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義弟に素敵な花嫁を  作者: 知香
5/5

5.変わらず優しい義弟

 今日は一日ドキドキしていた。友人を作るのがこんなにも勇気のいる事なのだとは知らなかった。養護院では何の抵抗も無くすんなりと皆と仲良くなったから。多少の誰と誰は相性が悪いとか、誰と誰は直ぐに喧嘩になる位はあっても、“皆仲良く”の空気があった。きっとそうでないと養護院を追い出されてしまうかもしれないなんて危機感があったのかもしれない。私達の毎朝の祈りの時間に言葉をくれていたシスターが慈愛だ平和だと言っていたので、それに反する行為を純粋な子ども達はしなかったのだろう。そして私も親に反抗した事も無く目の前の事を全て受け入れて生きて来たので、そこでも流されるままにその環境を受け入れていた。


 授業が終わってソワソワしながら馬車乗り場に向かった。高い確率で毎日同じ柱の陰にいるアグネス嬢をさっそく見つけた。ふわふわの白金髪をより映えさせるような黄色の花が生けられた台の柱から、とても可愛らしい顔を覗かせて我が家の馬車の方を見ていた。

 私の姿を見ると猛ダッシュで逃げてしまうので、怪しい行為とは自覚しつつも背後からひっそりと近づき、「アグネス嬢」と声を掛けた。私の声に驚いて振り向いた所で逃げられぬようにアグネス嬢の手首を掴んだ。


「ひぃっ!!!」


 幽霊でも見たかの様な恐怖に怯えた声が聞こえた。そんなに私が怖いのだろうかと思いながらも、言い訳をする様に言葉を掛けた。


「逃げないでください!お話を聞いてください!貴女に何かしようとしている訳ではありません!我が家でのお茶会にお誘いしたいのです!」


 アグネス嬢は体を震わせて怯え続けていた。警戒しているのかもしれない。


「当日邸には我が義弟のサミュエルも居ますし、お茶会に参加するのは義母と再従姉妹と私だけなので気負わずに参加して頂けると嬉しいです!」


 警戒心を解いて貰いたくてサミュエルの名を出した。


「だからっ───」

「ちょっと!」


 ここは勢いで押してしまおうと言葉を続けようとした時、私の言葉を遮られた。それはアグネス嬢では無かった。声のした後方を振り返ると、まさかの尻軽女のマーガレット嬢が居た。


「どういうこと!?つい昨日お茶会を催す技量もマナーも無いって言ってたのに、何故こちらの令嬢を誘っているの!?」


 最悪な人に最悪な内容を聞かれてしまったらしい。アグネス嬢の手首を掴んだまま、マーガレット嬢の迫力に気圧され焦りから額に汗が浮かぶのが分かった。頭が回らず何と答えたら良いのか分からないのに、それを冷静に見ている自分もいる。マーガレット嬢は私の事を尾行でもしていたのだろうか。これはたまたまで私が自意識過剰なだけなら良いけれど、もし尾行もしくは観察でもされていたのだとしたら、尻軽女に執念深い女のレッテルを追加しなければならないだろう。


「こちらの令嬢を誘うのなら私を誘いなさいよ!友人が欲しいのでしょう?私がなってあげるわ。お茶会に行けばもう友人よ」


 マーガレット嬢の高圧的な態度に、貴女の様な友人は求めていないと言いそうになった。でもきっと言ったら駄目なやつ。マーガレット嬢の父のメイバーン子爵はロンドデール伯爵家の客だ。私生児ごときの私が拒否する態度を取りでもすればあっという間に噂が広がるだろう。私個人が虐められたり辱められたりするのは良いけれど、家に迷惑は掛けられない。


 ここはぐっと堪えて受け入れる以外に道は無い気がする。


「わ……わかりました。では、是非マーガレット嬢もお越しください……」

「そうね!是非お伺いさせて貰うわ!」


 ああ、お義母様、申し訳ありません……と心で深く詫びた。


「わっ……私はっ、行きません!」

「え……」


 少し声を震わせながらアグネス嬢が言った。


「私はっ、あ、貴女の様な卑しい庶子の身分の方とのお茶会になんて行きません!手を離してください!」


 アグネス嬢の言葉に私は凍りついてしまった。はっきりと言葉で軽蔑されたのだ。それも、勝手に一途そうで可愛げがあって同類だと感じて友人になれるかもなんて期待していた相手だ。私はよく知りもせずに“こんな娘だったらいいな”と言う理想を作ってしまっていたのだろう。“こんな娘だったら私とも仲良く出来るかもしれない”なんて……所詮私は貴族から疎まれ笑われ馬鹿にされる私生児でしか無いのに。そして私は本当に馬鹿だ。母や父を馬鹿だと言ったけれど、その二人の子の私もやっぱり馬鹿なのだ。勝手な思い込みで現実をちゃんと見れていなかった。


