表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

皆の10年間

 皆が学校に通うとなると、困った事が起きた。

学齢に達していない子供の『幼児あるある』だ。


「やだー!ぼくもがっこういきたい!」


「おまえは4才、スーリアとミルバはまだ3才だからな。6才にならないと学校に入れないんだ。

だから6才になるまでは家で俺のお手伝いをしてくれないか?」


ベクトラムは、泣いて一緒に学校に行くと暴れる幼児組を抱き抱えて、早く学校に行けと目でトルク達に合図を送っていた。


「わたちは、べくしゃまといっしょにいるよ〜!」


と、ミルバだけはベクトラムに張りついて嬉しそうだ。


今日は神殿学校の入学式だ。

魔人の子供達も人間の子供達も、大喧嘩した事など嘘のように仲良くなっていた。


「じゃ、ミルバ、お兄ちゃんが学校に行っている間、ベクトラム様のおっしゃる事をよく聞いて、大人しく待っているんだよ」


「うん、わかった〜」ニコニコと笑いながら、ミルバは兄に手を振って見送った。


「へぇ、ミルバちゃんは聞き分けが良いんだね」


「うん、ミルバは基本、ベクトラム様さえいればご機嫌なんだ。今日もお手伝いする名目で一日中付いて回るはずだよ。実の兄よりベクトラムに懐いてるんじゃないかな?」


 トルクはそう言いながら、振り返りまた手を振った。


 王都にある神殿学校は、貴族の子弟は無条件で入る事ができるし、平民でも金貨3枚の月謝を払えば入学できる。

神殿学校では、教養科目の他に魔法や武芸の時間もあり、優秀な人材は王宮や騎士団にも採用されるのだ。

 ベクトラム様に高額な学費を出してもらえて入れた学校だ。無駄な金を使ったとベクトラムに後悔させるわけにはいかない。

 教えられた事を全て身につけようと、彼らはやる気に満ち溢れていた。


 学校に子供達を送り出し家事を済ませると、ベクトラムは昔母親から聞いた話を思い出していた。

魔王を倒す勇者のパーティーの構成は、勇者、攻撃魔法使い、補助魔法使い、回復役、盾役。それに旅の補佐役の荷物運搬役だったはずだ。

 トルクは将来、勇者として魔王を倒しに行くだろう。神殿もそれを補佐するスキルを持っているだろうが、自分は父から魔王の戦い方を。母から勇者の戦い方を聞いている。

 それなら私も魔王との戦い方を伝授して、彼らの生存率を少しでも上げてやりたい。

そう考えたベクトラムは、地下に蟻の巣のように掘られた空間の一部に、訓練所を作る事にした。

ベクトラムは魔法が使えないので、物理的な方法で、壁を殴って殴って殴り続けて空間を広げ続けた。

そして何日かで、スラム街がスッポリ入るくらいの大きさの訓練所を作る事ができた。


仮想勇者パーティーのメンバーはこうだ。


勇者     トルク

攻撃魔法使い クリス

補助魔法使い バルーダ、ガルーダ

回復役    ジル

盾役     メルト


 魔人の子供の中で、魔力が多く適性を考えるとこういう構成が考えられた。

ミュリアが次の魔王はザスティスだと言っていた。

 ザスティスは、高い魔力で攻撃魔法も使えるし、剣も使える万能型だ。たが脳筋なので、冷静さを失うと闇雲に突っ走る癖がある。

そこを突けば、勇者パーティーに勝機が見えてくるだろう。

 ベクトラムは、仮想勇者パーティーのメンバーに毎日時間を見つけては指導する事にした。

トルクが魔王を倒せるように。

誰も殺される者がいないように万全の備えをしたかった。

 


 そうして、彼らが神殿学校に通い出して3年の月日が経った。

 初等科を終えた人間の子供達の中で、ミィロは丁寧な言葉使いと愛嬌の良さを気に入られて宝飾店に。

オーバンは、計算の速さと綺麗な文字を書けるからと、布地を扱う商店の店主に見込まれて、就職して出て行く事になった。

ベクトラムは2人の為に晴れ着を贈り、商店主にくれぐれもよろしくと頭を下げに行った。



 6年経ち中等科を終えた時には、15才のサリナとティーナがお嫁に行った。

サリナは、神殿学校に来ていた商人の息子に見初められた恋愛結婚で、ティーナは王都の近くにある農園の跡継ぎの嫁にと望まれ結婚した。

ベクトラムは、空間倉庫にあった豪華なベッドやタンスを贈り、新婚家庭に喜ばれた。

そして結婚式では、2人共ベクトラムが親代わりとして、花嫁をエスコートした。

 感激の涙で目を真っ赤にしたベクトラムは、参列した子供達に散々からかわれた。



 そして10年の月日が流れ、トルクやソフィア達は4年の高等科を終え、卒業が目前になってきた。

 最初に地下で暮らしていた16人の人間の子供達は12人になっていたが、魔人の子供達は高等科の4年まで10人全員残っていた。

 高等科を終えた人間の子供達は、全員就職先が決まっていた。

レイナは王宮で侍女になり、マルクも近衛騎士団に入る事が決まった。

 そしてミルバと同じ年で、自分も学校に行くと暴れていたモーリアは、養子に欲しいと海産物問屋の店主に望まれ養子に行く事になり、同じくスーリアも、隣国の下級貴族の養女になる事になった。

