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第13話

 その時のことを、それこそ自らの息が絶える直前まで、何度も(皇女)アンナは思い出した。

 だが、その記憶は微妙に間違ったままだった。

 幾ら精確に思い出そうとして見ても、間違った記憶でそれは思い出された。


 だが、それは前田慶次も同じだった。

 実際には甲賀者の通訳を介して、(皇女)アンナと話し合った筈なのに。

 お互いに自らの言葉が分かり合い、直接に話し合ったようにしか思い出せなかったのだ。


 ともかくお互いの記憶に従って、その時のことを語るならば。

 お互いに雷に撃たれたように、初めて逢った相手に惚れ込んでしまっていたのだ。

 慶次は思わず片膝をつき、更に剣の代わりに銃を捧げる姿勢をアンナに対して執っていた。

 又、アンナもその自らに捧げられた剣代わりの銃を思わず受け取っていたが。

 すぐに慶次にその銃を返そうとしながら、アンナは慶次に語り掛けていた。


「貴方は」

「エジプトのサムライ、いえ、騎士と申し上げるべきでしょうか。その地位にある前田慶次と申す者。真に失礼ですが、貴女の御尊名をお伺いしたい」

「我が名はアンナ。モスクワ大公イヴァン4世の長女になります」

「何と皇女殿下であらせられたとは。どうか、我が剣ならぬ銃をお受取り下さい」

「喜んで受け取りましょう、と言いたいですが。私が貴方と結婚したい以上は、その銃を受け取る訳には参りませぬ」

「何と仰せられる」

「貴方と結婚する以上は、皇女の地位を捨てて、降嫁せねばなりませぬ。そして、そのような関係を予め結んでいては、貴方と結婚することはできませぬ」

「私のような者と。本当によろしいのでしょうか」

「構いませぬ。それとも、私と結婚することが貴方はできぬとでも」

「いえ、喜んで貴女と結婚いたしましょう」


 そんな会話を初対面の際にはお互いに交わした、と共に記憶していたのだ。


 それ位、お互いに雷に撃たれたかのように惚れ合っていた。

 そして、お互いにそれを全くの幸運としか思えなかった。

 実際問題として、一方が一目惚れをしても、他方はそうではないことの方が圧倒的に多いからだ。

 だが、この時の慶次とアンナは幸運にもお互いに一目惚れしあっていたのだ。


 更には。

「ですが、問題があります。私の父のイヴァン(4世)は、私や妹の結婚を認める気は全く無い。どうすれば良いでしょうか」

「それでしたら、私と共にエジプトに赴きましょう。更には妹君も連れて行き、エジプトで暮らしませぬか。妹君には相応しき男性と結婚して頂いては如何か」

「それは楽しい夢ですね」

「夢ではありません。現実にしましょう」

 二人は更にやり取りをした。


「現実に?」

「私と共に来てください。勿論、妹君も一緒に。そう言えば、妹君は」

「私には妹が二人いましたが」

 アンナの声が翳った。


「上の妹のマリヤは、このまま一生この塔内で幽閉される、と世をはかなんでしまい。心を病んだ末に病で亡くなりました。下の妹のエウドキヤは、この塔内で生きている筈です」

「それでは共に抜け出しましょう」

「そうですね。貴方と共にいけるのなら」

 慶次とのやり取りを続ける内に、アンナは心を完全に決めた。


「エウドキヤは何処に」

 アンナは表向きは慶次と甲賀者を従えるような感じで塔内を探して回り、エウドキヤを見つけ出した。

 エウドキヤは姉と出会えてホッとしたようだ。

 だがその一方で、この混乱の最中ということもあり、姉のアンナが共にこの男と共にこの塔から抜け出ることを話すと、エウドキヤはそれにすぐに応じてくれた。 


「それではいきましょう」

「ええ。妹君と一緒に」

 そう二人は会話を交わし、慶次はアンナとエウドキヤと共に部下達と合流した後、クレムリンから、更にモスクワからの脱出を図ることになった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通の男が主人公だったら・・・・。あり得ない流れだが(苦笑 前田慶次が主人公だったら、大いに納得のお話です。 [気になる点] 後世、アンナの身分を明らかにして良い時代が来たら、是非、歌劇…
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