第二話「猪突猛進恋愛少女」1/17
第二話「猪突猛進恋愛少女」
李渦町で突如怪奇事件が発生した、その翌日。人々は怪異というのを妙に面白がる傾向があるようで、件の話は口伝いの噂としてたちまち広がっていった。李渦町は元来注目度の低い町だったので、全国規模で報道されるまでには至らなかったが、町内新聞などはその話題で持ちきりである。
当然、事件の被害者・田村由紀のもとにも、色々と話を聞こうと取材陣や野次馬どもが押し寄せている……ということは意外にもなかった。事件の後、少し遅れて到着した警察から簡単な事情聴取を受けたくらいだ。
彼女が未成年の学生ということで、さすがの報道関係者もプライバシーを厳守せざるを得なかったのである。SNSに上げられた動画まではどうしようもないとはいえ、事件当時現場にいた人々の中には発信力が特別優れた人物がいなかったらしく、由紀の日常が侵害される事態には至らなかった。
さて、当の由紀本人はというと。……先日、シブキと名乗った青年から渡された名刺を、にやけながらじいっと眺めている。
彼女の自宅に遊びに来ていた親友・中澤佳純は、弛緩した顔で紙切れを穴が開くほど見つめる由紀がいい加減心配になってきたようで、怪訝な表情で「ねえ」と声をかける。
「さっきからそれずっと見てるけど、何?」
「んー? これ? 知りたい?」
「うん、気になる」
満面の笑顔で焦らしてくる由紀を、佳純は慣れた様子であしらい先を促す。
「んふふふふ……これはねぇ…………じゃーん!」
言いながら由紀は紙をくるりと裏返して、自分の見ていた面を佳純に見せた。佳純も身を乗り出し、紙に書かれた字を読み上げる。
「なになに? 龍……協会、日本支部? 名刺?…………怪しさ満点すぎない?」
「そんなことないよー! すっごくカッコよくて優しい人にもらったんだから!」
「いや怪しいって、それ絶対怪しいヤツだよ」
佳純の訝る様子になど目もくれず、由紀は未だ鼻歌混じりに大事そうに名刺を握っている。
「命の恩人がくれたんだよ、これ」
「命の……恩人?」
「そう! 恩人!」
由紀の言っていることは(大いに主観が混じっているとはいえ)間違ってはいないが、客観的に見ればかなり跳躍した、謎めいた話にしか思えない。もともと由紀は説明をするという作業が不得手であるのも相まって、経緯は一切佳純に伝わっていなかった。
由紀は今有頂天である。この状況で詳しく話を聞こうとしても無駄だと早々に理解した佳純は、無難な話に方向を転換しようと思い立った。そう、李渦町で今、最も無難な世間話といえば。
「……そういえばさ、昨日、李渦公園でカイブツが出たんだって? あたしたちと同じくらいの女のコが襲われたって聞いたけど、怖いよね」
「あーアレね。襲われたの、私」
「……………………んん?」
佳純と由紀は長い付き合いだ。小学校高学年の頃から仲良くなって、高校一年生の現在に至るまでずっと友人として支え合ってきた。常人とは少し異なる思考回路を持つ由紀の扱いにおいて、佳純の右に出る者などこれまでいなかった。
その故、佳純は由紀のことをそれなりに理解しているつもりでいた。……この瞬間までは。