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希望と絶望


「魔王の討伐を果たした勇者トルク・ボーゲン殿は、勲章と侯爵位を叙爵するものとし、新たにボーゲン地方を含む土地を与えるものとする」


国王陛下の言葉に、王宮の大広間に集まった大勢の貴族達から割れんばかりの拍手が沸き起こった。


 しかし壇上に上がったトルクの顔には、叙爵されたというのに喜びの欠片も見えない。

帯に勲章を着けてもらう時も、終始無表情を貫いていた。

 

どうしてこんな事に…。


トルクはこの1ヶ月で起こった事を振り返り、泣きたくなるような思いに陥るのだった。



 あの日、異世界から召喚された人食いスライムは、王都の北東から現れ、貴族の邸宅や富豪ご用達の店舗を壊しながら中央に進んだ。

 その結果、王都の半分の面積を破壊し尽くし、最後はベクトラムの異空間収納に飲み込まれて姿を消した。

 人食いスライムは、魔力を求めて自ら異空間収納の入り口に飛び込んだのだ。

 その結果ベクトラムの持つ異空間収納は、限界までスライムを収納して、ベクトラム自身が石化してしまった。

 人食いスライムが姿を消し、地下に逃れた人々が恐る恐る地上に戻ってきた。

 そこで彼らが最初に見た物は、スライムによって破壊された街並みと、地下への出入り口の前で、大きく両手を広げ仁王立ちする、石になったベクトラムの姿だったのであった。


 石像が、街を救ったベクトラムの変わり果てた姿だと知らされた民衆は号泣した。

 そして「一歩たりともここから先に通さない!」と、強い意思が感じられるその石像を[英雄の像」と呼んで感謝の言葉を贈ったのだった。


 同じく国王や貴族達も、ベクトラムが地下空間に避難指示している姿を自分の目で見ている。

彼のおかげで助かったと全員が理解していた。

 だが、彼らの対応は民衆とは違ったものだった。

国王や貴族達は、人食いスライムを召喚したのが王弟公爵のヘプカバルドだったと知って、事実を隠そうとしたのである。

ベクトラムのおかげで人命の多くは救われたが、壊れた家々等、失われた財産は多い。

王族の責任を追求されるのを恐れたのである。

 そして都合の良い事に、トルクが持っていた[勇者の剣]が消えていた事がわかった。

[勇者の剣]が消えたという事は、魔王が討伐された事を意味する。

 魔王は何だったのかと上層部で議論され、人食いスライムが魔王だったという筋書きが作られた。

 

 そして国民には、

 [今回現れた人食いスライムは魔界の魔王だった。王家の依頼で英雄ベクトラムが王都の地下に地下空間を作り、民衆を助け魔王の脅威から守った。そして人間界に攻め入った魔王は、勇者トルクによって成敗された]と発表したのだった。


 トルクは、「それは事実では無い。人食いスライムは、ベクトラムの異空間収納に入ったのだ。ベクトラムの功績だ!」と訴えたが、その言葉は完全に無視された。

 しかも、「石像になったベクトラムを粉々にしても良いのか?」とトルクを脅し、事実を捻じ曲げたのだった。

 そうして王弟の関与をうやむやにした上で、地下空間は、壊れた建物に住んでいた人々の応急的な仮設住宅として利用した。

 その間に突貫工事で王都を区画整理し、建物の建築を急ぎ、わずか1ヶ月余りで王都を復旧させたのだった。


 復旧が進んだ2ヶ月後、国王は城に勇者トルクと避難誘導に尽力した騎士団の功績を讃える式典を開いた。

 そしてベクトラムの働きに感謝を顕すと言って、彼に英雄の称号を贈り、新しく作った広場に石像になったベクトラムを据えて、ベクトラム広場と名付けたのだった。

 


