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義弟に素敵な花嫁を  作者: 知香
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2.手を差し伸べてくれる義弟

 夕食までにどうにかレポートを書き上げた。

 使用人が夕食の準備が出来たと伝えに来たので、私は食堂へ向かった。


 この家族の食事はそんなに楽しいものでは無かった。静かだし。物静かな夫人と、夫人の顔色を窺う父、それに夫人に似て静かな義弟。

 この邸に来たての頃は食事のマナーが悪く注意されてばかりだったので、食事の時間が嫌で仕方なかった。何皿も順々に持って来なくても一度に配膳してくれて良いのに、腹が満たされれば何だって良いじゃないか、なんてよく思っていた。でも邸の料理人の作る料理は美味しくて、食事のマナーが身に付いてきてからは食事が楽しみになった。養護院の煩いくらいに賑やかで楽しい食卓に比べると、ここの葬式の様な静けさは怖かったけれど、可愛い義弟と共に食事が出来るのは嬉しかった。完璧に身に付いたマナー。この美しい食べ方は私の手本だ。余計に食事が美味しくなる。


「今度の休日はメイバーン子爵とマーガレット嬢が来るから、そのつもりでいてくれ」


 父が静かな空気の中、突然口を開いた。

 しかし、思いもしない令嬢の名前が出て来て私の片眉がぴくりと動いた。


「サミュエルも同席を?」

「綿織物の交渉との事だが令嬢を連れてくるあたり寧ろサミュエルが目的だろう」


 つまり、縁談相手候補と言う事か。


「そうですか。サミュエル、失礼の無い様にね」

「……はい」


 サミュエルが静かに答えた。しかし、私の可愛い義弟の危機を感じて、いつもは静かに何も喋らず座って食べているだけの私も口を挟まずにはいられなかった。


「待ってください。マーガレット嬢にお会いするのはお薦め出来ません」


 私が喋った事に驚いたのか、はたまた内容に驚いたのかは分からないが、三人が揃って目を丸くして私を見た。


「どういう事だ、フィービー」


 父に名を呼ばれたのはいつ振りかしら、なんて今思っている場合では無い。


「マーガレット嬢はつい先日までアラン……サウスバーランド伯爵子息とお付き合いをされていました。その前も数名の子息との浮き名が立っており、なかなかの尻軽女です」

「しっ、尻軽女……!?」

「そんなご令嬢をサミュエルに会わせるのは私は反対です。仮に結婚したとして、外に男を作る可能性が高いのでは無いでしょうか。そしてお父様みたいにお金を毟り取られて伯爵家の評判を下げかねません」

「フィ……フィービー……それは、ちょっと……」

「次期伯爵家当主になるサミュエルには、安心安全で良妻賢母となる様な素敵な花嫁を選んで頂きたいのです」


 やはり姉としては可愛い義弟に幸せな結婚をして欲しい。夫人の様にある日突然夫の不誠実な行いを知ってしまい、これまでの幸せを崩壊させられ、私の様な異物を受け入れなければならなくなり苦労する様な事が無い方が良いに決まっている。


「フィービー……父を遠回しに貶さないでくれないか」

「あなた、自業自得です」

「…………」


 夫人に突っ込まれて父は黙るしか無い様だ。


「私の母の様な悪女に引っ掛かっては人生を台無しにしてしまいます」

「……まだ抉るの?」


 サミュエルがボソリと何かを呟いた様だったけれど、残念な事に聞き逃してしまった。可愛い義弟の言葉は全て拾い上げたいのに。


「フィービーさんの言い分は分かりました。全くその通りだと思いますので、メイバーン子爵との交渉の席にサミュエルを同席させるのはやめましょう。顔を合わせるのを避ける為にもその日は私の生家に行って、父に剣術の稽古をつけて貰っていると言う事にしましょう」


 夫人は判断が早いので助かる。夫人の父親はもう引退したけれど元騎士だ。実際にこれまでもサミュエルはこの祖父に剣術の稽古をして貰っている。なので嘘にはならない。ただ予定が後付けなだけだ。これで尻軽女の魔の手からサミュエルを守る事が出来る。


 サミュエルは夫人に言われて「はい」とだけ返事をし、父は全てを受け入れる様に黙り、私は安心して美味しく夕食を食べた。




 翌週、学院の教室で次の授業の教科書を出して予習をしていたら、「ちょっといいかしら」なんて珍しく声を掛けられた。視線を向けるとなんとマーガレット嬢がいた。


 私には友人はアランだけだ。他の人は皆私を下に見て馬鹿にしているから、私に話し掛けてくるのはアランか、もしくは先生からの伝言を伝える為とかしか無い。


「貴女、余計な事したんじゃなくて?」


 前置きとか詳しい説明とか何も無いけれど、心当たりがあったので何を言っているのかは想像出来た。けれど、マーガレット嬢の魔女の様な恐ろしい表情と、いかにも怒りを我慢している様な声音に、分からない振りをするのが良いだろうと瞬時に察した。

 僅かに先週の古代史のレポートの出来が良かったので、こうして伝言として間接的に褒められるかもしれないなんて期待もしたけれど、そんな事はあり得ないらしい。だって、あのハゲ豚クソ教師だしな。間接的にでも褒める事は無いのだろう。


「一体何の事でしょう?」

「とぼけないでくれる?ロンドデール伯爵邸に訪れた時、子息も同席される予定だったのに当日訪れたら出掛けて不在だったわ。伯爵に尋ねたらしどろもどろに『剣術の稽古に』なんて言ってたけれど、あれ、嘘でしょ」


 父は役に立たない、使い物にならない、へっぽこ伯爵だったらしい。夫人が用意してくれたそんな簡単な台詞すらもスラスラと言えないらしい。貴族ならそんくらいしろよ。そんなんで交渉とか大丈夫なのかよ。よくそれで母との関係が長く夫人にバレなかったな。


