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第14話

 だが、このクレムリンからの慶次、アンナとエウドキヤの3人の脱出は、現実問題として大混乱の中からの脱出で、本来的には困難を極める話だった。

 幸いなことにアンナとエウドキヤが幽閉されていた塔内は、(例えは悪いが)悪い虫が娘に付かないようにとイヴァン4世が配慮していたことから、多くが女性で固められており、慶次の力を持ってすれば、それこそ慶次の気迫だけで圧し通ることができた、と言っても間違ってはいなかったが。

 塔の外は、モスクワ大公国の混乱した将兵で溢れており、秩序も何もあったものでは無かったのだ。


 実際、慶次が塔の中に入った後、アンナとエウドキヤを連れて塔から脱出を図ろうとするまでの間に、慶次の部下が何人も、具体的には塔を守る戦いの中で2割近くが死傷している有様だった。

 普通だったら、それだけの仲間が死傷していたら崩れ立っていただろうが、慶次を心から慕っている部下達は、主が戻ってくるまでは、と塔内にモスクワ大公国の将兵を入れまいと崩れ立つことなく、懸命に奮闘し続けたのだ。


 そして、部下の面々の奮闘に報い、最愛の女性とその妹と共にこの場を脱出しようと慶次は考えて行動することになった。

 アンナもエウドキヤも、長年に亘ってクレムリンの塔内に幽閉されていたことから、馬に自ら乗って操る事等は思いもよらない話だったので。

 慶次は自らの愛馬の後ろにアンナを乗せ、更に自分の部下の中で馬の扱いに最も長けていると見極めていた者の背中にエウドキヤを縛り付けた上で、騎兵での脱出を図った。


「私の胴体、腰の辺りに手を回し、絶対に離さないように」

「ええ」

 慶次はアンナにそう言うと、自ら部下達の先頭に立って、クレムリンからの、更にはモスクワからの脱出を図ることにした。

 本来ならば女性に背中から手を回された状態で戦おうとする等、普通は不可能と言って良い話である。

 しかし、慶次の卓越した武力はそれを可能にしており、慶次がカービン銃を短槍、騎兵槍代わりに振り回すと、それによる刺突なり、打撃なりを受けたモスクワ大公国の兵は相次いで倒れて行った。

 そして、それを見せつけられたモスクワ大公国の兵は、逃げ腰になった。


 更に慶次には援軍が駆け付けた。

 磯野員昌とその指揮下にある一部の将兵が、慶次達と合流したのだ。

「応、良くぞ任務を果たしたようだな」

「これは磯野員昌殿。総大将の身で余りにも危険では」

「はは。まだまだ儂は40代で若いぞ。若気の至りで、前へ出てどこが悪い」

「全く困った総大将だ」

 磯野員昌と慶次は、そんな遣り取りを思わずした。


 実際問題として、磯野員昌は慶次からの伝令で、慶次の行動を知るや否や、宮部継潤に全軍の指揮を委ねて、慶次を援けようと一部の将兵と共に飛び出していた。

 総大将の務めでは本来は無いが、最大の目的である皇女を解放することが第一だ、と割り切った上での磯野員昌なりの判断だった。


「では参るぞ。儂の後に付いてこい」

「それは本来は私のセリフですが」

「馬鹿者、先陣を切るのは武人の最大の誉れよ。儂にやらせろ」

 カラカラと笑いながら、磯野員昌は言った後、自らカービン銃を短槍のように振るいながら、先頭に立って血路を切り開いて、クレムリンからの脱出を目指した。


 そして、慶次とアンナ、それにエウドキヤ達は、その後に続いて行った。

「持つべきものは信頼できる武人だな」

 慶次はそう呟きつつ、磯野員昌の後を付いて行った。

 そして、アンナは慶次の背中にしがみつき続けた。


 アンナは後々になって思い出した。

 この時のクレムリンからの脱出行、本来は凄惨な戦場で地獄のようだった筈。

 でも、慶次の背中が私の目を塞ぎ、又、その温もりを感じて私には天国だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『アンナもエウドキヤも、長年に亘ってクレムリンの塔内に幽閉されていたことから『j』」にってますよ
[良い点] 他の武人が主人公なら、あり得ない無茶な展開ですが、前田慶次が主人公と云うだけで、全て納得の展開。
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