「いい加減なものよね。ベクトラム様が命をかけて王都の人を守ったのに、王弟の不始末は全て無かった事になって、王家は何も関係無い事になっちゃった」


ソフィアの言葉にバルーダもガルーダも一緒になって怒っていた。


「本当だよ!異世界から魔物を召喚した犯人のヘプカバルドは、お咎め無しだって言うしな。ベクトラム様は殺され損だよ!」


 ベクトラムの異空間屋敷に住んでいた魔人の子達は、異空間屋敷が人食いスライムで埋まってしまってから、樽の女将の店の2階を借りて暮らしていた。

 貴族や富裕層が住む王都の北側から破壊されていったので、南側の下町やスラム側には影響が無かったのである。

 樽の女将とは、スープの作り方やいろいろな料理を習いに行ったり、重い物をベクトラムが運んだりしていた友人関係だったので、樽の女将はベクトラムの死をひどく悲しんだ。

 そしてベクトラムが育てていた子供達が家を失ったと聞き、2階の部屋を貸してくれたのである。

 そこで暮らし始めた魔人の子供達が、王家の仕打ちに対して不満を述べていたのであった。


「それにしても、主犯のヘプカバルドが生き残ったって言うのは頭にくるわ!」


 そう、この事件を起こした首謀者であるヘプカバルドは生きていた。

ブサンペルトを身代わりにして逃げた後、ブサンベルトの商会長補佐の男性に詰め寄られていたが、結局は地下空間に逃げ延びていたのだ。

 そして情け無い事に、自分のしでかした事を含めて、自分が誰であるかもきれいサッパリ記憶を無くしてしまったのだ。

 公爵としての仕事もできなくなった彼は、人里離れた屋敷に生涯幽閉される事に決まったそうだ。


「それでも命が助かって、処刑もされないんだから、甘々な判決だよ」


「トルクも何度も呼び出されて、散々脅されて大変だったね」


「うん、だけどベクトラム様の母君の名誉が回復できて、それだけは良かった」


 トルクは、国王に王弟の不始末を黙っておく代わりに、500年前ベクトラムの母が勇者によって着せられた、「魔王に寝返った裏切り者」という汚名を雪ぐよう交渉したのだ。それによってベクトラムの母は、勇者に貢献した事を正式に認められて、ボーゲン伯爵令嬢としての立場も回復したのだ。

