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義弟に素敵な花嫁を  作者: 知香
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1.天使の様に可愛い義弟

「あのハゲ豚野郎」

「相変わらずの口の悪さ」


 我が国にある、とある学院の裏庭にて。


「目の敵にされて面倒」

「妻には頭が上がらないらしいよ」

「ホントに小心者ね。クソ教師」

「ご令嬢がクソなんて言っちゃ駄目でしょ」


 我が国には沢山の学院がある。でもその殆どが貴族の子息しか入学が出来ない。平民は教会や修道院で教育を受ける。では貴族の令嬢はと言うと、殆どが邸に家庭教師を招きその家庭教師から学ぶ。そんな中でこの学院は大層珍しく共学だ。私立学院の為、経営は生徒が集まらなければやっていけない。でも国内には既に学院が幾つもあるので生徒となる子息を集められず、赤字経営回避の為に令嬢の入学を認めた学院なのだ。


「すみませんね、市井の出なもので」

「まあ、フィービーのそういう所好きだけどね」


 私の唯一の友人であるアランが人好きのする笑顔で私を見る。アランはこうやって誰にでも良い顔をするし、誰にでも親切にする。だから優しくされた令嬢がころっと騙されてしまう。


「私にはその顔は通用しないわよ」

「そんなつもりじゃ無いんだけど」

「貴方のガールフレンドに睨まれたく無いの」

「今ガールフレンドは居ないよ。フィーメルフレンドなら沢山居るけど」

「は?マーガレット嬢とつい先週付き合ったんじゃなかった……?」

「別れた」

「早くない!?」

「フィービーには言われたく無いよね〜」


 アランに言われて口を閉じた。全くその通りで、私はアランと交際していた事があるのだ。それも二日間だけ。それを交際と言って良いのか疑問ではあるが、出会って直ぐに「綺麗なお嬢さん、僕のガールフレンドになってくれないかな」と、手の甲にキスをされて舞い上がってしまった私は「はい」と答えてしまったのだ。

 アランは格好良い。綺麗で長い金髪は物語の王子様の様で、ハッキリとした顔立ちに羨ましく思う程の長い睫毛、それに宝石の様なバイオレットの瞳。こんな人から優しげに微笑まれて求愛されればそりゃ承諾してしまうだろう。しかもこれまでこんな綺麗な男の人と出会った事が無かったのだから、ころっと行ってしまったのも仕方が無い。


「別れた原因は?また浮気?」

「またなんて失礼な。僕は浮気のつもりは全く無いよ」

「……ガールフレンドは大勢居ても良いってやつ?」

「その通り」


 私にはいまいち理解し難い事なのだが、アラン曰く妻や婚約者は一人だけだけれど、ガールフレンドは何人居ても良いらしい。でも女性はなかなかそんな事に理解を示せない。特に若い令嬢は夢見がちなので、格好良いアランに告白されて舞い上がっていたら他にもガールフレンドが居る事を知り、思い描いていた純真な恋模様を一気に崩されてしまう。それにショックを受けて別れる道を選ぶか、アランに「他の人とは別れて」と独占欲を伝えるとアランから「じゃあ別れよう」と言われて終わるかのどちらかだった。


 何ともドライな事だ。きっと今回も誰かと付き合っていたのに別の誰かとも付き合おうとしてそれが露見してどちらとも別れたのだろう。簡単に別れられる人と付き合おうとするのは何故なのか。私には理解出来ず、アランはそういう男なのだと思うしか無かった。


「古代史のレポート、手伝おうか?」


 アランがまた人好きのする笑顔を向けて言った。溜め息が出た。アランは別れた私や他の令嬢にもこうして変わらずに優しい。


「いいわ。勉強になるし自分でやるわ」


 私がさっき毒を吐いたハゲ豚クソ教師は古代史の先生だ。コイツは私を目の敵にしている。何かと理由をつけて私に課題を出してくる。多分私を学院から追い出したいのだ。私が音を上げて辞めていくのを望んでいるのだろう。


