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「えっ…………え? 由紀アンタもしかして、いよいよ頭おかしくなった?」
「ひっど! 親友に向けて言う言葉じゃなくないそれ」
「いやだって……え?」
「佳純が珍しく混乱してる。おもしろーい」
佳純としては全くもって面白くない。ついに由紀の口から、佳純の理解がまるで及ばない言葉が飛び出したのだから。
確かにちょっと、いやかなり変わった子だった、由紀は。しかしこんな笑えない冗談を言う性格ではない。では由紀が怪物の被害者であるというのが事実だとでも? そんなはずはない。確固たる根拠も確信も一切ないけれど、そんなはずはあるわけがないのだ。
佳純の脳は、超常的な噂に親友ががっつり関わっているなどという突飛な真実の許容を、頑なに拒んでいた。
「待って……ちょっと待って。頭痛くなってきた」
「えっそんなに悩んでる? こんなつまんない嘘つかないよ私」
「しってる…………だから余計意味わかんないんだけど……やっぱり精神科……」
「だーかーら! ホントだって! なんなら昨日インタビューしてきた記者さんに聞けばわかるって!」
「だって由紀だよ? だってカイブツだよ?……えっ、何? 全然わかんないんだけど。繋がんないんだけど」
「うん、まあ、私だって正直現実味ないけど……とりあえず、順を追って話すから落ち着いて! ね!」
由紀も由紀で、佳純のあまりの混乱ぶりに冷静さを欠いていた。勢いに任せて順を追って話すなどと言い出したのはいいものの、それは由紀にとって、最も苦手なことなのである。
四回同じ話をしてようやく、佳純は由紀の言うことを理解した。
直感的に生きている由紀にとっては、学期テストと同等、いやもしかしたらそれ以上の難題だった。ただでさえあまりに理解しがたい話だというのに由紀の滅茶苦茶な説明が拍車をかけ、どんどん複雑になっていったのも大きな要因と言えよう。
話し手が違えば、二回目くらいで理解できていたかもしれない。むしろ四回話しただけで納得がいったのは奇跡的といっていいほどわかりにくい説明だった。洞察力と由紀の扱いに長けた佳純でなければ、日が暮れても疑問符を浮かべていただろう。
「……えーっと、つまり? 由紀は昨日、噂になってる例のカイブツに襲われて」
「うん」
「その時助けてくれた人が、その怪しい名刺をくれた、と?」
「うん、怪しくないよ。というかアレだよね、自分で言うのもなんだけど、あの説明でよくわかったね」
「わかったというより悟りを開いた感じに近い」
「思ってた域超えてた」
頭を抱えて盛大にため息をついた佳純は、人の気も知らず呑気に苦笑いする由紀をじとっと睨む。
「まったく……無事だったからいいものの、なんでそうあっけらかんとしていられるのか」
「だってホントにカッコよかったんだよあの人」
「由紀の回路が単純すぎて不安になってきたよ。……っていうかもしかして、助けてくれた人って、今朝のニュースに出てたアレ? 『颯爽と現れた二人の青年ヒーロー』っていう」
「ニュース見てないからわかんないけど多分それ!」
「…………うんそうだね、由紀がニュース見てたら空から槍が降るね。忘れてた」