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第21話

 そんなやり取りを前田慶次と磯野員昌は、最終的にすることになったが。

 ともかく5月末にはアゾフから前田慶次と皇女達は無事に出立することができた。

 もっとも、皇女達にしてみれば、目を丸くして驚くしかない船旅になった。


「この船は風も櫂も使わずに動くことができるのですか」

「ええ。もっとも今は程よい風があるので、風で移動していますが」

「凄い。初めて見聞きする。これがエジプトの船」

「エジプトの船というより、日本の技術による船ですね」

 そんな会話を慶次とアンナ、エウドキヤは交わした。


 アゾフからエジプトに向かう船だが、日本、皇軍がもたらした技術により製造された機帆船だった。

 これは少なからず微妙な事情が絡み合って、この世界の地中海方面においては、機帆船が現在では主力になっていたのだ。

 勿論、純粋な汽船が徐々に輸送の際の主力になりつつはあるが、石炭(それに重油や軽油)の入手や経費問題から、帆走を好む船主が、それなりどころではなくいることから、まだまだ機帆船が健在なのが、この世界であり、特にインド洋から地中海にかけては多かった。

 それに蒸気機関の扱いに慣れているのが、基本的に日本人しかいないし、更に故障した場合の修理や整備の問題もあった。

 こうしたことから、帆装を残しており、いざとなれば帆走ができる機帆船が好まれていたのだ。


 慶次とアンナ、エウドキヤが乗っている船は、出航の際の微妙な操船には当然に蒸気機関を使ったが、それからアゾフ海、黒海、更に地中海へと赴くのには風向きを読んで、できる限りは帆走している。

 勿論、蒸気機関を使った方が定時運航しやすいしのだが、石炭を倹約したいという事情があった。

 それに、地中海方面に慣れた船乗り程、やはり帆を使っての航走に慣れているという現実があった。


 そうして風に吹かれながら、慶次とアンナは様々な会話を続けた。

「慶次殿は独身なのですか」

「今は独身ですが、細かいことを言えば妻を亡くした身ですね。子どもも5人います」

「それは」

 アンナは何というべきか、口ごもった。


 アンナは考えた。

 妻が亡くなっているというのを何というべきだろう。

 下手に口に出すと、妻が亡くなっているのを喜んでいるように取られそうだ。

 もっとも、自分の本音としては、喜んでいる。

 これ程の男に妻がいない筈が無い、と考えていた。

 それが妻を亡くした独り身だという。

 それならば、自分が結婚するのに何の差支えもない。


 慶次は、アンナの内心をどこまで読んだのか、少し横を見つつ、パイプタバコを吹かしながら言った。

「子持ちの男ということで、結婚したくなくなりましたか」

「いえ。そういう訳では。でも、子どもが馴染んでくれるかどうか」

 アンナがそう答えると、横にいた甲賀者が要らぬ口を挟んだ。

「アンナ殿、旦那は子どもか、アンナかという究極の選択を迫られたら、アンナ殿を取られますぜ。その場合、子どもは叔父貴に押し付けて、旦那はエジプトを出奔することさえやりかねない」


 それを聞いた慶次が顔色を変え、半ば冗談だろうが、甲賀者を追いかけ、殴ろうとする。

 ずっと慶次とアンナに当てられてきた甲賀者にしてみれば、せめてもの意趣返しだ。

 殴ろうとしてくる慶次をいなし、甲賀者は巧みに逃げ回った。

 それを見たアンナは笑いをこらえられなかったが、そうはいっても止めない訳にはいかない。


「それくらいで、止めてください」

 アンナの言葉を聞いて、慶次と甲賀者の追いかけっこは止んだ。

「子どもと馴染めるように、私は努めます。それで良いではありませんか」

 アンナの言葉に、慶次は頭を掻きながら言った。

「貴女にそこまで言わせて申し訳ない」

 惚れた者の弱みだな、そう甲賀者は想った。

 最後の方の慶次が子どもを置いて云々ですが、史実の慶次が前田家を出奔する際に、実際に子どもを置いたまま出ていった、というのが背景にあるということでご容赦を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この時期はまだ機帆船が主流なんですね。だんだん、純汽船に移っていくでしょうが、こういう時代の流れも面白いですね。 [気になる点] 蒸気船が普及するが、鉄道はまだまだ普及しない。こういう時代…
[一言] 「それに蒸気機関の扱いに慣れているのが、基本的に日本人しかいない『じ』、」 になってますよ。
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