神殿の記録も書き直され、トルクがボーゲン侯爵家当主として、その功績を一族の記録に書き加える事に決まっていた。


「それでソフィア達は、これからどうするんだ?魔界の両親を探しに行くのか?」


「ええ、そうするつもりよ。攫われた時、小さ過ぎてどこに住んでいたか覚えてない子もいるから、皆で協力して旅をするつもり」


ソフィアの言葉に魔人の子供達は全員が頷いた。


「そうか、寂しくなるな」


 トルクは10年の時間を共に過ごした皆と別れるのが辛かった。


「トルクはミルバと新しくもらった領地に行くんでしょ?」


「あ、…うん、実はミルバは王都に残る事になった」


「えっ、なぜ?」


「ミルバの様子がおかしいから、どうしたのか聞き出したんだけど、ミルバはベクトラム様にミュリアさんの危機を伝えていなかったらしい」


「どういう事?」


あの日、使い魔カークの番であるベーテは、港に着いたベクトラムの元婚約者だったミュリアを助けてくれとベクトラムの異空間屋敷を訪れていた。

しかし、ベクトラムがミュリアを助けて、2人がまた愛し合うようになるのを恐れたミルバは、ベクトラムにその事を伝えなかったのである。

 その結果、ミュリアは召喚の生贄にされ命を落とした。

その事を後で知ったミルバは、兄のトルクに涙ながらに懺悔した。

 そして自分は結婚しないで、石像になったベクトラムを一生守っていくと決めたと言った。

 ミルバはまだ13才だ。トルクは必死で説得したが、ミルバの意思は固かった。

 そこでトルクは、ボーゲン侯爵家の王都の屋敷を広場の近くに造り、そこにミルバを住まわせる事にしたのだと皆に伝えたのだった。


「そうだったの。ミルバちゃんも辛い思いをしたのね」


 そう言って、皆がしんみりしていた時、集まっていた部屋にミルバが飛び込んで来た。


「兄さん!大変!ベクトラム様の指に[魔王の指輪]がある!」


 毎朝ベクトラムの石像に花を供えに行っていたミルバが、ふとベクトラムの手を見ると、[魔王の指輪]がはまっていると言うのだ。


 全員がすぐにベクトラムの元に駆けつけると、確かにベクトラムの左手に[魔王の指輪]があった。


「これはどういう事だろう?」


「ベクトラム様は、まだ魔王って事だよな?」


「もしかして、ベクトラム様はまだ生きているんじゃ…」


皆が口々に仮説を述べたが、石になったベクトラムの様子に変わりは無く、一同は帰って対策を練る事にした。


 次の日、彼らは神殿長の元を訪れた。

神殿も、人食いスライムによって大きく破壊され、

仮設の礼拝堂が建てられていた。

神殿長室とは思えない狭い部屋で、神殿長は皆を心良く迎えてくれた。


「映えある卒業式が、あのような事態になって残念でした。校舎も破壊されたので、生徒は近くの街にあるガスバルド教会の建物を仮校舎として使っているのですよ」


 神殿学校の在校生は、王都から通学用の馬車を借りて隣街に通学しているらしい。

怪我をしたり、亡くなった生徒はいなかったとの事なので皆胸を撫でおろした。


「実は神殿長様、お尋ねしたい事があり伺いました」


代表してトルクが、実はベクトラムは魔界を追放された魔王なのだと神殿長に説明した。


「石になったベクトラム様の左手に[魔王の指輪]がはまっているのです。

もし、ベクトラム様が亡くなっていたら、[魔王の指輪]は、新しい魔王を選定するはずなのに、なぜベクトラム様の指に在るのでしょうか?」


 話を聞いた神殿長は息を飲んだ。

ベクトラムは、水仕事をする時以外はずっと指にはめていたので、神殿長は[魔王の指輪]を知っていた。

ベクトラムが魔王である事も薄々気がついていたのである。


「魔王の指輪がベクトラム様の指にあると言う事は、ベクトラム様は生きていらっしゃるのでしょう」


 神殿長の言葉を固唾を飲んで聞いていた子供達は、一斉に「やったー!ベクトラム様は生きていた!」と喜びの声をあげた。


「しかし、私はベクトラム様の魔力の流れを見ましたが、魔力は人食いスライムと一緒に固まっていました」


「魔力が固まっているとはどういう事ですか?」


「ベクトラム様は、今人食いスライムを浄化しているのでしょう。しかし、あれだけ大量のスライムを浄化しようとしたら、10年、いや100年…もっとかかるかもしれません」


