3.結構モテる義弟
サミュエルは結構モテる。背はさほど高くは無いけれど、令嬢顔負けの美少年っぷりと物静かな雰囲気がクールで格好良いと評判なのだ。その注目度は恐らくサミュエルの学年ではトップクラス。姉の贔屓目が多少有り。
「今度は侯爵家からご令嬢の絵姿が届いたよ。学院に入学してからサミュエルには多くの話が舞い込んでくるな」
夕食時に父が満足そうに言った。サミュエルの可愛さは父に似なかったからこそなんだぞと言いたくなった。
「サミュエルの学友にももう婚約者を定めている者もいるでしょう。我が家も本腰入れて考えなければなりませんね」
「ベリー侯爵家のセシル嬢、エルギニン伯爵家のジュリエット嬢、それにモンドロール伯爵家のアグネス嬢辺りが爵位的に良いかな」
父の頭からメイバーン子爵家のマーガレット嬢が消えている様で安心した。
家名を聞く限り確かに凄い。この様な名家から縁談の話が持ち込まれるなんて、さすがサミュエルだ。が、しかし。
「待ってください。爵位だけに注目されるのは危険です」
「ど、どういう事だ、フィービー」
前回の事もあってか父が少し身構えながら尋ねてきた。
「ベリー侯爵家のセシル嬢は我が儘で散財癖があるそうです。我が家に縁談の話を持って来たのも我が家が綿織物事業で儲けていると思っているからでしょう。結婚後も彼女が浪費する事で我が家の財が危険に侵される事でしょう」
「……ベリー侯爵家の財政状況を詳しく調べてみましょう」
「エルギニン伯爵家のジュリエット嬢は男爵家の子息とお付き合いをしていた筈です。それを良く思っていない親が縁談を決めてしまおうとしたのだと思います。恋人達の仲を引き裂く様な事は気持ちの良いものではありませんし、駆け落ちでもされて逃げられたらサミュエルの立場も傷付きます」
「……二人の行動を調査させましょう」
「最後にモンドロール伯爵家のアグネス嬢ですが、彼女はサミュエルと同学年ですので詳しい事は分かりませんが、サミュエルに想いを寄せているのは確かです。サミュエルに熱い視線を送っているのを私も見ましたので」
アグネス嬢には同類の匂いを感じたので。分かる、分かるよ、サミュエルって見ていたくなる位可愛いよねって思ってたから。
それにしても夫人は冷静に判断をしてくれる。本当に頼りになるわ。
「……フィービーさんはとても詳しいのね」
「ありがとうございます。情報通の友人がおりまして」
情報通の友人とはアランの事だ。まあ、友人なんてアランしか居ないけれど。アランは様々な令嬢と付き合いがありそこで様々な情報を仕入れてくる。そしてそれを世間話的に私に教えてくれるのだ。
「詳しい調査次第だけれど、この様子では候補はアグネス嬢だけの様ですね」
「ま……まあ、まだ今後も他に話が来るかもしれないから」
「そうですね。その際はまたフィービーさんに聞くのが良さそうですね」
夫人からまさかのお言葉を頂いた。初めて頼りにされた!
「お任せください」
力強く返事をした。
こんな日が来ようとは思いもしなかった。夫人に頼りにされたのだ。期待に添える様、情報収集を怠らずにしよう。そして可愛い義弟のサミュエルが素敵な花嫁を迎えられる様、全身全霊で取り組もうではないか!!
密かに燃えている私とは反対に、当事者のサミュエルは淡々と夕食を食べ続けていた。
翌日、学院の裏庭でアランにインタビューをしていた。昨日の夕食時の事を話すと、アランは面白そうに笑って様々な令嬢の事を教えてくれた。
「貴族令嬢って沢山いるけれど、スキャンダルの無い清廉潔白な令嬢はあまり居ないのね」
「人間誰しも何かしらあるものでしょ。フィービーだって僕とのゴシップがあるでしょ?」
たった二日でも恋人であった事は消せないらしい。キスを逃れても手とか握っちゃったから、な。それにこれだけアランと仲が良いと関係を怪しまれても仕方が無い。いや、それ以前に私生児と言うだけでスキャンダラスに見られてしまう。
「私はもう諦めているわ。評判を覆そうとも思わないし、結婚だって出来ないでしょう。それでも後妻とかで私なんかを望まれる人が居て、伯爵家の為になるのなら嫁ぐつもりでいるわ」
いつまでも伯爵家には居られないだろう。疎まれ続けて居座るつもりも無い。次期当主のサミュエルに迷惑は掛けたくないし。厄介払いを望まれたら甘んじて受け入れる覚悟はある。
「そんな寂しい事言わないでよ。僕がフィービーを貰うよ」
「慰めのつもり?そういうの要らないわ」
「慰めじゃないよ。僕のお嫁さんになったら世界一幸せにしてあげるよ」
「……それ言うの、私で何人目?」
「本当にフィービーはつれないなぁ」
