるのはやめるのだ!ベクトラムは、そう心に誓った。
作戦会議が終わり、子供達は皆しっかりしてるな〜とベクトラムがニマニマしていると、ミルバが嬉しそうにやって来た。
「ベクしゃま、みて!みて〜!」
ミルバは魔法で水の塊を空中に出すと、汚れた服をその中に突っ込んだ。
そして水の塊の中の服をぐるぐる回し始めたのだ。
ベクトラムが何をしてるんだろうと見ていると、ミルバは水を換え、さらに回した。
そして水を消すと服を風に乗せて回転させ始めたである。
「ミルバ、おせんたくできるでしゅ」
ミルバが見せてくれた洗濯が終わった服は、とても綺麗になっていた。
ベクトラムは猛烈に感動していた。
毎日服を綺麗にするにはどうしたら良いか、試行錯誤していたベクトラムをミルバは見ていたのだ。
そして自分もお手伝いしようと考え出してくれたのだ。
「ミルバ!偉いぞー!」
ベクトラムはミルバを抱き上げて振り回した。
「ミルバ、おっきくなったらべくしゃまのおよめさしゃんになる〜」
「そうか、ミルバがお嫁さんに来てくれるのか!
楽しみだな〜」
ベクトラムは初めて仲間を得た幸せを噛みしめるのだった。