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魔界の少女

女性に対する暴力シーンがあります。ご不快に思われる方は読まない事をおススメします。

 ソフィアは魔界の中央にある断層帯の近くにある小さい村で生まれた。

両親は結婚して300年程経っていたが、ソフィアが初めての子供だった。


「魔王様がくださった小麦という植物はすごいな。あっという間に育って、パンみたいな美味しい食べ物ができるんだから」


 ベクトラムの母は人間だったので、人間界から小麦を取り寄せてパンを焼いていた。ベクトラムも幼い頃から母の焼いたパンが大好きで、母が病気で亡くなるまではよく食べていたのだ。

 それを魔王になってから思い出したベクトラムは、魔界で小麦が栽培できるか実験させた。

その結果、1年に2回も小麦を収穫できる地方がある事がわかり、その地方から小麦粉が伝わって魔界でもパンが食べられるようになった。


 ソフィアが生まれた村は、そんな小麦がよく穫れる村だったので、パンが早いうちから食べられるようになっていた。

それまで獲物が穫れた時だけ食べ物がある不安定な食生活だったのが安定的に食べ物が得られるようになり、この村では子供が生まれるようになったのだった。


 「私が生まれた頃からポツリポツリと子供が生まれるようになったんです。村の人はこれから子供が増えて賑やかになるだろうと喜んでいました。

 私が7才になってしばらくした頃です。

その日は小麦の収穫で村人が総出で畑に向かい、私のような子供は、子守りのレレおばあさんに預けられました。

 7才の私を筆頭に3人の子供がレレおばあさんの家で遊んでいたのですが、玄関から突然男達が入って来て、私達は手足を縛られたのです」


「レレさん助けて!」私はレレおばあさんに助けを求めました。

そうしたら、レレおばあさんは冷たい目で私を見てこう言ったのです」


「なんでおまえ達だけ生まれたんだ。なぜうちには子供が生まれなかったんだ。

私も子供が欲しかった…

もう300年早く小麦をくれていたら、私も若くて子供を産む事ができただろう。

おまえ達ばかり生まれたのはズルいじゃないか!

そんなおまえ達は、人買いに攫われてしまえば良いんだよ!」


「そうして、レレおばあさんは人買いから金の入った袋を受け取ると冷たく笑い、私達は猿轡をされて魔馬車に放り込まれたのです。

それから檻の中に入れられ、何日もかけて港に運ばれて、その港から船に乗せられ人間界に連れ去られました」


 ソフィアの話を皆黙って聞いていた。


「うえーん、ソフィアしゃん、おうちにかえれないんでしゅか?」


 ミルバが泣きながらソフィアに抱きついた。

トルクも涙が止まらず目を腫らしている。


「すまない、私が考え無しに小麦を魔界に伝えたせいだ。そんな事になっているとは知らなかった」


 ベクトラムは頭を下げてソフィアに謝った。


「魔王様、そんな…謝らないでください。魔王様が小麦を伝えて下さったから、私達は生まれたんです」


トルクがソフィアに向かってこう言った。


「ソフィア達の誕生を村の人達は大喜びしてくれたんだろう?

そりゃレレおばあさんのように子供が欲しいと思っている人には辛かったかもしれないが、せっかく生まれた子供を親から引き離して売り飛ばすなんて、どう考えても間違ってる!

ベクトラム様はちっとも悪くない!悪いのはレレおばあさんと人買いの奴らだ!」


トルクの言葉にミルバも「ベクしゃまわるくない!」と叫んだ。


「魔王様、お願いです。私のように魔界から攫われて来た子供が他にもいるんです。

なんとか皆を助けてもらえないでしょうか?」


 ベクトラムは俯くと悲しそうに言った。


「すまない…助けてやりたいが、私はもう魔王ではないんだ。角を切られて魔界から追放されてしまった。残った魔力も微々たるものだ。だから私の力だけでは皆を帰らせる事はできないと思う」


「そんな…角が無くてもこの異次元空間を家にする事もできるじゃないですか。魔王様は魔界で一番魔力がある人が選ばれるんですよね?」


ソフィアの疑問にベクトラムは答えた。


「この異次元空間は、角があった時に作ったものなんだ。一度作った空間を保持しておくのはほとんど魔力を必要としないから」とベクトラムは頭の角があった所の髪を掻き分けて角の切られた根本の部分を見せた。