アランとの付き合いも一年経っている。私もアランの口説き文句に動揺する事は無くなった。初めの頃は分かっていてもドキドキしてしまったものだけれど。アランは口説き文句とは思えない程に挨拶の様に、そして流れる様に淀みなく台詞が出てくる。他の令嬢にも言っているのだろうなと思えば冷静になりドキドキもしなくなると言うものだ。
「モンドロール伯爵家のアグネス嬢についてスキャンダルを聞いた事はある?」
「あー……アグネス嬢かぁ。君の義弟と同じ学年のご令嬢だよね。話した事は無いし、これと言って噂も聞かないかな」
やはりアランも何も聞いた事が無いらしい。ノースキャンダルとは、やはりサミュエルの花嫁候補最有力かもしれない。
「アグネス嬢は恐らくサミュエルに恋をしているわ」
「そうなの?」
「同類の匂いを感じたの」
「同類……?君は……姉弟だよね?」
「“好き”や“好意”と言う意味では似た物を感じるの」
「姉弟愛である事を願うよ」
サミュエルの次期伯爵家当主と言う肩書や見目の麗しさに惹かれて煩く騒ぐ令嬢よりも、陰からひっそりと見つめて想いを寄せていると言うのも一途そうな可愛げがあって私的には高評価なのだ。
「アグネス嬢は確か上に姉が三人居たね。一番上と二番目の姉は既に結婚している。どちらも高位貴族の家に嫁いでいる。三番目は従兄弟との婚約が決まっていた筈だ。その従兄弟が伯爵家の跡継ぎだとか。モンドロール伯爵家もロンドデール伯爵家との縁談なら申し分無いと思って縁談の話を持って来たのかな」
「……似た様な名前ね」
「家名って、格好良さで適当に付けられたって聞いた事あるよ」
「格好良いと思う名前の響きの感性が似てるって事ね。家の相性が良いかもしれないわね」
「……フィービーのそういう思考、嫌いじゃないよ」
不思議なもので、好感度が一度高くなると様々な事を肯定したくなる。お陰で私の中でアグネス嬢の好感度は上昇し続けている。
「よし!アグネス嬢に接触してみよう!」
「何故?」
「サミュエルへの愛の深さを確かめる為に!」
「必要?」
「必要無いかもしれないけれど、サミュエルの可愛さを共感出来るかもしれない。私、この学院にアラン以外に友人が居ないから、同類のアグネス嬢とは仲良く出来るかもしれないでしょ?」
「友人ね。頑張って」
アランに若干飽きられながらも「頑張って」と言葉を貰った勢いのまま、アグネス嬢の所に向かった。
もうサミュエルの学年も授業が終わった頃だろう。サミュエルは学友とダラダラと居残って雑談を交わすタイプでは無い。終われば帰宅する為にさっさと我が家の馬車に向かう。そして私が来るのを待つのだ。サミュエルが入学したての頃は私が先に馬車で待っていた事もあるが、そういう時サミュエルは「待たせて申し訳ありません」と義姉の私に頭を下げるのだ。恐らくレディを待たせるのが心苦しいのだろう。真面目だ。だから私はサミュエルよりも後に馬車に向かうのが習慣化した。
今日もきっと馬車に居る頃かもしれない。それならそんなサミュエルを物陰から見ているアグネス嬢も居るかもしれない。そう思って半円状になっている馬車乗り場のエントランスの柱を見て回ったら、案の定アグネス嬢を見つけた。ふわふわの白金色の髪が可愛らしい令嬢が、大きなオークの木がそばにあるエントランスの端の柱に身を隠して、我がロンドデール伯爵家の馬車の方を見つめている。柱の隣には台が備えられ、その上に花が生けられている。
この学院の女生徒はフラワーアレンジメントの授業がある。まあ、選択授業なので取らなくても良いのだけれど、私は壊滅的にセンスが無く入学前の家庭教師から匙を投げられていた為、少しでも上手くなればと授業を受けている。その授業で生けた花をその柱の台に飾っているのだが、アグネス嬢が居る柱の台にはとても素晴らしい作品が飾られていた。完成度の高い素敵な作品しか飾られないので、私は一度も飾られた事が無い。素晴らしい作品のそばに立つアグネス嬢はとても可愛らしく見えた。
(こんな可愛い子が義妹になるかもしれないんだ)
そう思うと気持ちが高揚し、ドキドキしながらも「あの……」と声を掛けた。
私の声にびくりと大きく体を跳ねさせてからこちらを振り返ったアグネス嬢は、続けて私が話そうとした瞬間に目を大きく見開いたと思ったら猛ダッシュでその場を去って行ってしまった。
逃げられた?避けられた?怖がられた?
何かは分からない。けれど高揚していた気持ちが急降下して、何も言葉を発せなくなってしまった口を開けたまま、アグネス嬢が去って行った方向を眺め暫く突っ立っていた。アグネス嬢は他の帰宅する生徒の人混みの中に消えて、見えなくなってしまった。