 魔人の子供達も勇者のパーティーに正式に選ばれた。今は、王国騎士団と訓練を積んでいる。

 他の魔人の子供達は、一度魔界の父母の元に帰ろうと言っていた。

 小さい頃攫わられたので、どこに故郷があるかわからない子もいる。

 親に会えるかどうかはわからないが、皆で探しに行ってみる事にしたのだった。魔人は寿命が長いのだ。何十年かかったとしても、魔界を隅々まで旅すれば、きっと見つかるだろう。


 孤児として街を逃げ回っていた子供達が全員立派に成長したのだ。ベクトラムは感無量だった。

 卒業式が終われば、空間屋敷はそのままだが、この地下の隠れ家は封鎖する事になっている。

 ベクトラムは、250年の魔王だった時より、この10年の方が、はるかに充実して幸せな時間だったと思った。

 そして彼らの卒業祝いに贈るプレゼントを見繕いながら、自分の子供が巣立って行くような寂しさを感じていたのだった。




 その日、ベクトラムは、トルク達が卒業する前に、最後の授業料を神殿に納めに行く事になっていた。

 ベクトラムが異空間屋敷から出ようとしたら、ちょうどミルバ達下級生が帰って来た所だった。

6才になってから入学した彼らも高等科に通うようになり、ミルバは13才の美少女になっていた。


「ミルバ、授業料を払いに神殿学校に行って来る。今日はミルバが当番だな。帰りに肉を買って来るから、芋の皮剥きを頼むよ」


「ベクトラム様、わかりましたわ」


 にっこり笑って返事をするミルバがベクトラムを見る目は、この10年で庇護者を慕う物から、恋する者を慕う恋慕の目になっていた。3才の頃のお嫁さんになりたい発言から相当拗らせているのだが、鈍感なベクトラム全然わかっていなかったのである。


 ベクトラムが会計に授業料を納めて帰ろうとした時、「ベクトラム様ではありませんか」と声をかける者がいた。

それは、久しぶりに会う神殿長だった。


「お久しぶりです、神殿長。今日はうちの子供達の授業料を納めに参りました。早いもので、あの子達が学校に通うようになって、もう10年です。子供が成長するのは、本当にあっという間ですね」


「おお、それは長い間お疲れ様でございました。誠に時が経つのは早いものですな。ベクトラム様、どうでしょう?今からお茶にお付き合い頂けませんか?お話したい事もございますので」


「ええ、構いませんよ」


 ベクトラムが応じ付いて行くと、立派な応接室に招かれた。側仕えがお茶を用意し部屋を出た瞬間、部屋に「キン!」と音がして結界が張られたのがわかった。


「神殿長?」


「申し訳ありません。人に聞かれたくない話もございますので、結界を張らせていただきました」


 神殿長の真剣な様子に、ただの茶飲み話では無さそうだと、ベクトラムは居住まいを正した。


「早速ですが、ベクトラム様は魔大陸に行った事はごさいますかな?」


 ベクトラムは思ってもみなかった話に戸惑いを隠せなかった。


「昔行った事はございますが、もうあちらに縁も無くなりましたので、今はどうなっているか全くわかりません」


 ベクトラムの言葉に神殿長は頷いて語った。


「神殿が持っております調査機関によりますと、魔界を統べている魔王が現在行方不明なのだそうです。

10年前に魔王を倒そうという勢力が魔王城に攻め込んだそうですが、城はもぬけの殻。

彼らは魔王を倒す事ができず、魔王の座は空位のまま魔王城を占拠しているようだと調査の者が言っておりました」


「!!!!!」


 ベクトラムは驚いた。魔王だった自分は、ファーガソンとミュリアによって人間界に追放された。

その後、ザスティスが魔王の座に就いたものと思っていたのに、魔王の座が空位?


