第7話
だが、全ての指揮官が素直に磯野員昌の言葉に肯くことまではなかった。
宮部継潤は、司会という立場を離れ、少し皮肉を交えて言った。
「モスクワ大公国の姫君3人を解放するのは、極めて良い話ですが。その後、誰と結婚させようとか、そういう腹案を浅井長政殿はお持ちなのではないですかな」
磯野員昌は苦笑いしながら言った。
「確かに否定できない話だ。浅井長政殿は息子の亮政と、モスクワ大公国の姫君3人の内の1人は結婚させたいと考えている。そして、その間に子どもができれば、言うまでもなくその子は(東)ローマ帝国の継承者であると我々は主張できる。そして、それはオスマン帝国と戦う際の大義名分にもなる」
参加者のほぼ全員が、磯野員昌の言葉を聞いて苦笑いをした。
前田慶次も考えた。
それは、確かに正しい考えだな。
エジプトは言うまでもなく、オスマン帝国の属国という立場にあるが、これは日本本国が介入したことによって成立した立場と言って良かった。
本音ではお互いにこの状況に満足していない。
オスマン帝国としては、時が来ればエジプトを再併合したいと考えている。
エジプトとしても、完全な独立を果たしたい、更にあわよくばそれ以上のことも、と考えている。
唯、それ以上のこと、といっても具体的にエジプトはどうすべきなのか、という辺りがこれまでは全く見えていなかった、と言って良い。
しかし、(東)ローマ帝国の継承者を名乗れる立場にエジプトがなれば、状況は一変する。
それこそ、(東)ローマ帝国はビザンティン・ハーモニー(と現在の日本では理解されている立場)を取り、教会と皇帝は緊密に連携するのを理想としてきた。
だから、エジプトが(東)ローマ帝国の継承者となれば、オスマン帝国内の東方正教徒を守れ、更には、現在のキリスト教の大分裂を克服する、カトリックやプロテスタントとを正教会と合同させるため、又、ローマ帝国再興のために我々は戦う、という大義名分までをも掲げることが可能になるのだ。
だが、それはその一方で。
「確かにそれは大っぴらには言えない話ですな。下手をすると、モスクワ大公国の姫君3人をエジプトへと連れ出す、更には浅井亮政殿と結婚させるという我々の目的を、オスマン帝国が察したら、我々をクリミアハン国の援兵として赴かせるという話自体が潰されかねない」
前田慶次は自らの考えを進めた末に、敢えて軽く言った。
実際、この計画には致命的な問題があった。
クリミアハン国にエジプトが援兵に赴くのは、あくまでもオスマン帝国からの命令によるものなのだ。
だから、オスマン帝国がこの命令を取りやめて、エジプト軍にエジプトへの帰還を命じたら、属国であるエジプトとしては、それに従わざるを得ない。
「その通りだ。だからこそ、この目的は極秘とし、この場にいる者しか知らせないことにする。あくまでも我々の目的は、オスマン帝国からの依頼によりクリミアハン国に援兵として赴き、モスクワ大公国内で掠奪行為を行うものとする。但し」
前田慶次の言葉に、磯野員昌は答えながら続きを言った。
「モスクワ大公国内の掠奪行動が、最後にはモスクワ内部にまで及んでどこが悪いかな。我々は、オスマン帝国からの命令に、表向きは忠実に従い過ぎただけだ」
最後の方には、磯野員昌は悪い笑みまでも浮かべながら言った。
「成程、そして、我々エジプトの最大の戦利品が、モスクワ大公国の姫君3人ということですな。オスマン帝国の命令に我々は従って、望外の戦果を挙げただけだと言い張る訳ですな」
前田慶次は、磯野員昌の言葉に合わせて言った。
「まあ、実際には先般の事情から公言できぬがな」
磯野員昌は答え、その言葉に周囲は笑った。
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