第17話
そんなことをアンナが想っている内に、タバコは燃え尽きていた。
前田慶次も、自らのタバコが燃え尽きたことに気づいた。
慶次は想った。
もう寝よう、明日から強行軍でアゾフへ、更にはエジプトへ戻らねばならないのだ。
それにこの女人、アンナの身が心配だ。
タバコが燃え尽きた今が、丁度、良いタイミングだろう。
「もう寝ましょう。明日も早くから、この地を出立して、エジプトを目指すことになります。少しでも休んでおかないと、とても辛いことになります。それに明日以降、ゆっくり話し合えば良い」
「そうですね」
慶次の言葉に、アンナは素直に応じたが。
その時になって、慶次は気づいた。
アンナの妹のエウドキヤはどうしたのだろう。
「申し訳ない。貴方の妹君はどうされました」
「ご安心を。泣き疲れて、そのまま寝ました。この者がマントで包んでくれました」
慶次の言葉に、アンナは答え、身振りで甲賀者を示した。
更に慶次が夜目を凝らすと、エウドキヤがマントに包まれて安眠しているのが、目に入ってきた。
「それでは妹君の傍で寝てあげて下さい。私もその傍で寝ましょう」
「それだけで本当に良いのですか」
アンナは、いたずらっ子のように笑って言った。
「流石に他の者のいる前では」
さしもの慶次も戸惑って答えた。
甲賀者は想った。
体中が火照るような遣り取りは、程々にして欲しい。
こんなのを通訳させられる自分の身になってくれ。
もっとも、慶次殿がこんな風に戸惑っている姿等、二度と見られぬ気もするから、この姿を見られたことで、少しは相殺されたと思おう。
そんな甲賀者の想いを無視して、アンナは慶次の表情から、慶次の意図を読み取ったのか、微笑んだままで無言でマントにくるまり、妹の傍で横になった。
慶次もその2人の傍でマントにくるまり、横になった。
そして、すぐに3人の寝息が聞こえだした。
甲賀者は想った。
さて、自分も寝よう、そして、明日以降は他の者に通訳を代わって貰おう。
翌朝になった。
こんな野外で寝るのは初めてなのに、アンナもエウドキヤも、余りの激動の一日で色々と疲れ切っていたのか、慶次に揺り起こされるまで、全然目が覚めなかった。
そして、慶次なりの優しさなのだろう。
他の者達が皆、出立の準備をほぼ済ませていることに、二人は気づいた。
「余り口に合わないとは思いますが。当分、こんな食生活になります。アゾフに着いたら、それなりの物を出します」
慶次は申し訳なさそうに言い。二人に麦粥(より正確に言えば、麦と野菜を煮込み、僅かな塩漬け肉で味を調えた代物)を出した。
そういえば、昨日の夜もそんな食事だった。
そんな思いをしながら、姉妹は麦粥を急いですすり、出立の準備をした。
「さて、行きますか」
慶次はアンナを自らが操る馬の後ろに乗せ、エウドキヤは自らが信頼する部下の馬の後ろに乗せた。
馬車はないのか、とアンナが内心で思っていると、慶次が申し訳なさそうに言った。
「思い切りの急行軍です。それこそ、貴方では無かったエウドキヤの父上に捕まる訳にはいかないので、馬で走って逃げるしかないのです」
確かにその通りだ。
アンナは現実を改めて認識した。
父のイヴァン(4世)は対リトアニア等の戦争で、モスクワにいなかった。
そこをエジプト軍が急襲したのだ。
父にしてみれば、2万人余りもの留守兵がいるので大丈夫だと考えていたのだろうが、エジプト軍はそれを打ち破って、モスクワから自分達を連れ出したのだ。
このことを父が知れば、激怒の余りに、下手をすると慶次どころか、自分達の命まで危ない事態が生じるのは当然の話だ。
何としても急いでこの場から逃げ、エジプトまで自分達はたどり着かないと身の安全が確保されない。
作中での描写を省略していますが、慶次と皇女達が寝た寝床ですが、夜露が凌げる簡易の布製の屋根、テントの下ということでお願いします。
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