「嘘ではありません。サミュエルは剣術の稽古に定期的に行っておりますので」

「嘘!」

「本当です」


 マーガレット嬢は私の態度が気に食わなそうに睨みつけてくる。


「貴女が余計な事を言ったんじゃないでしょうね」

「余計な事とは?」

「貴女、アランと仲良いでしょ?ありもしないことを告げ口したんじゃなくて?」


 何と勘の良い。尻軽女は冴えていないと出来ないのかもしれない。悪知恵が働くタイプなのだろうか。それなら余計に母にそっくりではないか。余計に私の可愛い義弟には薦められない。サミュエルに薬を盛り動けなくなった所を襲って既成事実を作り、子が出来たとか虚言を吐き結婚にまでこぎつけてから流産したとか言いかねない。


 だいぶ勝手に飛躍してしまったけれど、そんな危機的可能性があるのならば潰さねばならない。私の可愛い義弟の幸せな未来の為にも。


「マーガレット嬢なら私の伯爵家での立場はご想像出来るのではありませんか?余計な事すら発言が許される訳無いじゃありませんか」

「……それもそうね」


 簡単に納得してくれた。喜んで良いのかな?

 実際は私の発言によってマーガレット嬢を回避したのだけれど、私の可愛い義弟の為ならこんな嘘位スイスイとついてみせるわ。


 マーガレット嬢は若干の不服そうな雰囲気はあるものの、私の元から去って行った。

 少し離れた席でアランがクスクスと笑っていた。




「なに、そんな事があったの?」


 人目を避ける様にしていたらいつの間にか裏庭が私の寛ぎ場所となっていた。そこへ教室での事が気になったアランにあれこれと質問されたので、一連の事を話したのだ。


「危うく尻軽女が私の義妹になるところだったわ」

「尻軽女って……僕と付き合う子皆が尻軽女のレッテルを貼られてしまうの?」

「深窓のご令嬢は親の決めた婚約者と以外はお付き合いをしないものだと習ったけど?」

「じゃあフィービーも尻軽女になってしまうよ?」

「うわっ……そうだった」


 自分を棚において、私も悪女なのだろうか。あの母の娘なのだからな……。


「お付き合いは二日だけだったし、結局キスも何もしてないからセーフにならないかな」

「僕のキスを拒んだのは君くらいだよ」


 アランは付き合った当日びっくりする程距離が近かった。肩や腰に手を回すし、体の一部が触れてないと嫌だと言う程ぴったりくっついてきた。そして学院の授業が終わって帰る時、さよならのキスを唇にされそうになって驚いた私はアランを思いっ切り引っ叩いた。そして走って逃げて馬車に乗って帰った。どんなに格好良くてもこんなに軽い男と付き合うのは危険だと察知し、翌日アランに「別れましょう」と伝えたのだ。アランは「最短記録更新だよ」と言って大笑いし、それから気のおけない友人となったのだ。


「フィービーは本当に義弟が好きなんだね」

「ええ、大好きよ」

「その割には二人よそよそしさがあるよね」

「仕方が無いわ。思春期に急に義姉弟として出会ったのだから」

「フィービーからもっと距離を詰めてしまったら?」

「嫌われたくないからしないわ」


 サミュエルは夫人に似て物静かだ。私が近くに寄る事を鬱陶しく思う事だろう。


「どうしてそんなに好きなの?」

「可愛いから!」

「……男、だよね?」

「出会った二年前はまだ美少年だったの。こんな子が弟になるなんてと、とっても嬉しかったの」


 きょうだいの居なかった私。養護院の皆はきょうだいみたいなものだったけれど、あんな馬鹿な母親と馬鹿な父親しか血の繋がった人が居なかったから、確かな血の繋がりのある人がこんなにも可愛らしい子で、弟になってこれから一緒に暮らせるのかと思い舞い上がったものだ。まあ、貴族令嬢の教養を身に着けさせる為に家庭教師とのお勉強が始まってからは、辛くて辛くて養護院に戻りたいと何度も思ったけれど。


「サミュエルは普段クールで素っ気なさがあるけれど、本当はとても優しいのよ。確かによそよそしさはあるし仲が良いとは言えないけれど、まだ伯爵邸に来たばかりの頃、お勉強が辛くて庭の隅で泣いていたらサミュエルが探しに来てくれて、ガレットクッキーをくれたの」

「僕ならハンカチを差し出すけれど」

「貴方みたいに女たらしじゃないの」


 おやつだったガレットクッキー。それがいつもより数が多かった。サミュエルは何も言わなかったけれど、自分の分を私のに足して持って来てくれたのだろう。


「ガレットクッキーを私に渡すと直ぐに邸に戻って行ってしまったけれど、誰にも見られず食べ方を怒られる事無く庭の隅でマナーなんて気にせず存分にガレットクッキーを食べられたのが嬉しかったの。それに、邸の中にこんな私を気に掛けてくれる人が居た事が嬉しくて嬉しくて」

「成る程」


 サミュエルのちょっと不器用な優しさは私には愛おしく見えてしまう。学院から帰る時もサミュエルを待たせてしまっても何も言わないし、変わらず私をエスコートしてくれる。 紳士としてレディに対する当然の配慮なのかもしれないけれど、この学院でアラン以外で私をレディとして見てくれる人は居ない。突然現れた義姉を蔑ろにしたっておかしくない。虐められる覚悟で養護院から伯爵邸にやって来たのだから。



 そして今日も授業が終わって伯爵家の馬車に向かうと、静かに本を読むサミュエルが居た。「お待たせしました」と言えば「そんなに待っていません」と返す。そして私に手を差し伸べてくれるのだ。



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