第2話
「余りにも夢のような話を聞いた思いがします。具体的にはどう考えられているのでしょうか」
首を振って、改めて落ち着いた磯野員昌は、浅井長政らにそう尋ねた。
「この辺りは、モスクワ大公国内の状況も精確には掴みかねているので、憶測が入った上での方策です。それ故に磯野員昌殿の現場での判断に最終的には任せるつもりです」
そう前置きをした上で、竹中重治はエジプト軍の行動、作戦予定を述べた。
クリミアハン国とモスクワ大公国との紛争についてだが、あくまでも紛争レベルであり、それこそお互いの国の完全征服を双方共に考えてはいない。
クリミアハン国としては、モスクワ大公国がかつてキプチャクハン国に対して行っていたような貢納を自国に対して行わせることを求めており、モスクワ大公国としてはクリミアハン国への貢納を拒絶しているために紛争が引き起こされているのだ。
そして、オスマン帝国としては、エジプト独立の余波からくる国内の疲弊もあり、それこそクリミアハン国に対する義理的派兵でお茶を濁したいというのが本音のところだ。
「ふむ。そうなると、それこそ我々が行う行動としては、モスクワ大公国の領土の略奪行辺りが落としどころになりますか」
「普通に考えればそうです」
「普通に?」
磯野員昌は、竹中重治の言葉に疑念を覚えた。
「我がエジプトとしては、それに乗じてあることを実行したい、と考えます。具体的にはモスクワを攻撃して、その際にイヴァン4世の娘、皇女を解放し、エジプトへ連れてくるのです」
「何と」
竹中重治が続けて言った言葉に、磯野員昌はそれ以上の言葉を発せられなかった。
それ程、意外というか、思いもよらない言葉だったのだ。
暫く沈黙して考えをまとめた後、磯野員昌は竹中重治に尋ねた。
「イヴァン4世の娘、皇女を解放することは、エジプトに何か利益があるのですかな」
「大いなる利益があります。ローマ帝国再興という大義名分を掲げて、いざという時にオスマン帝国と戦えることになります。更にはキリスト教会の大合同も視野に入ります」
重治は、生真面目な顔で磯野員昌の問いに答えた。
磯野員昌は、徐々に自分の考えというより知識が及ばない事態が背景にあることに気づいた。
「差支えない範囲で、裏を教えて頂けませんか。そうしないと、現場で判断するのも困難になる」
口調は穏やかだが、いつか磯野員昌の眼光は嘘を許さず、全てをさらけ出せ、と暗に竹中重治と浅井長政に迫る代物になっていた。
竹中重治は、その眼光をむしろ愛おしむように見て、裏事情を話し出した。
モスクワ大公国のイヴァン4世の祖母はゾエという女性になる。
このゾエという女性は、1453年に滅亡した(東)ローマ帝国最後の皇帝コンスタンティノス11世の姪に当たり、子女がいなかったコンスタンティノス11世が崩御した後、本来ならば(東)ローマ帝国の皇帝になるのに最も相応しい血筋の持ち主だった。
そして、ゾエはイヴァン4世の祖父に当たるイヴァン3世と結婚して子どもを儲け、(東)ローマ帝国の血統を伝えたのだ。
更にこれを根拠に、モスクワ大公国は(東)ローマ帝国の末裔であり、正統な後継者であると主張するようになった。
だが、これを別の側面から見れば、ゾエの孫であり、モスクワ大公国でツァーリを称するようになったイヴァン4世の娘を娶れば、その子女は(東)ローマ帝国の末裔であり、正統な後継者である、と主張する余地が生まれるということになる。
「そのためにイヴァン4世は全ての娘をモスクワのクレムリン内部に幽閉し、生涯独身を貫くように強いているとのことです。エジプトは、イヴァン4世の娘を解放しようと考えます」
竹中重治は言った。
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