「フィービーのそういう屈しない所、好きだなぁ」


 さらりとそんな事を言う。


「そろそろ帰るわ」

「義弟くんと?」

「他に誰が居るのよ」

「僕」

「さようなら」


 アランのおふざけを無視し背を向けた。後ろから「ちょっと」「冷たいよ」なんて声が聞こえたけれど気にせず歩き進めた。だいぶ離れてから「また明日ねー!」なんて聞こえたけれど。


 学院の馬車乗り場に着き我が家の馬車を探す。我がロンドデール伯爵家の馬車は目立たない。王家の馬車の様に金細工が施された豪華な物では無いし、公爵家の馬車の様に家紋装飾がついてもいない。一般的な馬車。唯一馬車ランプに銀の鳥の装飾がついているのが目印だ。

 馬車を発見すると扉が開いていた。そして組まれた足が見えた。


「サミュエル、お待たせしました」


 私の声に反応して読んでいたらしい本からこちらに顔を向けた。うん、今日も私の義弟は可愛らしい。


「いや……そんなに待っていません」


 とかなんとか言っちゃって私に気を遣ってそう言ったに違いない。そうじゃなきゃ足を組んで本を読まないのではないだろうか。義弟の行動は分かり切っている。暫く待ってみたもののなかなか私が来ないから本を読む事にし、右足を上にして足を組み、ちょっとして足を組み替えたので左足が上になっているのだ。いつもそうだから。


 義弟は組んでいた足を下ろし、私に手を差し出した。私はその手を取り馬車に乗り込んだ。


「どうもありがとう」


 義弟は当然だと言う様に澄ました顔でまた座り直した。そして馬車が邸に向けて出発した。


 義弟のサミュエルは今年学院に入学したばかりの十六歳。まだ幼さを残し可愛いと格好良いを混ぜた顔立ちに、大きな手足からまだまだこれから背が伸びそうな気配がある。それに学院の誰よりも美しい銀髪。私の可愛い義弟は絶対に格好良い男になるだろう。贔屓目では無く、事実だ。


 こうして学院への行き帰りの馬車で義弟を盗み見て観察するのが私の日々の楽しみなのだ。




 帰宅し邸の自室に戻ると、着替えて机に向かった。勿論ハゲ豚クソ教師に出されたレポート課題をやる為だ。


 私は私生児だ。現ロンドデール伯爵家当主である父が結婚直前、初夜に備えて童貞を捨てる為に娼館に行き、私の母と出会った。母は貴族は良いカモになると誘惑して手練手管で落とすと、一度ならず数度娼館に通わせ、父が結婚式を挙げた直後に母は私を妊娠した事に気がついた。完全に母の計略通りだった。母は勿論父を脅し、「愛人にしてとは言いませんから、養育費をください」とお金をせびった。父は遊びで私生児が出来てしまった事を隠そうと、母の要求通りにお金を払い続けた。当時はまだ伯爵位を継いでいなかったので、自由に出来るお金はあまり無かったし、あまり母に払い過ぎると家族に怪しまれるので、本当に養育に必要な分だけ払っていたらしい。

 母は子どもを育てられる様な人では無かった。父から貰ったお金は母の贅沢や男と遊ぶ為のお金に使われた。なので私にそのお金が使われる事はあまり無かった。母や男の食べ残しがそれに該当するかな、と思われる位だった。

 私が十二歳の頃、祖父が亡くなり父が伯爵位を継いだ。それを聞きつけた母は養育費の増額を父に迫った。父は夫人と一人息子をとても大切にしていた。その二人に母との関係を知られるのが怖くて、父は母の要求に従った。

 私の母は馬鹿だった。欲に忠実だと言うべきか。母は男と大金に喜び、酒に溺れた。そして母は男と飲んでいる時に死んだ。


 私は母が男を連れ込んでいる時は狭い家の外に出されていた。暑い夏の日も、寒い冬の日も、雨の日も雪の日も関係無く、家の壁にもたれ掛かって座っていた。他に行く所も無かったから。そこで家の中から聞こえる母の笑い声や喘ぎ声を聞いた。それが異常な事なのだと気が付く事無く。

