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義弟に素敵な花嫁を  作者: 知香
4/5

4.澄まし顔で座っている義弟

 私は落ち込んでいた。それはアグネス嬢に避けられまくったからである。


 私はめげる事無く何度かアグネス嬢に話し掛けようとした。けれどアグネス嬢は私に気が付くと猛ダッシュして逃げてしまうのだ。ご令嬢ってこんな風に走って良いんだっけ?はしたないとか何とか昔怒られた事があるのになぁ。

 よって私は一度もアグネス嬢と言葉を交わせていない。


「何で避けられるんだろう」


 いつもの裏庭でアランに愚痴ってみた。


「んー……サミュエルを見ている事を咎められると思ったとか?」

「そんな事しないよ」

「でも向こうはフィービーの事全然知らないんだから勘違いしててもおかしくないよ」


 確かにそうだ。怒っていないよと逃げられる前に叫んで伝えたら良いだろうか。それとも行き止まりに追い込んで逃げられなくしてから話を聞いて貰うとか。アグネス嬢は確かに猛ダッシュで逃げるが、元平民の私の方が本気で走ったら速いだろう。……しかし、そんな追い込み漁みたいな事したら余計に怖がられるだけかもしれない。


「かくなる上は……手紙で伝えるか」

「破り捨てられなきゃ良いけどね」


 結構無難な良い案だと思ったのに。


「テレパシーで伝われば良いのに」

「急に自分の頭に他人の声が届いたら恐怖と混乱を引き起こすんじゃないかな」


 そんな真面目に突っ込まなくても。


「……どうしよう」

「まあ、一番手っ取り早いのは君の義弟にお願いして仲を取り持って貰う事だろうね。それならアグネス嬢も嬉しいのではないかな?」

「成る程……でも、そんなお願いして良いのかな。サミュエルは嫌がらないかな」


 サミュエルに嫌われるのは嫌だ。今も別に嫌われていないという確信は無いけれど、よそよそしいだけで避けられたり虐められたりは無いのだ。今よりも冷たい態度になるのはちょっと辛いものがある。


「じゃあ僕がひと肌脱ごう」

「え……」


 どうしてだかアランの笑顔が胡散臭く感じた。





 アランの後についてアグネス嬢の所へ向かっていた。恐らく今日もサミュエルをこっそり見つめられる場所にいる筈だ。


 しかし運の悪い事にアグネス嬢がもう目の前という所でメイバーン子爵家のマーガレット嬢とバッタリ会ってしまった。


「あら、アラン。ロンドデール伯爵令嬢とどちらに行くの?」

「やあ、マーガレット。今日も可愛いね」

「まあアランったら」


 アランは別れた令嬢にもこんな態度だ。マーガレット嬢も可愛いと言われて満更でもない様子。いや、そんな事当然とでも思っていそうだ。

 実際マーガレット嬢は可愛い。数名の子息との噂がある尻軽女の名に恥じぬ美貌ではある。ちょっと傲慢な所は好きになれないけれど。


「んー……敢えて言うなら、フィービーの友人作りかな」


 なんて的確な回答。


「まあ、ロンドデール伯爵令嬢はご友人が欲しいの?それならロンドデール伯爵邸でのお茶会に私をお誘いしてくださらない?」

「え!?」


 お、お茶会!?そんなものした事が無い。呼ばれた事も無い。なにせ私生児。お茶会に誘う様な友人も誘ってくれる様な友人も居ないのだから。


 予想もしていなかった事に驚いて何と答えたら良いか分からずにいたら、アランが「恐らく義弟くん目当てだね」と耳打ちしてくれた。


 まあ、そうか。私なんかと友人になりたい令嬢なんている筈無いか。なにせ私生児。

 この間父親の商談についてきたのに会う事が叶わなかったから、今度は私を利用しようという事なのだろうか。しかし私はこんな尻軽女をサミュエルに近づけさせる訳にはいかない。


「私にはお茶会を催す技量もマナーもまだ身に付いておりません。またの機会に」


 マーガレット嬢はあからさまに不機嫌そうな表情になった。「じゃあ我が家のお茶会に」とは言わない所が、本当に私と友人になりたいと思っていないのだと言う事が分かる。あくまでロンドデール伯爵邸でのお茶会にお呼ばれされる事、そこでサミュエルと会える事を期待しているのだ。


「いいわ。マナーが身に付いたら呼んでください」


 そう言ってマーガレット嬢は去って行った。

 そして当初の目的のアグネス嬢の居た方を見れば、もう姿は無くなっていた。もしかしたらマーガレット嬢との会話が聞こえて私に気が付き、去ってしまったのかもしれない。





 その日、帰宅する為に馬車を覗き込むとサミュエルがまだ来ていなかった。何か急用でもあったのかもしれない。取り敢えず馬車に先に乗り込んで待つ事にした。


 馬車の窓からアグネス嬢を探してみた。今日もどこかの柱の陰からサミュエルが来るのを待っているかもしれない。


 ……やっぱり居た。


 パチリと目が合った、気がした。遠いし窓越しだから確信は持てないけれど、アグネス嬢が咄嗟に柱の陰に身を隠したのでやはり気のせいではない。


 そこでふと思った。もしかして二人は私がいつも遅れてくる間、こんな風に視線を交わして既に愛を育んでいたりするのだろうか、と。

 それなら喜ばしい事ではないだろうか。サミュエルがどう思っているかは分からなかった。もしサミュエルもアグネス嬢に好意を抱いているのだとしたら、トントン拍子に婚約が決まっていくのではないだろうか。


