ミュリアの後悔
その頃、ベクトラムの元婚約者ミュリアは、魔王城の地下にある貴賓牢にいた。
ベクトラムを人間界に逃し、地下牢に入れられたミュリアだったが、オーガ一族の族長である父ファーガソンの強い抗議で、一般牢から貴賓牢に移されたのだ。
貴賓牢は一般牢と違い、トイレ、お風呂があり、狭いながらも女性の尊厳が守られた造りになっていた。
「おい、ミュリア!おまえが俺様の妻になるというなら、すぐにここから出してやるぞ。
強情張ってないで早く結婚するって言えよ」
時たま姿を見せるザスティスは、ミュリアの元を訪れ結婚を迫っていたが、ミュリアはいつもザスティスを相手にしなかった。
魔族は、1000年以上生きるのが普通だ。魔力が多ければ、それだけ長く生きる。
そのせいで、時間の経過にあまり頓着しない。
10年、20年の時間はあまり気にしないのだ。
だから、ミュリアがこの貴賓牢に入れられて、もうすぐ10年経とうとしていたが、ザスティスは今日も性懲りも無くミュリアの元を訪れていた。
「何回来てもあなたの妻にはなりません!」
しかし、その日のザスティスは少しお酒が入っているのか、いつもと違う様子を見せた。
「そんなにいつまでも強情張ってると、俺様の情けをもらえなくなるぞ!今魔王都には、旨い酒とキレイな女が灼をしてくれる店がたくさんできているんだ。ミレーユちゃんなんか、俺の顔を見ると嬉しそうに飛んでくるんだからな」
10年前にザスティスが王都を占拠した時に王都に住んでいた人々は略奪を恐れて逃げ出した。
その後、王都に住む者はいなくなっていたはずだが、どうやら後ろ暗い者達が集まって商売を始めたようだ。
「じゃあ、ザスティス様は、そのミレーユちゃんと結婚なされば良いではありませんか」
「馬鹿言え、あいつは遊びだ遊び。魔王妃にするには、力を持った家の娘じゃないと、俺が魔王になった時に困るからな」
「あら、[魔王の指輪]も無いのに、魔王になれるんですか?」
「へへへ、それが指輪を手に入れられるかもしれんのよ。良い話があってな」
[魔王の指輪]はベクトラムが持って人間界に行ったはずだ。ザスティスが手に入れるわけが無い。
なのに今日は、こんなにご機嫌な上に[魔王の指輪]が手に入りそうな事を言っている。
おかしいと思ったミュリアは、甘えた声で聞いてみる事にした。
「あら、どんなお話ですの?私にも聞かせて下さいな」
自分の美しさを知っているミュリアが、色っぽく迫ったのだ。単純なザスティスはコロっと騙され、話し出した。
「聞いて驚け!なんと勇者様がお出ましになったんだとよ。まだ子供の頃に[勇者の剣]を抜いたから、勇者見習いで神殿で修行をしていたらしい。
それが、今度成人するから、正式に勇者様になるってわけよ」
「何ですって!」ミュリアは驚いた。
ベクトラムが魔王の時代250年も現れなかった勇者が現れたのだ。
勇者の存在自体は知っていた。
前の魔王も前の前の魔王も勇者に討ち取られているのだ。
だが、ベクトラムが勇者に討たれるという可能性を完全に失念していたのだった。
「だから勇者様は[魔王の指輪]を持ってるベクトラムを討つだろ?そうしたら、指輪は自動的に魔界に帰って来るんだぜ!魔界に帰って来たら、魔界で一番魔力のある俺様の元に飛んで来るってわけさ」
そうだ、ザスティスの言う通りだ。勇者はベクトラムを討ちにに行くだろう。ベクトラムは人間界にいるのだから、今までのように魔界に苦労して遠征する必要もない。
自分の庭とも言える場所で、勇者は魔王と戦えるのだ。
しかもベクトラムには角が無い。
ベクトラムの膨大な魔力が詰まった角は、私が切り落としてしまった。
ベクトラムは戦う術が無いまま、勇者に簡単に打ち取られてしまうだろう。
ザスティスから逃がす為に送った人間界で、勇者に討ち取られるベクトラムの姿を想像して、ミュリアは血の気が引いた。
「あー、楽しみだ。何もしなくても魔王の座が転がり込んで来るんだからなぁ」
わざとミュリアに聞かそうというのか、ザスティスは一際大きな声で叫んだが、ミュリアにその声は聞こえていなかった。