 その日もそうだった。壁にもたれ掛かって座っていたら、家の中から男の叫び声が聞こえた。


「俺じゃっ……俺じゃ無いからなっ!」


 そう言って家から飛び出して来て、そのまま走って行ってしまった。何か分からず家の中を覗くと母が倒れていた。私は一人ぼっちになってしまった。


 数日後、父が現れた。父は何処かで母が亡くなった事を知ったらしい。父は私を養護院に預けるかどうか迷い、結局養護院に預けた。

 私はそこで初めて友達が出来た。言葉を知らなかったので喋る事もあまり出来無かったけれど、そこで様々な感情を知った。笑う事も、怒る事も、悲しむ事も。喧嘩もした。これまでの生活を考えればとても居心地の良い場所だった。


 けれど、三年経ったある日、突然父が養護院にやって来た。迎えに来たと言うのだ。せっかく楽しく過ごしていたのに、伯爵家が引き取ると言う。

 父はとうとう私の存在が夫人にバレてしまったらしい。養護院に毎月寄付していたのが露見し、狼狽える父を怪しんだ夫人が追及し、全てを話し頭がめり込む程に下げて謝り倒したそうだ。寄付なんだから慈善事業だとでも言い通せばいいものを、父も母と然程変わらず馬鹿なのだろう。

 夫人は私生児だとしてもきちんと引き取り責任を持って育てるべきだと言い、完全に立場が下になってしまった父は夫人の言う通りに私を引き取りに来たのだ。そう言う慈悲深さと言うか、筋通しと言うか、責任感と言うか、何が最適な言葉か分からないけれど、別に良いのに。このままで良いのに。私ももう十五なのだから、働きながら一人で生きて行く事も可能なのだから。と思ったけれど、私が意見出来る訳も無く流されるままに伯爵家に引き取られた。


 父は私を引き取っても腫れ物にでも触れる様な態度だった。夫人の手前、邪険にも出来ず可愛がる事も出来ず、どう接すれば良いか分からない様だ。

 夫人は私に対して淡々としている。笑顔で快く迎え入れるなんて事は当然無く、でも虐める事も無く、注意はされても怒られる事は無い。

 そして私の一つ下の義弟は、思春期真っ只中に突然現れた義姉に戸惑っている様だった。勿論直ぐに仲良くなんて無理な話で、二年経ってもギクシャクは取れない。ずっと敬語だし。

 でも私はこの義弟を初めて見た時から心を奪われた。だって天使の様に可愛かったのだ。こんな可愛い十四歳の男の子がいるのかと驚き、出会わせてくれた神に感謝した位だ。この可愛い姿から大人の男へと変貌していく様を直ぐ近くで見守れるなんて、姉で良かった、伯爵家に引き取られて良かったと思ったのだ。


 それから私は貴族令嬢としての教養を身につけさせられ、父のコネで今の学院に入学をした。生徒集めに必死だった学院が、授業料を特別割引するからと父に縋りついたからだ。授業料って、割引とかあるんだな。

 しかし私が私生児だと言うのは貴族の中でも徐々に知られていき、生徒だけで無く教師にも疎まれる事が多い。ハゲ豚クソ教師もその一人。私の事を馬鹿にしている。確かに私は頭が良いとは言えない。実際入学した時の最初の試験では最下位だった。父と夫人はそれを聞いて唖然としてたっけ。でも一年真面目に勉強して、今や真ん中辺りだ。私を馬鹿にする貴族に限って、遊び呆けて私に成績を抜かされている。ざまぁみろ。


 明日、あのハゲ豚クソ教師に完璧なレポートを叩き付けてやる為に、私は数冊の本を開きながら必死にレポートを書き上げた。



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