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孤児の兄妹

 「ミュリア、本当にこれで良かったのか?」


 魔王が転送され、父ファーガソンとミュリアだけが残された部屋の中でミュリアは答えた。


「ええ、これで良いのですよ、お父様。

城で働いていた使用人達には全員暇を出し避難させました。

魔王都の住民も避難し終わっています。

あとここに残っているのは、お父様が率いる第一師団の者だけですわ。

ベクトラム様がいない以上、ザスティスがここまで攻め入っても何もできません」


「しかし婚約者を自分の手で追放したのだ。ベクトラム様がいなくなって辛いだろう?」


「いえ、ベクトラム様が魔界に未練を残されたら大変ですもの。魔界に絶対帰りたくないと思わせなければならないのです。お父様。

それよりお父様も早く脱出なさって。領地のオーガの里に帰れば、ケルベロスが率いる軍勢といえど攻めて来られませんわ」


 ミュリアはそう言って笑った。

抜群のプロポーションに鮮やかな緋色のドレス。

艶やかに流れる金の長い髪。

サファイアのように煌めく大きな瞳にかわいらしい鼻。

そして下顎から伸びる2本の長くて太い牙。そして高い魔力をうかがわせる立派な角。

 オーガキングの血を引くミュリアは、魔界全ての魔人が憧れる絶世の美女だった。


 魔人は子供が生まれにくい。そして長寿である。

子供は生まれると身体の成長は20年くらいで止まるが、それからそのままの状態で1000年以上生きる。

多すぎる魔力のせいだと言われているが、男女の20才差などあって無いような物として考えられていた。

 だからミュリアが20才の頃、生まれたばかりのベクトラムと婚約が結ばれたがミュリアはそんなものかと受け入れた。

 ベクトラムは人間の血を半分引いているので身長が2メートルしかない小男だ。

自分より頭一つ背の低い婚約者に年頃の娘としたら不満もあったが、ミュリアを信頼しきって愛情を向けてくる姿にミュリアは自分が庇護しなければと思っていた。

 しかし予想外の事が起きた。ベクトラムの魔力が桁違いに多く、空位が続いていた魔王に就任するのが決まったのだ。

 それから魔王教育が始まり、魔王に就任したのはベクトラムが30才の時だ。

ミュリアは将来の魔王妃になる事になった。


ベクトラムは、矢継ぎ早に魔界を改革した。

 魔界に穀物を植え、魔物の肉だけを食べるだけの食生活にパンや米を取り入れた。

獲物が獲れない時は飢えるしかなかった魔人達は、飢えない食生活を送れるようになって出生率が上がった。

 2000年生きる者も珍しくないエルフは、数百年に一人しか生まれなかった子供が数十年に一人生まれるようになった。


 魔界が安定してくると、人間に似て身体が小さく弱々しく見える魔王ベクトラムを軽んじる者が増えてきた。いくら高い魔力を持っていても外見で判断する者はたくさんいたのだ。