そして、ザスティスが嬉しそうな様子で去ると、ミュリアは力無くベッドに腰を下ろした。
「そうだわ、ベーテをカークの元に行かせてベクトラム様に危険を…」
座っていたベッドから立ち上がったミュリアは、ベーテはもうカークの元へ送った事を思い出した。
「ああ…何もかも裏目に出てしまったわ…」
ミュリアは、後悔の念で涙が止まらなかった。
その頃、ミュリアの使い魔である、魔烏のベーテは魔界にいた。
10年前、ミュリアにカークの元へ行けと言われていたが、その頃ベーテはお腹に卵を抱えていたのである。
人間の大陸は遠い。お腹に卵を抱えたまま飛べる距離ではなかった。
しかも卵から孵っても、大陸を移動できるくらいに成長するには時間が掛かる。
ベーテは、カークの子を産み捨てて大陸を渡る事ができず、そのまま魔界に残ったのであった。
孵った雛は4羽。普通は番が交代で雛の世話にあたるが、ベーテは自分だけで4羽の雛を育てあげた。
その後、魔王城のミュリアにコンタクトを取ろうとしたが、ミュリアは地下牢から一歩も外に出られなかったので、ベーテは毎日、魔王城のミュリアの気配を探っていたのである。
そして、それは突然やって来た。
ミュリアの元にたくさんの兵士が現れたと思ったら、ミュリアを外に連行したのである。
「私をどこに連れて行くと言うの?」
ミュリアが抵抗する様子を見せていると、ザスティスが現れた。
「ミュリア、喜べ。おまえは人間に売られる事が決まった。人間の商人が魔力を持った魔物を集めているんだ。ようやく地下牢から出られるぞ!」
「私を人間に売り飛ばすって言うの?そんな事をしたらお父様が黙っていないわよ」
「それがな、もうおまえを魔王妃にする必要が無くなったんだよ。勇者がベクトラムを討つと俺様が魔王になるだろう?だから俺の妃になりたいって女がわんさか押しかけて来たのよ。だからお前は用済みだ。大多数の部族が俺についたから、オーガがいくら吠えても覆らないんだ。だから早く俺様と結婚しとけば良かったんだよ。今更俺様と結婚したいって言っても遅いぞ。もう諦めるんだな」
ザスティスが本当に魔王になれるのか様子見をしていた勢力も、勇者が現れた事で完全にザスティスに付いたようだ。
ザスティスは本当に嬉しそうにそう言うと、魔封じの首輪をミュリアに着けた。
そして「連れて行け!」と兵士に命令した。
ミュリアは、両脇を抱えられ抵抗する事もできず荷馬車に乗せられ、港に連れて来られてしまった。
港には、檻に入れられたオークやリザードマン、ゴブリンにデスパンサー等、たくさんの魔物がひしめき合っていた。
そこにいた商人風の人間の男は、ねっとりとした目でミュリアの身体を眺め回した。
「この娘がザスティス様おススメの商品ですか。オーガ族なら魔力は期待できそうですな。よろしい。下の物置部屋にでも入れときなさい」
そうして、ミュリアは船に乗せられ、物置部屋に監禁された。
その様子をじっと見ている者がいた。
ミュリアの使い魔、ベーテである。
ベーテは、4羽の子供烏をを呼び出した。
(これから、この船を追跡して人間界に行くわよ。
サーラとグートとは港の漁師の所から、魚でもなんでも良いわ。できるだけたくさん盗んで、船のマストの上に隠しておいてちょうだい。ジーラとビートは、木の実をたくさん集めに行ってね)
4羽の子烏達も10年経ち、すっかり成長した。
大陸間を飛ぶのは大変だが、疲れたら船の上で休憩しながら飛べば、何とか人間の大陸まで追跡できるだろう。
人間界まで行ければ、カークにミュリアの居場所を伝える事ができる。
そうしてベクトラムにミュリアの窮状を伝えたら、必ず助けに来てくれるはずだ。
ベーテは、かつてミュリアに託された皮袋を首に巻いて一足先に船のマストの上に飛んで行った。
カークは、子供達が無事4羽生まれたのを知らない。
ベーテは、子供達をカークに会わせたかった。
そして、ミュリアとベクドラムとまた楽しい生活を取り戻せたら、どんなに良いだろうと思ったのだった。
ここから、お話はエンディングまで怒涛の展開になります。
ベーテは、カークに無事再会する事ができるでしょうか?
そして、ベクトラムとミュリアの運命は?