 ソフィアは角が無くなった所を見て「そうなんですか」と肩を落とした。


「そうか、魔人は角が魔力の源なのか…」トルクはベクトラムの話を聞いて納得した。

 ソフィアのマントがズレて角が見えた時は驚いたが、二人の話を聞けばベクトラム様やソフィアは良い魔人だと思う。

 人間だって…親戚だからって良い人ばかりじゃ無いんだから。


 実はベクトラムに言った自分達の境遇には一つ嘘があった。

 王都の親戚の家を訪ねたら引越していたと話したが、本当は親戚のおばさんにトルクとミルバは保護を断られたのだ。

 おばさんは、トルクが働いて稼いだお金を寄越すならトルクだけ来ても良いと言ったが、ミルバは幼いからダメで教会の孤児院に入れろと言った。

 トルクは妹を孤児院に入れたくなかった。

両親が死んで妹と2人きりになったのに、ミルバまでいなくなるのは耐えきれなかったのだ。

 しかし1ヶ月の逃亡生活で妹は、体力を失い高熱を出して死ぬところだった。

 孤児院に入れていたら満足するまで食べられないが、10才になるまでは面倒を見てもらる。しかし10才になってしまった自分は一緒に孤児院に入れない。

ミルバと一緒にいたいとおばさんの話を断ったが、それは失敗だったと今ならわかる。

もしベクトラム様に拾ってもらえなければミルバは、あのまま命を落としていただろう。

ベクトラム様は信頼できる人だ。ここにいれば安心して眠れる。

 だからトルクは、ソフィアもここで一緒に生活できたら良いなと思った。


「ベクトラム様、ソフィアも孤児狩りに追われていたんです。それで一緒に逃げていて捕まりそうになった時にカークが助けてくれたんです!」とソフィアとの出会いを説明した。そしてソフィアをここに置いてもらえらように頼んだ。


「ここにソフィアを置くのは問題ない。私が責任を持って面倒を見るよ。しかし気になるのは他の魔人の子供達だ。ソフィア、君の乗って来た船にはどのくらい子供達が乗せられていたんだ?」


「はい、他にも10人はいたと思います。私の村からは3人ですが、他にも魔人の子供が集められて乗せられて来ていました」


「そうか、それでどうやって逃げたんだ?」


「船を降りたら、全員手を縛られて馬車に乗せられました。

この王都に入る前に大雨で馬車が泥濘にはまって動けない時があって、私ともう2人だけ見張りの隙を突いて逃げたんです。

バラバラに逃げたので、他の子がどうなったのかはわかりません」


 魔族は寿命が長いし、人間より丈夫な体を持っている。

しかし、子供の体力は人間と一緒だ。病気になって手当てが遅れると衰弱して死んでしまう。

 魔界から人間界まで狭い場所に閉じ込められて連れて来られたのだろう。ソフィアも痩せこけていた。 


 魔人の子供を攫った目的は、魔人の持つ魔力か?奴隷のような労働目的か?

 魔界に小麦を持ち込んだのは、魔界を豊かで幸せな生活にする為だった。

思いがけず出生率も上がって喜ばれたが、生まれた子供を売り捌くなんて許せない。

ベクトラムは悔しくてたまらなかった。

 それでも魔力を奪われて魔王の座から追われた今、自分ができるのは逃げて来た子供達をここで匿う事が精一杯だ。

角の無い自分はこんなに無力なんだと痛感したが、攫われた子供達を何とか救おうと心に決めた。


 事情を聞いた後、ベクトラムはソフィアやトルク達の部屋を作った。

異次元空間のほんの一部を使った子供達の個室は、まるで宮殿の客室のような豪華さだった。


「うわ〜、綺麗な部屋〜!」


 はしゃぐ子供達にこんな事しかできない申し訳無さを感じていたが、子供達はこの空間なら追われる事も無くて安心して眠る事ができると涙を流して喜んだ。

 

 そしてソフィアとミルバが一緒にお風呂に入っている間にベクトラムとトルクが買い物に出かけ、店の女主人に必要な衣料品を見繕ってもらって買って帰った。

 トルクが荷物運びで得た銅貨をベクトラムに生活費として渡そうとしたら、ベクトラムはお金ならあるから自分で持っておきなさいと受け取ってくれなかった。

 なんでもベクトラム様の異次元空間には、魔王城の家具や調度類がそのまま全て入っているそうだ。

そして、氷龍の髭というレアな素材を売ったお金や魔王の時の給料が手つがずで残っているからお金は必要無いと言われてトルクは驚いた。


「お城の物を全部持ち去って大丈夫なんですか?」と聞いたら、ベクトラム様の婚約者が城の会計責任者で、魔王城が手狭になって改築するから、その工事期間中ベクトラム様の異次元空間に入れておいてくれと言われたそうだ。

