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「うん、うん。あたしも最初からわかってた。本気の由紀は止められないって。……いいよ。由紀の勘が言ってるんなら間違いない。でも、危ないと思ったらちゃんと戻ってくること。いいね?」
「うん!」
これ以上ないほど晴れやかに笑う由紀に、佳純も思わず眉尻を下げて微笑む。
友人なのだから、心配でないはずがない。いくら由紀の勘がよく当たるとはいえ、所詮勘は勘なのだ、保証されているものなど何もない。
それでも、同い年とは思えないような純粋な笑みの前では、もう無粋なことは何一つ言えなかった。
最寄りの李渦駅から一駅、東京都李雨日市。李渦とはうって変わって、ビルが立ち並び車の通りもそこそこ多い、それなりに都会らしい街並みの市街地である。
佳純が帰った後、由紀は名刺片手に電車を利用して李雨日市までやってきていた。母には協会のことを話せば佳純のように心配されると思い、由紀なりに機転を利かせ、「助けてくれた人にお礼を言いに行く」とだけ伝えた。そんな彼女が今立っているのは、高くそびえる、一見普通のオフィスビルの前。
「……えっと、『こうえきしゃだんほうじん』、りゅう……きょうかい、にほんしぶ……ここであってるんだよね?」
不器用にプレートを読み上げる由紀は戸惑いを隠せていない。なんせ思ったよりも大きな建物なのだ。なんだか大企業のオフィスにも見える。入るには若干の、いや結構の勇気が必要と見えた。あともう一つ、気になるのは。
「…………こうえきしゃだんほうじんってなに?」
公益社団法人。端的に言えば市民の益となることをする法人グループだという意味である。
閑話休題。市民も内心怪しく思っているビルの前で少女が独り言を呟いているこの状況は、周囲の人間の目にはなかなか異様に映る。時折ちらちらと自分に突き刺さる視線に、さすがの由紀も気がついていた。
「……よし、うん、よし。たのもー……!」
このままでは不審者扱いされてしまうと、意を決して由紀が足を踏み出そうとしたその時。
今まさに由紀が入ろうとしていた自動ドアから、人が現れた。
「ピャッ」
「えっ?……え?」
なんともいえない悲鳴を漏らした由紀に、相手方も驚いたようで、目を白黒させている。出てきたのは薄い色のスーツを着た、整った顔立ちの好青年だ。
(び――ビルからイケメンが! 私が入ろうとした瞬間、図ったようにビルから爽やか系イケメンがッ‼︎)
動揺しまくり大袈裟に後ずさる由紀に、青年は戸惑いながら声をかける。
「あー……お嬢さん、驚かせてしまってごめんね。ここに何か用かい?」
「妖怪⁉︎」
「いや、用があるのかい、って」
(ああそっち……っていやいや怪しい! 今時お嬢さんなんて言葉JKに使っちゃう? 使っちゃいます? 声も口調も爽やかだしやっぱりこれ怪しい、この人あれだ、見た目は爽やか系イケメンだけど裏では指定暴力団の若頭とかやっちゃってる系爽やか……)
「……君、大丈夫?」
混乱のあまりあからさまに挙動不審な様子を見せる由紀に、青年も心配になってきたらしく、苦笑いを隠しきれていない。