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失意の魔王と孤児狩り

 街に野山に桜が咲く季節になりました。

四月の進入学シーズンで新しい環境に身を置かれる方も多い事でしょうね。


初めましての方もお久しぶりですの方もこんにちは。

 今回のお話は魔界を追放された魔王様のお話です。

裏切りに婚約も破棄されて、最初から散々な出だしになりましたが、この後周りの人と一緒に悩んで学んで成長していく話になる予定です。


出会いの春に一緒にお付き合い頂ければ幸いです。

よろしくお願いします。



 

 その世界には2つの大陸があった。


 一つの大陸には人間が住み、たくさんの国に分かれ、国王と貴族と呼ばれる人間達が平民を従えていた。


 もう一つの大陸は魔大陸と呼ばれ、魔人と魔物による弱肉強食の世界で、その中でも最強の者とされる魔王が魔大陸全てを統べていた。




  《魔界にある魔王城にて》


「ハハハ、魔王様油断されましたな。身体が麻痺して動かないのでしょう?

 龍でも殺せると言われる毒薬を手に入れるのに苦労しましたが効果があって何よりでした。

しかし即死してもおかしくない量なのに麻痺だけですか。なるほど魔王に選ばれるだけはありますな。

だが、信頼していた婚約者に毒を飲ませられた気分はいかがですかな?」


 床には、全身の麻痺症状で苦しそうに息を吐く魔王ベクトラムが無様に転がっていた。


「くっ、ファーガソン…ミュリアもなぜこのような事を…」


 ベクトラムの身体は多少の毒なら瞬時に全て浄化するようになっている。

しかし龍でも殺せる強力な毒薬が作られていたとは知らなかった。


「不覚だ…」


ファーガソン第一師団長と娘で婚約者のミュリアは幼い頃から親しくしていて、信頼していた者達だった。

そのミュリアに飲まされた酒に入っていた毒は、一口飲んだだけで全身が動かなくなる強力な物だったのだ。

言葉は喋れるが、身体が鉛のように重く動かせない事態に魔王ベクトラムは焦っていた。


「もう、貴方にはウンザリなんですよ。貴方が魔王に即位されてから平和派の声ばかり大きくなって、武力派は蔑ろにされるようになりました。

 魔界は力を持つ者が正義。その事を理解しない者が魔王とは嘆かわしい。

貴方は魔界を統べる魔王としてふさわしくないのですよ。

とても偉大だった父君の血を引いているとは思えませんな。

 貴方の母親が人間だったのが、偉大な魔王の血を汚してしまったのでしょう」


 そう言って師団長のファーガソンと婚約者のミュリアは、共に床に転がる私を冷たく見下ろした。


 そう、私魔王ベクトラムの母は人間だ。

母は勇者と共に魔王を倒しに来たパーティーの大僧侶と呼ばれる回復のスペシャリストだった。

 勇者の恋人だった母は、魔王の最強攻撃魔法から勇者を守る為に身代わりになって瀕死の重症になった。

母が身代わりになったおかげで勇者は生き残り、魔王を倒す事ができた。

 しかし全身に瀕死の重症を負った母を勇者は「邪魔だ」と言い捨てて去ったのだ。

 恋人に置き去りにされた母を死の淵にいた魔王が最後の力を振り絞って完治させた。

 魔王は死んだが、助けられた母は去った勇者を追いかけようとせず、なぜか死んだ魔王を生き返らせた。

 父と母、敵同士だった2人がどうして短い間に心を通じさせたのかはわからない。

 勇者に倒された父は責任を取って魔王の座から降りた。

その後、元魔王の父と母が結婚して私が生まれた。500年前の話だ。

2人は母が病で亡くなるまで魔界の辺境に移り仲良く暮らした。


 父の後に魔王になった者は人間界に攻め入って勇者に滅ぼされた。

 私はその後膨大な魔力量で選ばれた次の魔王だ。

魔界では力が全てだ。私は歴代でも最強と謳われるほど魔力が多かった。

魔界の人々は、私がその膨大な魔力で人間を全滅させ、この世界の全てを魔王が統べるのを期待した。

 しかし私は人間界に関わる事無く内政に力を入れた。食糧生産を増やし魔人の貧しい生活を改善する事に努めたのだ。

