敵は誰だ
(ブラード王国王城の一室にて)
「ではせっかく捕らえた魔族の子供に逃げられたと言うのか?」
「はい、申し訳ありません、ヘプカバルド王子!
王都の近くまで来たらしいのですが、大雨でぬかるんだ道に馬車の車輪がはまってしまい、見張りも総出で出払っているうちに逃げられたそうです」
「このたわけ者!魔族の子供を20人連れて来いと言っておいたのに、10人しか連れて来ていないというではないか!しかも3人も逃げられただと!ふざけるな!」
「申し訳ありません!ですが、逃げた奴等が王都に逃げ込んだのは確実ですから、すぐに見つかると思います!」
「サルベクト、もし失敗したら前払い金と違約金で合わせて金貨100万枚払う契約なのは覚えているだろうな?」
「覚えておりますとも!絶対に魔族の子供を連れて参りますから、もうしばらくご猶予をいただきたく!」
「あと1週間だ!1週間以内に逃げた魔人の子供を揃えられなかったら、違約金を払ってもらうからな!わかったな!」
「はい!必ず探し出してみせます!」
サルベクトは、ヘプカバルド王子の前から這々の体で逃げ出したのだった。
「まったく使えない奴ばかりだ。」
ペプカバルドはブラード王国の妾妃腹の第三王子だ。
王妃腹の兄2人は既に結婚して子供もいる。
今は王子を名乗っているが、父王が王座を退き、王妃が産んだ兄が即位したら、自分は王族のままではいられないだろう。
良くて公爵位がもらえるかもしれないが、王妃や兄達とは疎遠で仲が悪い。
碌に実権の無い位階を与えられ飼い殺しにされるか、最悪の場合、兄達によって冤罪を着せられて放逐される事も考えられた。
そんな時に王族しか入れない書庫で古い魔法陣の書かれた本を見つけた。
その本に異世界から聖女を召喚する魔法陣が書かれていたのだ。
異世界から聖女を召喚して、自分が勇者になって魔王を倒す。そうしたら自分は英雄だ。
兄2人の継承順を飛び越して自分が国王になれるかもしれない。
美しい聖女を妃にして国王になる姿を想像するだけでヘプカバルドの胸は高鳴った。
その為には、まず異世界から聖女を召喚しなくてはならないが、それには膨大な魔力が必要だった。
魔力は魔大陸に住む魔人達が持っている。
魔人を連れて来る方法は無いか?と調べていたら、魔界と商取り引きをしているサルベクトを見つけた。魔界の魔石と、人間界の農産物を細々と交易していたのだ。
サルベクトを城に呼びつけて、「魔人の持っている魔力を使いたい」と言ったら、「成人の魔人を連れて来るのは難しい」と言われた。
成人の魔人は防御力が高く、魔法で対抗して来るので、攫って来るのが難しいそうだ。
そして、「防御力の低い子供の魔人ならなんとかなるかもしれません」と言った。
だから私は魔人の子供20人を買う契約をしたのだ。
金は国王になりさえすればすぐに返せるから、宝物庫に忍び込み、宝飾品を少し売り払った。
もう後戻りはできない。魔人の子供の魔力で魔法陣を動かして、聖女を召喚できなければ私は破滅だ。
私は城から魔人の子供が隠れている王都の街並みを眺め、「絶対に探し出してこい」と計画の成就を祈った。
翌朝、異空間の自室でベクトラムは考え事をしていた。
ソフィアのような魔人の子供が、大勢攫われてこの国に連れて来られているようだ。
それにトルクやミルバのように、人間の子供を攫おうとする集団がいるのも気になる。
ベクトラムは、このブラード王国で何か悪意を持つ者の存在を感じとっていた。
敵は誰だ?まず考えられるのは権力者だ。王族か貴族か力のある商人か…。
敵が誰かを探る為にも、残りの魔人の子供を急いで保護しなければならない。
子供を保護するなら、彼らが住む部屋を用意しなければならないな。
何人の子供が来るかわからないので、ベクトラムは部屋をいくつも増設して、家具を置き、部屋を整えた。
次に、自分が子供だった頃を思いだしながら、子供達に何が必要か考えてみた。
まずは食事だな。樽の女将の店で朝昼晩食べるのが一番だが、子供達が出歩いて孤児狩りや魔人の子を狙っている奴らに見つかるのはマズイ。
ここは私が樽の女将に頭を下げて料理の教えを乞うべきだろう。
うん、「樽」は禁句、「樽」は禁句。
次は着るものだ。ベクトラムの服は自動洗浄の魔法がかかっているので洗濯の必要が無い。
しかし子供達の服は洗わなければ綺麗にならない。