 そんな事を考えていたらサミュエルがやって来た。


「待たせて申し訳ありません」


 思った通りの言葉。


「全然待っていないわ。気にしないで」


 サミュエルが馬車に乗り込んで座ると、珍しく大きく息を吐いた。あまり感情を出す事が無くいつも冷静なのに。


「どうかしたの?」

「……何でもないです」


 そう言うといつもの表情になり馬車を出す様に御者に伝え、馬車が動き出した。


 スプリング機能が余り良くないせいか揺れる馬車の中、顔色を変える事無くいつものすまし顔で座っているサミュエル。でも何かピリッとした空気が漂っていた。余計な事を聞いてしまっただろうかと私は後悔していた。サミュエルは怒って周囲に当たり散らす様な人では無い。どちらかと言えば内に溜め込むタイプだろう。でも、だからと知らぬ間に嫌われるのは嫌だ。“触れてくるな”と言う空気を感じて、「どうかしたの?」と聞いてしまった数分前の自分を呪っていた。




 その日の夕食時、後悔を引き摺って暗い気持ちで食事をしていたら、父がまた縁談話をしてきた。


「叔父の娘の子が十五になったらしい。嫁ぎ先を考えていて一度サミュエルに会わせたいのだと。サミュエルにとっては再従姉妹になるな」


 縁談話とは様々な所からやって来るものらしい。


「まあ、懐かしい。サミュエルが幼い頃に確か会っているわよね。確か名が、エブリン」

「ああ、父とは違い長生きだった祖父の長寿のお祝いのパーティで会っている」


 祖父は私が十二歳の時に亡くなり、私がこの邸に来た頃には長生きだった曽祖父も亡くなっていたので、私はどちらも会った事が無い。曽祖父は七十過ぎまで生きていたらしい。五十年生きれば長寿と言われるのだからとても長生きだった。平民時代、私の狭い世界の中にそんな長寿の人は居なかった。


「どんなご令嬢に成長したのかしら。会うのが楽しみね」

「ちょっと我が儘ではあるらしいが、従姉妹は公爵家に嫁いでいるからね。公爵家に恥じぬそれなりの教育は受けている筈だ」


 公爵家なら親族とは言ってもまたとないチャンスだ。相手側からしても綿織物事業で成功している我が伯爵家なら遜色ないと考えているのではないだろうか。


「では我が家でお茶会でも催しましょう」

「それは良い!いきなりお見合いではエブリンもかたくなるだろうからね」


 いやいや、お茶会と言う名のお見合いなのでは!?夫人が再従姉妹を見定める為の席でしか無いだろう。それなのに父の夫人を全肯定するこの態度……いつものことか。


「フィービーさんも参加しなさい」


 とんでも無い言葉が耳から耳へと通って行った、気がした。


「え……」

「フィービーさんもお茶会に参加なさいね」


 どうやら気のせいでは無いらしい。


「私も、ですか……?」

「そうです。貴女も社交を行っていかなければならない年齢でしょう?だいぶマナーも身に付いてきましたし、少しずつ社交場へと出ていかなければ」

「そう、ですね……」


 ちょっと私は驚いていた。私は私生児だ。伯爵家としては私を引き取ったものの表には出さないのだと思っていた。外聞がとか、存在が恥だとか、思われても仕方が無いのだ。学院で学ばせて貰っているだけでも十分有り難い事なのに、社交まで行わせてくれるらしい。


「初めてで緊張もするでしょう。でもエブリン嬢なら親族ですし、そんなに気負う必要もありません。不安なら友人をお呼びになってかまいませんよ」

「友人、ですか……」


 悲しいかな、友人はアランしかいない。初めてのお茶会にアランを呼ぶのは駄目な気がする。令嬢が好ましい筈。それにアランはサミュエルを差し置いて再従姉妹を口説き落としてしまいそうだ。

 それは駄目。絶対に駄目。夫人の私に対する評価まで地に落ちそうだ。


「モンドロール伯爵家のアグネス嬢をお誘いしても宜しいでしょうか?」

「モンドロール伯爵令嬢を?フィービーさんは彼女とご友人なの?」

「そうでは無いのですが、私には友人と呼べる様な令嬢がおりません。アグネス嬢とは、その……友人になりたいなぁと思っておりまして」


 絶対にサミュエルについての話で盛り上がれる気がするのだ。今はとことん避けられてはいるけれど、何かのきっかけで言葉を交わせれば同類である事を分かって貰える筈。我が邸に招待し、サミュエルに会えるかもと思わせればそのきっかけになるのではないかと思うのだ。


「フィービーさんがそう思うのであればお誘いなさい。確かにどんなご令嬢か私も興味がありますから」


 夫人からお許しが出た。

 胸をドキドキとさせながら「はい」と答えた。


 私はこの邸に来てから女の友人が一人も居なかった。友人はアランだけ。年の近い使用人はあくまで使用人だからと線を引かれていたし、人によっては私生児の私を軽視している。


 でも、お茶会にアグネス嬢を誘えば友人になれるかもしれない。お茶会と言う、言い方は悪いが餌があればアグネス嬢も私を避ける事無く話が出来るかもしれない。だって尻軽女のマーガレット嬢だってお茶会に呼んでくれと言っていたのだから。

 貴族に仲間入りしてからの初めての女の友人。そんな期待が胸に広がっていった。





 

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