 その頃、ケルベロス族のザスティスというベクトラムの次に高い魔力を持つ男が魔王の座を簒奪しようとしている情報をファーガソン達は察知した。

 ザスティスは美しいミュリアに懸想していたので、ミュリアが酒を飲ませてちょっと良い気分にさせると、ザスティスは内部情報をベラベラ喋った。

 すると驚いた事に、その時には魔界のかなりの部族がベクトラムの反対勢力に回っていたのがわかった。

 このままでは魔王城に攻め入った反乱軍にベクトラムが殺されてしまうと考えたファーガソンとミュリアは、ベクトラムを人間界に追放する事で彼を救おうとしたのであった。


「ではミュリアまた領地で落ち合おう」


 去って行く父を見送って、ミュリアは光が消えつつある転送の魔法陣を見ながら呟いた。


「さようなら、ベクトラム様。あなたは人間界でどうか幸せに…」





 トルクが目を覚ましたのは窓から明るい日差しが入る頃の事だった。


「やばい!ミルバ、起きろ!逃げるぞ!」


 俺はベッドの隣りで寝ていた妹のミルバを起こした。

 しかし、ミルバの体が異常に熱い。


「ミルバ、ミルバ、大丈夫か?ミルバ!」


「にいちゃ…もうあるけない」


 3才のミルバは、食べる物に事欠いた上、連日の逃走で疲れ果てていた。

体が悲鳴を上げていたのだが限界だったのだろう。高熱を出して動けなくなっていた。


「くそっ、ここはどこだ?」


 やけにキレイな部屋で寝ていたベッドもふかふかだ。

トルクは昨日の行動を思い出したが、ここがどこだかサッパリわからないので、高熱を出しているミルバを連れてどうすれば良いか困惑した。


 そんな時にノックの音がしてワゴンを押した男が入ってきた。


「おはよう、君達目が覚めたかい?」


 トルクは一瞬身構えたが、妹は高熱を出しているし、扉の前に2メートルを超える大男がいる。

もう逃げられないと思って観念し、この男が味方なのか敵なのか探る事にした。


「ここはどこですか?」


「ここは私の家だよ。私はベクトラムと言う。

昨夜君達は孤児狩りから逃げて来た。そして私の家に逃げこんだんだ。

私は善意で君達を助けた。だから私を敵みたいに睨むのはやめなさい」


 トルクは、ベクトラムが孤児狩りの一味だったら襲いかかるつもりで身構えていた。

しかしこの人は逆に孤児狩りの男達から自分達を守ってくれたらしい。

 トルクは、ベクトラムにすがって助けを求めた。


「見ず知らずの俺達を助けてくださってありがとうございました。俺はトルクって言います。ミルバが…妹が高熱を出して苦しんでいるんです。

ベクトラムさん、俺は孤児狩りの奴等に突き出されても構いません!でも妹だけは助けていただけないでしょうか?」


 真剣な顔で懇願するトルクにベクトラムは言った。


「さっきも言っただろう。私は孤児狩りの奴等に君達を渡すつもりは無い。妹さんは熱が出たのか?どれ診せてごらん」と言うと、脈を取ったり、おでこに手を当てて様子を見た。


「熱は高いが脈はしっかりしているな。たぶん疲れが出たのだろう。水を飲ませてもうちょっと寝かせてやりなさい。目が覚めたら温かいスープでも持って来てやろう。

君もお腹が空いただろう。ここにパンとスープがあるから慌てないでゆっくり噛んで食べていなさい」と言うと部屋の外に出て行った。


 ワゴンの上には肉の入ったスープと柔らかそうなパンがあってトルクはゴクッと生唾を飲んだ。

もう胃の中には何日も食べ物が入っていない。頭が食べ物の事でいっぱいになった。

 そこへベクトラムが湯覚ましを持って入って来た。


「どうした、まだ食べてなかったのか。妹はまず水分を補給しなければならないから湯冷ましを持って来たよ。

私が妹に飲ませておくから、君はスープが冷めないうちに食べなさい」


 ベクトラムはベッドのミルバを体を抱き起こすと、スプーンで湯冷ましを少しずつ与えていった。


 ふとトルクの方を見ると、トルクは食事の前の祈りを捧げていた。

 お腹が空いているのに食事前に祈りを捧げるとは、トルク達は育ちが良いようだ。どうして孤児狩りに遭うようになったんだろう?

 ベクトラムは一心不乱に食べるトルクを見て疑問に思った。


 水分補給をして再び寝たミルバを残し、ベクトラムは食堂にトルクを誘った。

そしてお茶を2人分用意するとトルクを椅子に座らせた。


「ここは私の魔力で作った異次元空間なんだよ。

君達が入ってきた玄関から中に入るとこの空間に入れるが、魔力制限されているので私と同等か、それに近い魔力を持っていなければ弾かれてしまうはずだったんだ。君達は高い魔力を持っているようだね」


