第16話
そんな傍の甲賀者が内心で思っていること等は全く忖度せずに、前田慶次とアンナはお互いの想いを相手に伝えようとした。
更に、お互いに相手の言葉が分からないことから、結果的に真っ赤になりながら、通訳の甲賀者は色々な意味で汗みどろになりながら、二人の会話、慶次とアンナの会話を通訳することになった。
それを半ば二人の世界に浸っている慶次とアンナは、甲賀者の面白い一人芝居を見学しながら、逢瀬を交わしているかのような想いまでしつつ、言葉を交わした。
「エジプトの者達は、タバコを吸うのですか」
何から話そう、と散々に迷っていたのに、結局、平凡なことを聞いてしまった。
そんなことをアンナは想った。
「いや、つい最近、一部の者が吸い始めたばかりです。それも日本人が多い」
「日本人」
目の前のこの男は、ひょっとしてエジプト人では無いのか。
アンナは疑問を覚えた。
アンナの内心を察して、慶次は自らの出自に関する話をした。
「この場にいる者、特に指揮官の多くは日本人です。より正確に言えば、日本からエジプトに移住して、そこを自らの故郷にしようと決めた者達ということになります」
慶次は自らの気つけのために、アンナと共にパイプでタバコをくゆらせながら、そう言った。
アンナはその意味が一瞬、分からず、思わず遠くを見やった。
慶次は、思わずアンナが見ている方向を、つられて共に見てしまった後で、我に返って話を続けた。
「日本では色々あって、多くの者が日本国外で一旗揚げて、そこを自らの故郷にしようと旅立ちました。自分もその一人ですよ。その果てに、エジプトはオスマン帝国の領土でしたが、浅井長政という日本人を主君と仰ぎ、オスマン帝国の属国という形にはなりましたが、事実上は元日本人が治める国になりました。自分は、浅井長政に使える軍人ということになりますかね」
慶次の言葉を聞いて、アンナは何と言うべきか、考え込んだ。
そして、慶次はアンナの想いを無視して、言葉を継いだ。
「要らぬことですが。このタバコは、アメリカという所に赴いた日本人を介して、世界に広まった代物です。本来はアメリカでしか、知られていなかった産物なのです。それが、エジプトでも吸われるようになっている。本当に世界は広いというべきなのか、狭いというべきなのか」
「アメリカというところがあるのですか」
アンナはその言葉を聞いて、改めて思った。
自分は物心ついた時から、モスクワのクレムリンから出たことが無い。
更に言えば、ある程度大きくなってからは、ずっと塔の最上部での幽閉生活を父によって、私は送らされてきた。
これには勿論、それなりの理由がある。
それこそ隣国のリトアニアにしても、スウェーデンにしても、更にそれ以外の欧州諸国の王は東方正教徒ではない。
だから、東方正教徒の自分が、そういった異宗派の王室に嫁ぐことはできない。
かといって、国内の大貴族等に私を嫁がせるというのも、二重の意味で父には躊躇われる。
モスクワ大公国は、実際は複数の貴族がそれなりの権力を持っており、父の剛腕で専制政治を何とか維持していると言って良い。
父の死後、自分にしてみれば弟が、私の夫によって処刑され、私の夫が大公に即位する可能性があることを父は警戒しない訳には行かない。
いや、下手をすれば、自分を誰かに嫁がせる話が出ただけで、それこそ大騒動が起きて、貴族同士の武力抗争が起こり、更にその矛先が大公家に向きかねない。
それにそもそも降嫁、身分違いの結婚ということにもなる。
だから、父は私達を塔に幽閉したのだ。
修道院に入れず、俗世で過ごすことを認めたのは、せめてもの父なりの思いやりだろう。
でも、私達にはとても辛かった。
塔に幽閉するのと、修道院送りにするのと、そんなに違うのか、という感想が浴びせられて当然かもしれませんが。
私の理解する限り、この当時のモスクワ大公国、というか東方正教会の信徒においては、修道院送りということは、完全に俗世から離れた世界に送られるということです。
だから、単なる幽閉生活とは、当時の人にしてみれば、大いに違うのです。
(例えば、修道院送りになれば、還俗しても結婚はあり得ませんが、単なる幽閉ならば、結婚の望みが持てるのです。
もっとも、それ故にアンナの妹のマリヤは心を病んだという裏事情がありますが)
余り詳しく書くと興を削ぐので、そんな感じで小説の描写は行っています。
ご感想等をお待ちしています。




