第15話
激動の1日は終わった。
午前中にモスクワ大公国軍と決戦を行い、昼前にモスクワのクレムリンに突入を果たして、昼過ぎにクレムリンから、モスクワからの脱出を果たして、日が没しかけた頃に、モスクワ近郊にエジプト軍が臨時に作った駐屯地に、前田慶次らはたどり着いていた。
そして、体力に関して、周囲から化け物呼ばわりされることの多い慶次と言えど、流石に疲労は隠せず、夕餉を軽く済ませた後は、寝転がってパイプ煙草をくゆらせていた。
更に、慶次の傍にはアンナとエウドキヤがいて、慶次には分からない言葉(ロシア語)で、姉妹は語り合っていた。
「お姉様、これからどうするの」
「この方達と共に、エジプトというところに向かいましょう」
「もうモスクワには戻らないの」
「ええ。それから、モスクワから脱出の際に私は死んだことにします。これからは、表向き私は貴方の侍女で共にモスクワから脱出したことにしましょう」
「一体どうして」
「本当に好きな人が私には出来て、結婚したくなったから。皇女のままでは結婚できないの。貴方に少し辛い運命を背負わせることになるけど。少しでも貴方が楽になれるように、これからも私は貴方の傍には居続けるつもりだから」
アンナは妹と話すうちに涙を溢れさせ、10歳年下の妹を抱きしめていた。
エウドキヤも深い意味までは分からないものの、姉の言葉、振舞いから姉を抱きしめ返し、すすり泣きを始めていた。
この光景は辛いな。
慶次は横目でそれを見ながら、疲労からぼうっとした頭で考えるともなく考えていた。
自分が率先してやったことだが、この姉妹に故郷を親を捨てさせることになってしまった。
話の内容は分からないが、姉妹はそのことを嘆いているのだろうな。
だが、主の浅井長政殿の命令もあったし、自分もそれに同意してやったことだ。
本当に自分なりに責任を取らねばなるまい。
そんなことを考えている内に、慶次が銜えていたパイプ煙草の火は消え、少し暗くなったことも相まって、慶次は疲労からまどろんでいた。
どれほどの時が経ったのか。
通訳等のために慶次の傍に控えていた甲賀者が、慶次を揺り起こした。
「どうした」
寝ぼけていたこともあり、思わず慶次は跳ね起き様に叫んで、カービン銃を探していた。
その光景を見て、忍び声で笑う女性の声がする。
この戦場に女性が、と頭を振っている内に慶次は現実を認識した。
忍び声で笑っていたのは、アンナだった。
「アンナ」
慶次が呼びかけると、アンナは笑いを収めないまま言った。
「何をくゆらせていたのです。周りの者の中にもくゆらせているものがいますが」
「タバコというものですよ」
「私にも頂けますか」
「余り品の良い物ではありません。特に女性がくゆらせるのはお勧めできませんが」
「皇女という身分を捨てる象徴とお想い下さい」
「そこまで言われては」
慶次は少し躊躇ったが、自分の予備のパイプを使うこととし、そのパイプにタバコを詰めて火をつけた後で、アンナに渡した。
アンナは見様見真似で、タバコを吸おうとしたが、思わず強く吸ってしまい、むせてしまった。
慌ててアンナの背中を慶次はさすり、タバコは最初は軽く吸った上で、と教えた。
二口、三口と吸う内に、アンナはタバコの味が分かったのか、ゆっくりとくゆらせ出した。
更にアンナは慶次に寄り添った。
それを傍で見ていた甲賀者は思った。
何とも美しい光景だ。
本当に二人きりにしたいが。
お互いの言葉が通じない以上、通訳の自分が傍にいない訳には行かない。
ここまで自分が無粋なことをしないといけないとは。
普通ならば、眼福と喜ぶべきところの筈だが、慶次とアンナが寄り添う姿は神々しくさえ思え、甲賀者は身の置き所に困った。
ご感想等をお待ちしています。




