第22話
「それはともかくとして、妹のエウドキヤの相手については、どのようなお考えなのか。改めてエジプトの思惑をお聞かせ願えませんか。一応、私は死んだ身ですが、妹のことが心配なのです」
また、時を置いてアンナは、前田慶次に真剣な顔で尋ねた。
慶次とて、主の浅井長政殿の考えを正確に把握しているわけではない。
だが、アンナと結婚するということは、エウドキヤの義兄になるということだ。
そういうことからすれば、義妹の身について配慮しないわけにはいかない。
「エウドキヤですが、エジプトのワーリー(総督)の浅井長政殿としては、自分の長男の浅井亮政殿との結婚を勧められるおつもりです。エウドキヤが4歳程年上になりますが、これは政略結婚ということで堪えていただけないでしょうか」
「浅井亮政殿は、東方正教徒でしょうか」
「はい、更に言えば、浅井亮政殿のご両親も東方正教徒になります」
「それならば、私としては構いません。エウドキヤも納得するでしょう」
慶次とアンナはそんなやり取りをした。
「よろしいのですか」
「私達をわざわざ何千キロも離れたところ、エジプトから軍隊を送って、自らの土地へと連れて行こうとする。更にそのために大量の金貨をバラまいたという話までが、この旅路の途中で耳に入りました。それらの理由が、ようやく私の頭の中で理解できました」
二人は、そんなやり取りをし、更に話を続けた。
「エジプトのワーリーとしては、自分の息子と私の妹を結婚させることで、エジプトを第4のローマとするつもりなのですね。そして、何れは」
アンナは更に言葉を続けようとしたが、慶次にキスされ、更に抱きしめられて、それ以上の言葉を発せられなくなった。
アンナは暫くの間、慶次の為すが儘になった。
暫く経って、慶次はアンナから身を離して、小声で言った。
「それ以上のことは言うものではありません。確かにこの船に乗っているのは、エジプトの関係者ばかりです。とはいえ、オスマン帝国に通じる者がその中にいてもおかしくない」
慶次は、そこで言葉を切った後、改めてアンナの目を見つめながら言った。
「それにそんな話を、貴女にさせたくない」
アンナは改めて慶次に惚れなおす想いがしつつも、頭の片隅では考えざるを得なかった。
確かに女性の私が、それ以上は言ってよいセリフではない。
何しろオスマン帝国とエジプトが戦争をするのを望んでいるように思われる話になるかもしれない。
それでも、アンナは心の中で思わざるを得なかった。
東方正教徒として、更に(東)ローマ帝国の最後の皇帝の血を承けた者として、東方正教徒が治めるエジプトに自分というより妹が迎えられる意味。
それは、エジプトが(東)ローマ帝国の再興を企んでいるということからなのだ。
何れは東地中海世界、南東欧で大戦乱が巻き起こされるだろう。
その戦乱を避けることだけを考えるならば、自分達姉妹はこの船から身を投げてでも、エジプトに赴くのを止めるべきなのだろう。
でも、私達姉妹は個人の幸せを掴みたい。
それに私達からすれば、祖母になるゾエや曽祖父の兄になる(東)ローマ帝国の最後の皇帝コンスタンティノス11世の想い、願いを考えれば、オスマン帝国を倒して、(東)ローマ帝国が再興される可能性があるということは、余りにも甘美な夢だ。
アンナは想った。
自分としては、私達姉妹をずっと幽閉し、すぐ下の妹のマリヤを事実上は死に追いやったことで、心底厭い、憎しみさえ抱いている父だが。
今、この場に立ってみて分かった。
父としては、万が一の危険、こうなることを慮れば、私達姉妹を幽閉した方が良いと考えるしかなかったのだろう。
勿論、それでも父を私は決して許せないけど。
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