ベクトラムはタライに水の魔石で水を入れると汚れた服を入れて布を擦ってみた。
「ビリビリ!」
やばい、ほとんど力を入れていないのに服が破れてしまった。どうしよう…
魔王だった頃は、使用人が全てやってくれていたので、どうも調子がわからない。
まあ仕方ない。とりあえず大量に服を買って来て、これは捨てよう。
「グウー!」おっと、腹が減ってきたな。よし、朝ご飯を作ろう。
昨日と同じ豆のスープとパンで良いかな?ってあれしか作れないのだが。
肉も食べたいが、また食べられない物になるかもしれないから、肉料理は女将に作り方を聞いてからにしよう。
そして新しく作った食堂に子供達を集め、朝ご飯を食べながらベクトラムは話をした。
「これから街で隠れている魔族の子供を探して連れて来ようと思う。今使い魔のカークが空から魔人の魔力を探っている。皆も協力して探してもらえないだろうか?」
「妹はまだ動けないので俺がやれる事は何でもします。何でも言ってください!」
トルクもソフィアもやる気充分な顔をしてベクトラムを見つめた。
「そうか、ありがとう。ではカークから連絡があったら、すぐにそちらに向かって欲しい。よろしく頼む!」
皆で食事を済ませて片付けが終わった頃、カークが帰って来た。
「マオーサマ ヒガシノ オオキナ コウエン マリョクヲ カンジタ カアー! デモ スガタ ミエナイ カアー!
タブン ミエナクナル マホウ ツカッテル カアー!」
「ふむ、幻影魔法の使い手か。ソフィア、君が姿を見せたら仲間だと思って姿を現すと思うか?」
「はい、ここまで一緒に旅をして来ましたから、私の姿を見たら姿を現すと思います」
「それならカークの言った東の大きな公園に、ソフィアとトルクで向かってくれ。トルクはこのお金で匂いの強い食べ物を屋台で買って行ってくれるか?美味しそうな匂いに釣られて出て来るかもしれない」そう言ってトルクに銀貨を数枚握らせた。
「はい、行って来ます!」
トルクとソフィアは張り切って公園に向かった。
「さあ、ミルバはもうちょっと大人しく寝て身体を治そうな」
新しくお兄さんやお姉さんが増えるかもしれないと聞いてミルバは興奮していたが、しばらくすると寝息が聞こえて来た。
ベクトラムは「うまく見つかれば良いがな」と呟いたのだった。
カークの案内で東の大きな公園に着いたソフィアとトルクは、屋台で買った美味しそうな焼き鳥を手に公園を歩いた。
「2人の名前は何って言うんだ?」
「バルーダとガルーダって言う双子の兄弟だよ」
「よし、僕が周りに敵がいないか警戒するから、ソフィアは焼き鳥を持って2人の名前を呼びながら歩いてくれ」
「わかった」
ソフィアは「バルーダ、ガルーダ!どこにいるんだ!」
と呼びながら歩いた。
昼の公園は散策しているお年寄りや子供連れの母親が多い。孤児狩りの姿は見えなかったが、大人の男性が見えるとビクッと立ちすくんでしまう。
ソフィアと用心しながら公園を探し回った。
公園の中程を過ぎた時の事だった。
「美味そうな肉の匂いがする…こりゃたまんね〜」と近くにあった木が喋った。
「木が喋った!」と驚いていると、木がぼや〜とぼやけ2人の子供の姿になった。
「バルーダ!ガルーダ!」ソフィアが2人に駆け寄った。
「あれ、もしかしてソフィア?無事だったのか!」
「2人共、こんな所にいたの!探したんだからね!」
「ちょっと待った!ここで騒いだら人目につくからこっちに来て!」
トルクは、3人を物陰に連れて行くと皆を座らせた。
「ソフィア、僕が辺りを見張っとくから2人に事情を説明してくれる?」
「わかった!バルーダ、ガルーダ、無事で良かった!もうダメかと思った」ソフィアは大粒の涙を流しながら2人に抱きついた。
あの大雨の中、ソフィアを先に逃がす為に彼らは残ってソフィアの幻影を作り時間を稼いでくれたのだ。
おかげでソフィアは先に逃げられたが、彼らは顔に殴られた跡があった。
「ソフィアは女の子だからな、先に逃がすのは当然だよ。へへへ、あいつらあの大雨の中を追いかけて来て、派手にすっ転んでくれたから俺らも逃げきれたんだ」と兄弟は嬉しそうに笑った。
そこで彼らはソフィアの手にある焼き鳥に目が釘付けになった。
「あっ、これ食べて」焼き鳥を兄弟に渡すと、彼らはアッという間に焼き鳥を食べ尽くした。
