第12話
敗走するモスクワ大公国軍の兵にしてみれば、エジプト軍が間髪入れずに追撃してくるのは、恐怖以外の何物でもない。
そして、少しでも安全な場所を求めて、モスクワのクレムリン内部に逃げ込もうとする兵が多発して、自然と前田慶次とその部下達も、クレムリンへと誘われることになった。
(尚、慶次の部隊を追うようにして、他のエジプト軍部隊もモスクワへの突入を果たしている)
かくして、慶次の前には城壁が張り巡らされた複数の塔が見えてきた。
「あれがクレムリンか」
「はい」
臨時のロシア語通訳として自分に付けられている甲賀者に、前田慶次は確認した。
甲賀者にしてみれば、豪胆にも程がある行動で、肝を冷やすしかない状況だったが、自分の目の前にいる慶次やその部下達は平然としている。
混乱しているとはいえ、周囲に敵兵に満ち溢れているような状況なのに、慶次やその部下達は、クレムリン内部にまで平然と入り込もうとしている。
甲賀者にしてみれば、冷や汗が止まらない状況だった。
だが、慶次には別のモノが見えていた。
「今なら皇女様を救出せねばと叫べば、皇女の下に自分たちを連れて行く粗忽者が出るのではないか」
こっそり慶次は、甲賀者に尋ねた。
「確かに。この混乱ならば」
甲賀者は周囲の状況を見て、慶次の言葉に同意した。
どうやら自分達をタタール兵の傭兵部隊とでも考えているのか、慶次とその部下達が攻撃を止めて、ひたすら追尾しているだけなのに、周囲のモスクワ大公国の将兵は自分達を攻撃することすらないのだ。
「よし、クレムリン内部に突入したら、すぐに叫んでみろ」
「分かりました。やってみましょう」
火事場のクソ度胸か、慶次の大胆不敵な言葉を聞いたからか、甲賀者は落ち着き、慶次に同意した。
だが、本当にクレムリン内部に自分達が突入できるのか、と甲賀者は疑念を覚えていたが、モスクワ大公国軍の混乱は収まらず、クレムリンの守備兵にしても味方を見殺しにする訳には、という想いが先立っていたこともあり、敗走する将兵の群れに紛れて、慶次とその部下達はクレムリンに突入した。
そして、すかさず甲賀者が大声で叫んだ。
「皇女様達は何処か。エジプト軍の将兵から、皇女様達を守らねば」
「おう。そう言われれば」
何人か、本当に粗忽者がいたらしく、どこだどこだ、の騒ぎが起きた。
更にはその騒ぎから。
「あの塔の最上部に皇女様がおられるとか」
「何と皇女様をお救いせねば」
白々しいと自分でも考えたが、その声に応じて自ら叫ぶ一方で、身振りで前田慶次とその部下達を自分に従うように誘導する。
(これは慶次とその部下達はロシア語が分からない上に、下手に口を開くと日本語が出る以上は、止むを得ない措置だった)
慶次とその部下達は、それに無言で応じて、甲賀者の後に続いた。
問題の皇女達がいる筈の塔に、前田慶次とその部下達がたどり着いてみると、塔の周辺は大混乱というしかない状況に陥っていた。
実際問題として、前田慶次とその部下達にそう遅れることなく、モスクワ市街へ、更にクレムリン内部へとエジプト軍の将兵が雪崩れ込もうとしている、といって間違っていない状況であることから、クレムリンに立てこもろうとしていたモスクワ大公国軍の将兵の一部は錯乱して、自分だけでも生き残ろうと同士討ちさえしている有様だったのだ。
「これは酷いな」
慶次はそう呟くと、塔の周囲の安全を確保するように部下達に命じ、甲賀者だけ連れて自らは塔の内部に入った。
混乱の余り、慶次が進むのを誰も咎めない儘、塔の最上部近くに慶次はたどり着くことに成功したが。
いきなり鋭い声が慶次に浴びせられた。
「何者か」
慶次は目を見張った。
美しい女人が立っていた。
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