 あと、工事に必要になるかもしれないから魔王都の街全体が入るだけの空間も空けておいて欲しいと頼まれて、ベクトラム様はありったけの魔力を込めて異次元空間を大きくしたらしい。


 見た事無いけど魔王城や魔王都ってすごく大きいんじゃないかな?それが入るくらい異次元空間を作ってくれと言う婚約者も大概だと思うけど、それを言われた通り作ってしまうベクトラム様は、更におかしいんじゃないかとトルクは思ったのだった。

 

 買い物から帰って次にトルクも風呂に入らせ着替えさせると、彼等は見違えるように綺麗になった。

そしてベクトラムが唯一まともに作れるようになった豆のスープと買って来たパンをお腹いっぱい食べてふかふかのベッドで寝た。






 ベクトラムがいなくなった魔王城には、ザスティス率いる反乱軍が攻め入ろうとしていた。

魔王城の屋上から王都を埋め尽くす反乱軍を見渡したミュリアは、ふとベクトラムの子供の頃の事を思い出していた。


 あの時はオーガの里の近くでスタンビートが発生して、里を守る為にお父様が死ぬ覚悟で戦っていらっしゃったわ。

大量の魔物に怖気付いて誰も助けに行ってくれなくて、私がベクトラムに「お父様と里の皆が魔物達に殺されるかもしれない」って泣いていたら、ベクトラムが「助けてあげる」って言って、一人で向かって雷の最強魔法を魔物の集団に放って全滅させたのよね。

あれでベクトラムが桁違いの魔力量を持っている事がわかって、本人の意思も聞かず魔王に祭り上げられてしまった。

例え魔物でも命を奪うのは嫌だって言っていたのに…

ベクトラムが魔王になったのは私のせいなんだから、私が何とかしなければ。

ミュリアは一つ深呼吸をすると覚悟を決め、カラスの使い魔のベーテを呼び寄せた。


「ベーテ、今まで付き従ってくれてありがとう。最後の命令をします。オーガの里にいるお父様に、ミュリアは魔王城と共に散りますと。今までありがとうございましたと伝えてちょうだい。

それが終わったら、あなたは魔界から離れなさい。番のカークと幸せに暮らしてね」


ミュリアはそう言って、ベーテを空に放した。

ベーテは「カアー!」と一声鳴くと空の彼方に飛び去って行った。

 去って行くベーテを見送りながら、ミュリアは覚悟を決めザスティスの元に向かった。


 攻め入ったザスティス軍は、魔王を倒す前に王都に住む住民を人質にしようと考えていた。

脅したり暴力で自分に従わせようとしていたので、もぬけの殻になった魔王都とその周辺を見て騒いでいた。


「これはどういう事だ。魔王城にも城下にも誰もいないではないか!誰か!誰かおらんのか!

魔王はどこへ行ったのだ!」


「魔王ベクトラムは、ここにはもういませんわ。ザスティス様。私が逃がしましたもの」


「何!ミュリア!おまえが魔王を逃がしたと言うのか?」


「ええ、私が転送陣を使ってベクトラムを逃しましたわ」


ミュリアは悪びれない態度でそう言って捨てた。


「ミュリア、おまえはベクトラムみたいな小さい男は嫌いだと言っていたではないか!俺のような大きくて強い男が好きだと言っていたのは嘘だったのか!」


「だって私が本当に愛しているのはベクトラムですもの。情報を得る為にあなたに近づいたのですわ」

と、後ろ手に隠していたナイフを構え、ザスティスに向かって走った。


 周りにいた兵士がすかさずナイフを叩き落とし、

ミュリアを床にねじ伏せた。


それを見て顔を真っ赤にしたザスティスは、怒りを現しながら怒鳴った。


「よくも俺をコケにしてくれたな!ミュリア!」


ザスティスは、ミュリアの顔を「バシッ」と打ち、その反動でミュリアは部屋の端まで吹っ飛んだ。


「この女を地下牢に放り込んでおけっ!」


兵士に両腕を捕まれて起こされたミュリアは、口から流れる血を拭こうともしないで叫んだ。


「もう遅いわ!ベクトラムはあなたの手が届かない人間界に逃げたのだもの!もう追いかける事もできないでしょうね!」


「ほう、あいつは人間界に逃げたのか。ちょうど良い。

私が魔王になったら、祝いに人間界に攻め入ろうと思っていたところだ。

ベクトラムは、人間共と一緒に捻り潰してやろう。

連れて行け!」


 ザスティスの命令に兵士がミュリアを引っ立てて行った。


「ベクトラムめ…絶対に捕まえて殺してやる…」


  ザスティスの低い唸り声が魔王城に響いた。







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