「あら!貴女は行かないのね。良いんじゃない。貴女にロンドデール伯爵子息は勿体無いわ」

「あっ、貴女こそっ!貴女みたいなふしだらな女、ロンドデール伯爵子息に付き纏わないでください!」

「なんですって!」


 これぞ正しく女の争いなのだろうか。ショックを受けながらも冷静な自分が、どっちもサミュエルのお嫁さんにしたくないなと思った。一方は尻軽女で、もう一方は貴族らしく人を見下す傲慢女だ。


「もうっ!いい加減手を離して!こんな煩い女と卑しい女と同じ空間になんて居たくないの!」


 全然手を離さない私に苛立ったのか、アグネス嬢は柱の台の上の花が生けられた花瓶を手に取った。

 あ、投げられる……と思って咄嗟にアグネス嬢の手首から手を離し目を瞑った。


 バシャッと音がした。けれど何かが当たった感触も花瓶の水で濡れた感触も何も無かった。瞑っていた目を開けると、私の目の前にアランがいた。


「アラン……」

「フィービー濡れなかった?」


 アランが盾になって水を被ったらしかった。アランの足元には生けられていた花が散らばっていた。


「こんなことをしたら駄目だよ、アグネス嬢」

「こっ、この人が、手を離してくれないからっ!」

「何をしているのですか」


 アランとアグネス嬢の会話に入って来た声に驚いた。そこに現れたのはサミュエルだった。


 私は頭が真っ白になった。今この状況をサミュエルはどう見るのだろう。学院で騒ぎを起こした私をどう思っただろう。軽蔑される?呆れる?

 サミュエルは足を止める事無く私の方に向かって歩いて来る。


「ロンドデール伯爵子息!この女が花瓶の水を掛けてきたのですよっ!」

「なっ……ふっ、二人が私に付き纏って来たからっ!」

「付き纏っていたのはロンドデール伯爵令嬢でしょ!?私は貴女がお茶会に行かないと言うから良いんじゃないって言っただけよ」


 マーガレット嬢とアグネス嬢の擦り付け合いの言い合いに目もくれずにサミュエルが私の目の前に立った。いつもの冷静な顔。でもどこか怒っている様にも見えてしまう。ポツリと「姦しい……」と聞こえたので、軽蔑されたかもしれないと、怖くてサミュエルから目を逸してしまう。


「帰りますよ」

「……え?」


 特に私に対して何か責める様な言葉を言われる事も無く、いつもの淡々とした声で言われた。そして私の手首を掴んで歩き出した。


「ちょっ……!ロンドデール伯爵子息!?」


 マーガレット嬢に呼び止められ、サミュエルは足を止めた。


「僕の義姉を大切に出来ない様な方を我が家のお茶会にお誘い致しません。そんな方との縁談もお断りです」


 サミュエルはマーガレット嬢とアグネス嬢にそう言い捨てると、再び歩き出した。私はサミュエルに引っ張られる様にその場を去った。


 去りながら後ろからアランの「せっかく濡れてまで格好良く決めたのに」なんて呟きが聞こえた。聞こえたから呟きどころでは無かったのかもしれないけれど。




 サミュエルは特に何も言わずに我が家の馬車に乗り込み、直ぐに出発させた。


 馬車の窓からさっきまで居た柱が見えた。そこにはまだアグネス嬢もマーガレット嬢もアランもいた。こちらの方を見ている様だった。サミュエルの態度に呆気に取られているのかもしれない。私もそうだし。

 ここから騒ぎが見えたからサミュエルは迎えに来てくれたのだろうか。


「サミュエル」

「何ですか?」

「どうもありがとう」


 あれもこれもと聞きたい気分だったけれど、いつもの物静かな雰囲気にそれしか言えなかった。

 サミュエルは当然だと言う様に澄ました顔で頷いただけだった。でも少し赤くなった耳を見てもしかしたら照れているのかもしれないと、そう思ったらこの可愛い義弟が愛おしく思えて仕方がなかった。