 やがて魔人の出生率が上がり豊かな生活を送れるようになると、再び魔人達には人間界を得て、より豊かな生活を求めようという主張が幅をきかせるになった。

 人間界に攻め入るべきだという種族とこのままで良いという種族が争いを始め、内乱を収める為に私は走り回っていた。


 そんな国内事情を抱えていたある夜の事だ。婚約者のミュリアに渡された毒入りの酒を飲んだ私は、動けない間に魔力の源である角を落とされてしまった。


「ミュリア…なぜこのような事を?私を愛してくれていたのではないのか…」


 ミュリアは私の幼馴染だ。出生率が低い魔族では生まれた時から年の近い者で婚約する事が多い。

私より20才年上のミュリアは、年も近く魔力的にも相性が良かった。

 私達の婚約も生まれてすぐに結ばれてたもので、男女の愛情というより親愛の情という方が近かった。

だけど結婚して時を一緒に過ごせば、両親のように仲良く穏やかな生活が送れると信じていたので、この裏切りが信じられなかった。


「ベクトラム様のような平和主義者ってつまらないんですもの。

私も武勇で鳴らしたファーガソンの娘ですわ。

戦いで全身の血がたぎるのがたまらなく好きなのです。

だから、貴方との婚約はここまで。

私は次の魔王に選ばれるザスティス様と結婚する事にしましたの。ごめんなさい、恨まないでくださいね」

 そう言ってミュリアは高いヒールの靴で思い切り私の腹を蹴った。


「グハッ…」


 身体が思うように動かない私は受け身も取れず咳き込んだ。

そして2人は転送の魔法陣の上に私を転がし魔法陣を起動させた。


「さようならベクトラム様。もう貴方の綺麗な顔を見なくて良いと思ったらせいせいするわ」


 美しい顔を醜く歪みる元婚約者の顔を睨みながら、私の身体はフワッと浮き上がった。


 そうして私の身体は人間界の最高峰ヒューレイ火山の頂上に転送させられたのだ。

 そこは零下70度の極寒の世界。そんな極限の世界に何も準備する事もできず突然送られ、しかもそこには神獣と呼ばれる氷龍の巣があった。

 私は魔力の元になる角を失って大半の魔力を失い、おまけに信頼すら者に裏切られた私は自暴自棄になっていた。


「私はこのままここで死ぬべきなのだろうか?」


 身動き一つできない苦しい息の中、私はこれからどうしたら良いか自問自答した。

その時、母が最期に残した言葉が浮かんだ。


「ベクトラム、悔いを残さないようにね」


 父によって蘇生した母は恋人の勇者ではなく、魔王を選んだ。

 その選択を母は後悔しただろうか?

いや、あの2人は子供の私が呆れるくらい心底惚れ合っていた。

勇者を追わなくて悔いるわけがない。


 それなのに私はどうだ?信じていた人に裏切られ、しかも頑張って尽くした魔界は、私の意思に反し争いだらけだ。


「悔いだらけだ…」


悔しかった。只々悔しかった…

すると沸々と身体の中から何かが迫り上がってきた。


「私はこんな所で死にたくない!!」


 いきなり巣の中に現れた私に気がついて驚いた氷龍は、異物を排除する為に大暴れした。

私は一方的に攻撃を受け続けた。

身体はボロボロだったが、しばらくすると薬の効力が落ちてきた。

 角を失って魔力を使えない私は、肉体でしか攻撃できる術が無い。

私は死にものぐるいで戦った。


「ドガーーーン!バシュ!」


「ズドーーーン!!」


一昼夜に渡る戦いで.ようやく私は氷龍を押さえ込む事ができた。最後に髭を片方抜いてやったら、みるみるうちに氷龍は力を失い大人しくなったのだ。


 氷龍をやっつけた私は、魔大陸に戻ってファーガソン達を返り討ちにする方法を考えた。

 ファーガソン第一師団長は、私が幼い頃から魔王軍を率いる猛将だ。何があっても冷静沈着で魔王に忠実だった彼がクーデターを企てるなどいまだに信じられない思いだった。

 歴代の魔王で私ほど魔人の生活を向上させた者はいない。

私の政策を支持する者もたくさんいた。

なのに私は最も信じていた人達によって追放された。


「私の何が悪かったのだろうか?」


 私は更に一昼夜考えて、魔大陸に帰るのをやめ、人間界を旅する事に決めた。


「寒いっ!」

  

