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第18話

 モスクワ近郊からアゾフまでの旅路について、前田慶次を始めとするエジプト軍の将兵は、それなり以上にアンナやエウドキヤの身を気遣いはしたが、アンナはともかく、11歳のエウドキヤにしてみれば、心身ともに疲労する事態が生じるのはやむを得ない話だった。

 何しろクレムリン内部での幽閉生活を長く過ごしていて、ろくに運動することがなかったのだ。


 更に食事も貧弱な代物になるのはやむを得なかった。

 朝晩は麦粥(に野菜と塩漬け肉を加えたもの)、昼は手持ちの携行食糧で済ませるのが大抵だった。

 そして、本来ならば皇女である以上は、エジプト軍としても彼女ら、アンナとエウドキヤを馬車に乗せたかったが、荷馬車を臨時に転用するとしても速度が遅くなり、モスクワ軍の追撃に捕まる危険を考えると、馬の後ろに彼女らを乗せて移動するしかなかった。


 そのためにエウドキヤは、3日もすると馬の上で兵士の背中に半ば縛られたままで、疲れていることから眠るような有様になった。

 アンナにしても、慶次という存在があったから、このモスクワからアゾフまでの20日余りの旅路に耐えられたようなものだったのだ。

(更に言えば、馬の疲労を考慮して、約1時間毎に馬を代えての旅路になった)


 もっともアンナにしてみれば、それ以上に旅路の途中で見聞きすることが驚きの連続で、心身の疲れのかなりを吹き飛ばす代物だった。

「こんなに大地は広いものだったのですね」

「ええ。この世界は地球という球体の世界です。そして、地球は極めて大きくて広いのですよ」

「どれ程ですか」

「地球を1周するとなると約4万キロ、約4000万メートルになりますね」

「1メートルはどれ位ですか」

「これだけといったところでしょうか」


 アンナの問いかけに、慶次はおおよその距離を身振りで示した。

 そして、アンナはそれを見て、目を丸くして呟いた。

「そんなに地球、世界は広いのですか」

「ええ」


 アンナは想った。

 本当に私達姉妹は、父によって狭い所に幽閉されていたのだ。

 それこそ地平線が見えるまでに広い大地が、この世界で、そこを自分達は懸命に馬で駆けている。


「モスクワからアゾフまでは、約1200キロあります。大変な旅路になります」

「でも、地球という世界から見れば1割より遥かに短いのですね」

「そうなりますね」

 慶次とアンナはそんなやり取りまでした。


 他にも、アンナとしては気がかりな話を聞かざるを得なかった。

「慶次殿の宗教は」

「主の浅井長政殿に誘われたことから、東方正教徒に改宗しています」

 アンナに対して、慶次は少し恥じらうように言った。


 実際にその通りで、(この世界の)慶次は東方正教徒だった。

 これはエジプトに来た日本人の多くが、エジプトの現実(日本人しか仏教徒はおらず、エジプトに元々いたのはイスラム教徒とキリスト教徒だけと言っても、そう間違いではなかったこと)から、エジプトに馴染むために改宗を考えるようになり、主の浅井長政が東方正教徒になっていたことから、多くが東方正教徒に改宗したことから起こったことだった。

 慶次としても、主が改宗しており、更に周囲の多くも改宗していることから、自分も改宗したのだ。


 だが、アンナにしてみれば、これは極めて有難いことだった。

「それならば、全く問題はありませんね。私も東方正教徒です。東方正教徒同士なのだから、結婚には何の差支えもありません」

 アンナは微笑みながら言い、更に自分の考えを進めた。


 これならば、妹のエウドキヤの結婚も何の問題も起きないだろう。

 エジプトには東方正教徒がそれなりにいるようだ。

 エウドキヤは東方正教徒と結婚できるだろう。

 実際、エウドキヤは東方正教徒の浅井亮政と後々に結婚する。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 苦しい旅ですが、後々、(記憶が美化されるということもあり)良い思い出になりそうです。
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