「でもベクトラム様は生きているなら、それだけ時間をかければ石化が解けるんですよね?」


 魔人の子供達は、寿命が長いので数百年かかっても、またベクトラムに会えるのだ。

皆の声が弾んでいた。


「そうですね。魔人なら再びベクトラム様と会う事も叶うでしょう」


 神殿長はそう言うと、トルクを痛ましそうな目で見た。それを見て魔人の子供達も「ハッ!」と気がついた。


「トルクは人間だから、寿命が先に来てしまうのか…」


 ベクトラムが再び生命を取り戻すのは嬉しい。

しかし自分は人間だから、とても数百年後に起こるベクトラムの復活の場にいる事はできないのだ。

トルクは頭を殴られたような衝撃を受けた。

自分だけが皆と違うという事実を認められなくて、トルクは外に飛び出して行った。


 夕焼けに照らされたベクトラム広場では、買い物を急ぐ子供を連れた母親や、仕事帰りの労働者がたくさん行きかっていた。

 トルクは、広場の高くなっている台座に置かれたベクトラムの石像を見上げた。

 あの日と変わらず、両手を高く広げ、仁王立ちするベクトラムは当たり前だが動く気配が無い。

トルクは、寂しさを堪えていた。


「トルク、ごめん。俺達考え無しにはしゃいじゃって。おまえの気持ち考えてなかった」


いつのまにか、魔人の子供達が揃って追いかけて来ていた。


「俺、考えたんだけどさ、ベクトラム様に手紙を書こうと思うんだ。聞いて欲しい事や考えた事全部」


「うんそうだな。ベクトラム様が生き返ったら、俺たちがベクトラム様に必ず渡すよ」


「うん、ありがとう。よろしく頼むよ」


 トルクが吹っ切れたような顔をしたので皆は安心して、トルクの頭を撫でたり、肩を叩いたりしてトルクを慰めた。

 そこへ、「キン!」と音がして周囲の音が聞こえなくなった。

「えっ!」と皆が驚いていると、神殿長が[勇者の剣]を持って現れた。


「私が結界を張ったのですよ。今ここにいる私達の姿や声は他の者にはわかりません」


 なるほど、ベクトラムの石像の前にいる自分達の周りは人がいなくなっていた。

結界の近くに人は近づかないようだ。


「この[勇者の剣]は、人食いスライムがベクトラム殿に封印されてから、神殿の開かずの間に帰って来ました。ですが、あの部屋はあなた方が穴を空けてしまわれたので保管場所に使えなくなりました」


 10年前、人間の孤児達の住む場所を作る為に、ソフィア達が王都の地下を掘削して蟻の巣のように通路を作りまくった。

 その時偶然、[勇者の剣]を保管していた入り口の無い部屋に突き当たって壁を壊したのだった。


「もうあの開かずの間は使えません。私が死んでしまうと、この[勇者の剣]を保管する事もできないでしょう。ですからトルク殿、この剣をベクトラム様の両手に渡すように置いてもらえませんか?」


「この剣をですか?」


トルクは脚立を借りてくると、両手を広げているベクトラムの手渡すように剣を置いた。

[勇者の剣]は、まるで最初からそこにあったようにベクトラムの石像の両手に納まった。


「この[勇者の剣]には不壊の魔法がかかっています。そして台座ごと持ち去られるのを防ぐ為に、台座も不壊の魔法で守られるのです」


「それなら石になったベクトラム様が、悪意のある者に壊される事が無くなるわけですね」


トルクは嬉しそうに神殿長を見つめた。


「そうです。この石になった姿のまま、数十年、数百年経っても壊れる事も、風雨で傷む事もありません。王家がベクトラム様を壊すぞと脅しても大丈夫ですよ」


そうか、ベクトラム様が人食いスライムを浄化して、また命を取り戻すまで[勇者の剣]が守ってくれるなら安心だ。


 剣を両手で高く掲げているベクトラム様は、まるで勇者のように気高く輝いて見えた。

自分は、もうベクトラム様に会う事はできないだろう。

 だけどベクトラム様が生き返った時には、ソフィアが…バルーダ、ガルーダや魔人の皆がいる。

あの人は一人じゃないんだ。

 だったら、自分は何をすれば良い?


「決めた!俺結婚して子供作る!」


 周りにいた皆は、トルクの突然の爆弾発言にギョッとして振り返った。


「俺子孫を作って、ベクトラム様がいつ生き返っても不自由な生活しないよう、お金をたくさん貯めさせる!」


 皆、その言葉を聞いてうんうんて頷いた。


「それなら、おまえの代わりに俺たちがベクトラム様の手足になって働くよ!」


「うん、そうだな、ベクトラム様の事よろしくお願いします」


トルクは、深々と皆に頭を下げた。足元の石畳にはボタボタっと涙が落ちた。


「トルクがどれだけベクトラム様に会いたがっていたか、絶対に話すからね!」


ベクトラムが復活するまで、 何十年、何百年かかるかわからない。

だけどその時には必ず皆がいる。

生き返ったベクトラムをきっと助けてくれるだろう。

 トルクは絶望の中で希望を見つけた気持ちだった。

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