第4話
「ともかくそうした次第から、クリミアハン国がオスマン帝国に援軍を求めてきた際に、オスマン帝国としてみれば、派兵できる戦力が乏しい、という状況に陥っている訳だ。そして、エジプト軍は精強極まりない存在だ。こういった状況から、モスクワ大公国との戦争でエジプト軍を大いに消耗させてやろう、というのが、オスマン帝国の裏の本音だろう。実際問題として、モスクワまで我々エジプト軍が進撃するとなると、極めて困難なのは事実で消耗が大きいのも事実だ。それ故に強行軍を原則とする一撃離脱に全てを賭ける。モスクワを急襲の上で劫掠し、クレムリンから皇女を解放して速やかに連れ帰るという一大作戦だ。何とかやり遂げて欲しい」
浅井長政は、やや長めの長広舌を磯野員昌に振るった。
磯野員昌は、その言葉を聞き終えて暫く考えた末に、改めて浅井長政と竹中重治に依頼した。
「何とか挑戦してみましょう。そのために、指揮官として前田慶次殿と佐々成政殿、宮部継潤殿の3人は最低でも連れて行きたい。それから1万の将兵は全て乗馬に慣れている者のみとしていただきたい」
「何故にその3人を指名される」
竹中重治は実は分かってはいたが、敢えて尋ねた。
自分の考えと、磯野員昌の考えが一致しているかを確認したかったからだ。
「まず。前田慶次殿には軍の先鋒を任せ、又、イヴァン4世の娘、皇女を救い出す任務を与えようと思います。前田慶次殿は、銃剣付騎兵銃を騎兵槍や短槍のように自在に操って戦える者としては、エジプト軍屈指の巧者と私は考えております。前田慶次殿なら、白兵戦を戦う際にまず後れを取ることは無い」
磯野員昌はそう言い、竹中重治は頷いた。
「佐々成政殿は銃を使った火力戦を行うことについては屈指の名手。1万程の兵での進軍となると、必然的に寡兵でモスクワ大公国の軍勢を野戦で破る必要があります。ですが、私は火力の運用は余り得意とは言い難い。そのために銃火を適切に運用して、その火力を最大限に発揮することができる指揮官が必要であり、佐々成政殿にそれを任せたい」
磯野員昌は続けて言い、その言葉にも竹中重治は頷いた。
「宮部継潤殿は、それこそ私の背中を任せるに足る名将なのを、対オスマン帝国戦争の際に実証しておられます。私は戦場において、前だけ向きがちだ。宮部継潤殿を副将とすれば、私を諫めて戦場で陥穽に陥ることなく、モスクワ大公国軍に対して、エジプト軍が勝利を収められるでしょう」
磯野員昌は最後にそう言い、竹中重治は大きく頷いた。
尚、1万の将兵は全て乗馬に慣れている者のみを派兵するという理由については、言わずもがなの所がお互いにあった。
何しろ、強行軍が大前提の作戦なのだ。
純粋な騎兵のみとし、砲兵を随伴せずに、ひたすら急襲による勝利を狙わないと、モスクワ劫掠が上手く行く筈が無い、とお互いに考えていた。
かくして磯野員昌を総指揮官とするエジプト軍1万が、モスクワ大公国とクリミアハン国との戦争の援軍として派遣されることになった。
その軍の内容については、磯野員昌の進言がほぼ全て採用されることもになった。
そして、当然に前田慶次もその指揮官としてモスクワを目指すことになった。
だが、実はこの時、前田慶次自身は余り乗り気ではなかった。
何しろ前田家の養子となるために娶ったようなものではあったが、それなりに愛しており、その間に5人もの子を生した妻を先日、亡くしたばかりだったのだ。
幾ら自由人の慶次とはいえ、暫くの間は妻を悼みたいと考えていた。
だが、運命は皮肉なことに、慶次はモスクワに赴くことにより、イヴァン4世の娘アンナに出会い、結婚するという事態を引き起こすことになるのだ。
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