 翌日、アランにお詫びを伝えた。私の代わりに水を浴びせてしまったからだ。


「格好良かった?僕」

「……身を挺して庇ってくれてどうもありがとう」

「惚れた?」

「惚れては無い」

「えー」


 いつもの軽口で返してくれるので、申し訳無いという気持ちも和らいだ。アランはこういう気の回し方をしてくれるのだ。


「サミュエルがあんな風に思ってくれている事に驚いたわ」


 “義姉を大切に……”。気に掛けてくれているだろうとは思っていたけれど、ちゃんと“姉”として見てくれている事が嬉しかった。


「僕は知ってたけどね」

「え?なんで!?」


 アランがそんな事を言う。何故アランがそんな事を知っていると言うのか。


「つい一昨日、帰る前に僕の所に彼が来たんだよ」

「ええっ!!」


 一昨日と言えば、珍しくサミュエルが私よりも遅かった日だ。アランの所に行っていたから遅かったのだろうか。


「彼、何て言ったと思う?『義姉に真摯で無いなら付き纏わないで欲しい』と言われたよ」


 アランがにこりと微笑みながら言った。それは微笑ましいものを見るような目で、私は恥ずかしくなってしまった。


 サミュエルは私を今も気に掛けてくれていたらしい。ハッキリと分かる言葉も無いからこれまで何も気が付かなかったけれど。優しいのだ。出会った頃から変わらずに。


「嬉しそうな顔してるね」

「嬉しいもん」


 サミュエルに家族として受け入れて貰えているようで嬉しかった。


「僕、弟くんにそう言われて何て答えたと思う?」

「聞いて欲しいの?」

「気にならないの?」

「そんなに……」

「気にして」

「……何て答えたの?」


 面倒くさい男だなと思ったけれど聞いてあげた。


「『フィービーには本気だから』」


 いつもの人好きのする笑顔で言われた。聞かなきゃ良かったと思った。


「あ、そう」

「だからフィービーに害が及ばない様に守ると弟くんに誓ったんだよ。昨日早速アグネス嬢の花瓶攻撃から守れて良かった。僕、格好良かったでしょ?」

「あ、そう」

「それだけ!?」


 それだけって……誰にでもそんな事を言っているのだろうと思えばそれしか言葉は出て来ない。溜め息が出た。


「……それ言うの、私で何人目?」

「本当にフィービーはつれないなぁ。僕、本当に本気なんだけど。なんならガールフレンドももう作らないよ。義弟くんに言われて決心したよ。フィービーだけ」

「はいはい。何日持つかな」

「酷いなぁ」

「来週にはもうガールフレンド作ってるでしょ」

「作らないよ」

「別に作っても問題無いよ」

「作らないでって言ってよ」

「言う訳無いでしょ」

「……どうしたら伝わるの?」



 そんなくだらないやりとりをしてからアランのおふざけに付き合いきれないと無視し背を向けた。後ろから「ちょっと」「本気だからね」なんて声が聞こえたけれど気にせず歩き進め、いつもの様に馬車乗り場に向かった。馬車ランプに銀の鳥の装飾がついている伯爵家の馬車を見つけ近寄る。

 そしてサミュエルの長い足が見え、馬車の中を覗けば本を読んで待っていた。

 「お待たせしました」と言えば「そんなに待っていません」と返す。そして私に差し伸べてくれた手を取って馬車に乗り込んだ。


 これが変わらないいつもの毎日だ。馬車の中、澄まし顔の大好きな義弟を盗み見て観察し、いつか必ずこの義弟に似合う素敵な花嫁を見つけてあげようと心に決めた。





 ───後日談。


 再従姉妹とのお茶会は、義母と私だけの内輪で行い穏やかに過ぎた。そしてこの再従姉妹のエブリンから話を聞くと、サミュエルとの縁談は嫌なのだとか。ずっと幼馴染の事が好きで結婚したいと思っているらしい。でも幼馴染は男爵家の子息で身分が低く、親から反対され無理矢理サミュエルとの縁談話を持ち掛けられたらしい。

 私と義母はその話を聞きながら口を閉じ忘れたのは言うまでも無い。


 本当に、スキャンダルとまでは行かずともゴシップの全く無い貴族令嬢って居ないのかもしれない。




END



最後までお読みくださりありがとうございました。


知香

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