「魔力ですか?測った事が無いのでよくわかりません」


「そうか、じゃ試しに玄関から外に出てごらん」


 昨晩自分達は橋の下で身を寄せ合って隠れていた。そこへいきなり灯りを向けられ「いたぞ!」と襲撃されたのだ。

 3才のミルバは連日の逃走の疲れで普通に走る事もできなかった。だから10才の自分が背負って走った。暗い方へ暗い方へ、狭い方へ狭い方へと。

 もうどこをどう走ったのかわからなかった。力の限り走ってもうダメだと思った所に今にも倒れなボロい家があった。ここへ隠れようと取っ手を掴んだ。

 「ギイッ」と音がして扉が開いたので中に入ったのは覚えている。

 空き家だと思った場所には人がいた。追い出されても当然なのに、この人は自分達を受け入れてくれたらしい。

 

 トルクは本当に外に出て大丈夫なのか不安そうに玄関から出てみた。

外はまだ早朝の明るさだった。

 出て来た家を見ると、明るい日の光の下で昨日感じた以上にボロボロの廃屋があった。

中の綺麗な室内との落差が激しくて信じられなかった。

近くに痩せ細った野良犬が1匹うろついているのが見えた。

 魔法で作った異次元空間…ベクトラムさんの言った言葉は本当だ。

 トルクはもうベクトラムを疑う気にはなれなかった。


「私の言葉は信じてもらえたようだね」

再び入ってきたトルクにベクトラムは笑みを浮かべた。


「ベクトラムさん、僕は下働きでも何でもします!ここへ置いてもらえないでしょうか?妹を守ってもらえるなら金はいりません!働かせてください!」


「君はトルクって言ったよね?いったいどうして孤児狩りに遭うような生活になったんだい?君達王都の生まれじゃないよね?」


「はい、僕達…ここよりずっと東にあるボーゲンズ地方から来ました。

家は歴史ある商家で、俺が小さい頃までは裕福な生活をしていたんです。

でも大きい取り引き先が潰れて売掛金を踏み倒されてしまって…それでも持ち直したんですが父が流行病になって、看病していた母も一緒に亡くなったんです。

それで店も住んでいた家も何もかも失くして、親戚を頼って2人で王都に来たんです。でも親戚は引っ越ししていて所在がわからくなって、残っていたお金はスリに擦られて無くなってしまって…」


 トルクはそこまで言うと涙が溢れてきて喋る事ができなくなった。


「まだ子供なのに辛い思いをしたんだな」とベクトラムはトルクの頭を優しくなでた。


「ボーゲンズ地方と言ったな?君のファミリーネームはあるのかい?」


「はい、実は僕達の遠いご先祖様はボーゲンズ地方の領主だったらしいです。ご先祖様の姉に勇者の仲間に選ばれた人がいて、勇者と魔王を倒す旅に行ったんだそうです。でも勇者を裏切って魔王の味方になってしまって、裏切り者を出した家として国は伯爵家を潰して平民に落としたと聞きました。平民になるまではボーゲン伯爵家という貴族だったそうです。

俺の名前はトルク・ボーゲンと言います」


「何!ボーゲン伯爵家と言ったか?」


「はい、証明する物は何も無いですが、俺達の姓はボーゲンです」


 ベクトラムの母は人間だ。母は子供の頃人間界の話をしてくれた。話の中で自分はボーゲン伯爵家の娘で弟が一人いたと聞いた事があった。

 ではこの子供達は母の弟の子孫だったのか。

いや、問題はそれだけでは無い。母が勇者を裏切って魔王を助けた?

裏切ったのは勇者の方だ。母は恋人の勇者の身代わりになって瀕死の重症を負った。

それなのに勇者は母を捨てて去って行った。

 勇者達は、母の功績を国に報告せずに功績を独り占めにしてボーゲン伯爵家を取り潰したのか。

 ベクトラムは強い怒りを感じた。


「許せん…」


 ベクトラムは決めた。この兄妹は自分が育てると。

そして母の実家であるボーゲン伯爵家を取り潰したブラード王国と勇者は敵だと認定した。

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