やはり逃走中は食べ物をろくに口にできなかったようだ。少しお腹が満たされて、ようやく警戒するトルクの存在に気がついた。
ソフィアはトルクの紹介をして、自分が今、元魔王ベクトラム様の家に保護されている事を告げた。
そして、バルーダとガルーダも連れて来るよう頼まれた事も話したのだ。
「えっ、何で魔王様が人間界にいるんだ?魔王様って魔王城にいるんじゃないの?」
「うん、何か事情があって魔界から追放されたって言っておられたよ」
「なんか角を切られて魔法がほとんど使えないって言ってた。氷龍の巢に転送されて氷龍の髭を抜いて倒したって!」
「何だそれ?本当に本物の魔王様なのかよ!」
トルクの言葉に2人は驚きを隠せないようだった。
「とにかく、ベクトラム様の家に行こう!そこで詳しく説明する。用心で僕とバルーダ、ソフィアとガルーダに分かれて行くよ」
そうして4人は辺りを警戒しながらベクトラムの家を目指した。
「すっげーボロ家!本当にこんな家に皆住んでいるの?」
「まあ、中に入ってごらんよ。ビックリするから」
恐る恐る家の中に入ったバルーダとガルーダだったが、中に入って言葉が出ないほど驚いた。
「すっげー!外と中が別世界だ!」
ソフィアの案内で広いリビングルームに通された2人は落ち着かない様子で部屋を見回した。
そこへベクトラムが入ってきた。
「やあ、君達がソフィアと一緒に攫われて来た子供達だね。私は、元魔王をしていたベクトラムと言うんだ」
ベクトラムはバルーダとガルーダと握手をしてソファーに座るよう勧めた。
「君達は知らないと思うが、魔界でクーデターがあって、魔王だった私は追放されたんだ。
そしてこのブラード王国には私一人で来たんだ。だから君達を助けても魔界に送り届ける方法が無い。力足らずで申し訳ない」そう言ってベクトラムは頭を下げた。
「その代わり、ここでの安全は保証するよ。君達の生活は私が面倒を見させてもらう」
「俺達はもう魔界に帰れないんですか?」
ガルーダの質問にベクトラムは答えた。
「魔界に帰れない事は無い。しかし、魔界の子供を攫う奴等がいる事はわかったよね?帰ってもまた攫われるかもしれないし、危険の大元を潰さなければ、いつまで経っても魔界の危険な状態は終わらない。今帰るのは悪手だと思う」
バルーダとガルーダはガックリした様子で項垂れた。
「私は魔界の子供達をなぜ攫うのか、その原因を探ってその大元を潰したいんだ。これ以上魔界で好き勝手をされるのは我慢できない。そこで君達に協力してもらえないかと思っている。どうだろう協力してもらえないだろうか?」
魔界で会った事も無い雲の上の存在だった魔王様に頭を下げて頼まれて、バルーダもガルーダもソフィアもビックリした。
そして子供の自分達を頼ってくれた事がとても嬉しく感じた。
「僕達、子供だからそんなに強くないんですが良いんですか?」
「私だってもう魔王では無い。ただの角の無い魔人さ。君達の助けが無いとこの計画は達成できないよ。お願いだ、助けてもらえないだろうか?良かったら私の事はベクトラムと呼んで欲しい」
「ベクトラム様、こっちこそお願いします!僕達みたいに攫われた子供を助けてください!」
バルーダとガルーダは、ベクトラムに縋って泣き出した。彼らは自分達だけ逃げ出した事に罪悪感を感じていたのだ。
話がひと段落してバルーダとガルーダも風呂に入って新しく服に着替えた。
その夜は皆で初めてのお祝い食事会をした。
もちろん献立は、ベクトラムの料理ではなく、屋台で買って来た美味しい料理だ。
熱が下がったミルバも一緒に皆でお腹いっぱい食べて騒いだ。
いくら大きな音を出しても異空間の外には音が漏れない。
子供達は子供らしくはしゃいで楽しんだ。
そして清潔なベッドで寝て疲れを癒したのだった。
次の日の朝、皆で朝食をとっていると、バルーダが思い出した事を話した。
「たしか、僕らを攫った奴等が港に来ていた商人にサルベクト様って呼んでいたんです。
背の低いでっぷりとした男でした。その男がヘプカバルド王子の注文は、魔人が持っている魔力だから角には傷をつけるなって言っていました」
「ほう、商人のサルベクトと言う人物がそう言っていたのか」
「商人のサルベクトにヘプカバルド王子だな。お前たちお手柄だ。敵の正体がわかった」
ベクトラムは、悪い顔でニヤリと笑ったのだった。