 ここで初めて辺りの寒さに気がついた。

私は寒いのが苦手なのだ。こんな寒い所にいつまでもいるのはごめんだ。早く麓に下りるとしよう。

 魔人特有の角を切られていたので、風体は人間と変わらない。

 麓の町で分厚いマントを手に入れると、私はスッポリと全身を覆い冒険者を装った。


 そうしてあてもなく人間界を旅し、私がブラード王国の王都ジルバに入った時だ。

昼は賑わう大通りも真夜中になれば静けさを取り戻す。

灯りと賑わいがあるのは酒場や賭け事をする盛り場くらいだ。

 私は場末の酒場で酒を呑んでいた。


「おい、そっち行ったぞ!捕まえろ!」


「この待ちやがれ!逃がしゃしないぜ!」


 表の方から怒鳴る声と大勢の走り回る音が聞こえた。


「ありゃ、孤児狩りだね」


「孤児狩り?」


 酒場の樽のような体型の女将が教えてくれた。

王都には親がいない孤児がたくさんいて、そんな孤児達を捕まえて売買する悪徳業者がいるのだと。


「あいつらに捕まったら、どこに売り飛ばされるかわかったもんじゃないよ!私らも助けてやりたいんだけど、自分の生活も苦しいしね。どうか良い所に売られますようにって祈ってやるくらいしかできないのさ」


 女将はそう悔しそうに言ってテーブルを片付けていった。


 ベクトラムは銀貨をテーブルの上に置くと店を出た。


 今晩は満月で月明かりがある。逃げる方より追いかける方が有利だな。

 自分も酒場のおかみと同じように積極的に孤児を助けようとは思わなかった。

雲で月が隠れれば良いがと思いながらベクトラムは、そのまま貧民街の方に足を向けた。

 貧民街は灯りが全く無い。月明かりを頼りに歩いた先の空き地に着くと、ベクトラムは空き地に今にも倒れそうな小屋の扉に手をかけた。

 角を折られて大部分の魔力を失っても角の根本は残っていた。元の魔力が膨大なので、残りカスのような魔力でも小さな荒屋を出すくらいはできるのだ。

 

 貧民街に似合ったボロボロな建物は、外から見たら今にも崩れそうだが中に入ると別世界だ。

 そこは貴族の別荘のような上質で明るく美しい部屋だった。

寝室にベッドと書棚。リビングにはテーブルとソファー。台所に風呂場まである本格的な内装だ。

 

 ベクトラムがソファーでくつろいでいると、「ガタッ」と音がして玄関の戸を開ける音がした。

 この建物には魔力量によって入場制限がかかっている。

誰も入る事ができないはずなのに何者だ?とベクトラムは侵入者を迎え討つ為に身構えた。


 そこでベクトラムが見た物は、痩せ衰えて息絶え絶えの幼い兄妹だった。


「助けて…」と言って妹を抱き抱えた兄は、そのまま倒れ込んでしまった。


 玄関から表を覗いてみれば、大勢の男達が走り回っていた。


「そっちに行ったか?」


「いやこっちには来ていないぞ」


「どこへ行きやがった!」


 男達は口汚く罵りながら走り去って行った。

酒場の女将が言っていた孤児狩りか…

ぜいぜいと肩で息をする幼い兄妹は疲れ切っていて、そのまま意識を失ってしまった。

 魔力制限があるこの建物に入ってこられのだから、2人共かなりの魔力の持ち主だろう。

 私は寝室のベッドに2人を寝かせた。

兄妹は、安心したかのように眠りについたのだった。



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