「なぜです?魔界大陸では、最大の魔力を持った者が魔王になるはずです。魔王が行方不明になっても、次に魔力を持った者が魔王に選ばれるのでは?」


「ええ、魔力の多い者が選ばれます。指輪に」


「指輪に?」


「勇者を選ぶのが[勇者の剣]であるように、魔王を選ぶのは[魔王の指輪]と伝えられています。

魔王が死んだら、[魔王の指輪]は次の魔王を選定するそうです。

 ベクトラムは、自分が魔王になった時の事を思い返した。


(そういえば、成人した時に指輪をはめたな…。

そうしたら、指輪が光って私の指にちょうど良い大きさになったんだ。

あれが[魔王の指輪]に選定されたという事か。

指輪が玉璽になっていて、書類に魔王印をつく度使ってたから、そんな大層な物なんて思わなかった。

そう言えば、指輪はどこにやったかな?

水仕事するのに邪魔になるから外して、どこかに置いたはずだが)


 指輪をどこにやったか思い出している間も神殿長の話は続いていた。


「そこで困った事になりました。我らが勇者トルク様もこの度神殿学校を卒業されたので、城で盛大な就任の儀と披露パーティーも予定されています。

そろそろ魔王を討伐する旅の準備をしなければなりませんが、肝心の魔王がいないのでは勇者の役目を果たせません」


 ベクトラムは指輪の在処ばかり考えていたが、神殿長の言葉で、トルクが討伐しなければならないのが自分だという事に、ようやく気がついた。


 (指輪は私が持っている。という事は、まだ私が魔王なのか!

トルクが私を討伐だと!私はトルクと戦いたくないぞ!)


ベクトラムの頭の中は大混乱で顔色を失い、倒れそうになった。


「申し訳ありません。少々体調が悪いもので、この辺でお暇させて頂きます」


「おお、そう言えば顔色がよくありませんな。お引き止めして申し訳ありませんでした。

早く帰って休んでくださいませ」


 神殿長はそう言うと馬車を呼んでくれ、ベクトラムは馬車に乗って帰り、そのまま寝込んだ。


「ベクトラム様がご病気だって!こんな事初めてよね?」


 初めて寝込んだベクトラムを子供達は不安そうに見守った。


「ベクトラム様の看病は私がするわ!任せて!」


 ベクトラムの枕元に陣取ったミルバは甲斐甲斐しく世話をし始めた。


「トルク…すまない…」とうなされるベクトラムに、子供達は何ががあったんだろうと心配した。


 熱が下がったベクトラムは、魔人の子供を呼んで重たい口を開いた。


「神殿長に聞いたのだが、実は今も私が魔王だそうだ。この[魔王の指輪]は、魔王が死なないと離れない。

トルクは勇者になったという事は、私を討伐しなければいけないらしい」


 驚きの声が子供達から上がる中、ベクトラムは続けた。


「トルク、私はおまえと戦う事などできない。

だから、おまえが私を殺してくれ」


「そんな…俺だって…俺だってベクトラム様と戦うなんてできませんよ。あなたの事は、実の親以上に大切に思っているのに、あなたを殺すなんてできません!」


「だが、私を殺さないと、おまえにはペナルティが課せられるだろう。それは[勇者の剣]との神聖契約だ。どれだけ恐ろしいペナルティが課せられるかわからないんだぞ!」


「それでも嫌です!逃げましょう!どっか遠くへ!

神殿の手が及ばない所に逃げましょう。ベクトラム様!」


「ちょっと2人共落ち着いて!」


 2人の間に割って入ったソフィアは、2人を宥めると、神殿図書館で勇者が魔王を討伐しないと与えられるペナルティが何なのか調べてから対策を考えようと話した。


「そうだな、調べたら、ペナルティから逃れる方法があるかもしれない。俺達、神殿学校でも調べてみます」


「だからベクトラム様もトルクも早まらないで!皆で一緒に対策を考えましょう」


 皆の言葉にベクトラムは、子供達の成長を嬉しく思うと共に、彼らに迷惑をかけて申し訳ないと思ったのだった。


 そして、彼らの働きにより、勇者が魔王を討伐しないと、大陸中にあるガスバルド神殿から勇者に刺客が送られて、大陸中に指名手配される事がわかった。捕縛されたら勇者の称号は剥奪され、処刑されるのだという。


「やはり人間界では暮らせないようだな」


「だったら魔界に行きましょう。あちらなら神殿の追っ手もやって来ないでしょう」


「だが、ミルバはどうする?まだ神殿学校が3年残っている。魔界に行って人間だとわかれば苦労するぞ。こちらに残った方が良いのではないか?」


「そんな嫌です。私だけこっちに置き去りにしないでください。私も付いて行くに決まってるじゃないですか!」


  皆の説得にミルバは頑として了承せず、自分も付いて行くと言い張った。

兄のトルクも妹を一人置いて行くのが忍びなかったので、最後には連れて行くのを了承した。


 逃亡するのは神殿学校の卒業式の夜に決まった。

卒業式は、あと2週間に迫っていた。

 



 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