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プロローグ

「戦国に皇軍、来訪す」の外伝で、本編第6部から第7部の間の話になります。

 西暦で言えば1571年の話です。

「本当に良かったのか」

 前田慶次は、煙管をくわえてタバコをくゆらせながら、自分の横にいる金髪の女人に言った。

「ええ。そうしたいのなら、そうすれば良い、と貴方に言われましたし」

 その女人も、煙管をくわえてタバコをくゆらせている。


 男はともかく、タバコをくゆらせる女人は少ない。

 その少ない女人の多くが遊郭等で働くいわゆる下々の女だが、慶次の横にいる女人はそういった女と異なり、隠し切れない高貴な気品を漂わせていた。

 そう高貴な姫君が、敢えて下々の女の真似をしているかのようだった。

 実際、金髪の女人は高貴な生まれだった。

 だが、今では庶民出身の元侍女を装い、前田慶次の後添い、つまり後妻に今では事実上収まっている。


「こんな暖かいというより暑い世界、更には自由で幸せな世界があるのを、貴方は教えてくださいました。そして、その傍に好きな異性がいれば、更に幸せなのが分かりました。私にはこれで十分です。それに」

 女人は笑いながら言葉を続けた。

「籠の鳥は、一度、籠の外の自由を完全に知った後で、籠の中に戻るとすぐに死ぬそうです。私に籠の外の自由を教えた貴方には、その責任を取って貰わないと」


「厄介な女人に自分は捕まったような気がするな」

「私を厄介な女人だと」

「いや、こんな厄介な女人なら喜んで自分は捕まろう。それに先日、妻を亡くして独り身だしな。流石に妻になることまでは断らぬだろう」

「勿論ですとも。妻にするつもりは無い、と言われたら、お家に押し掛けるつもりでした。モスクワの女を舐めないで下さい」

 二人の会話は更に続いた。


「流石はあの父にして、この娘アリというべきか」

 慶次が女人から目をそらしながら、そう呟くと女人が返した。

「私は父を知らぬ孤児だ、と言ったではありませんか」

「そういうことにしたな。だが、血のつながりを完全に断つことはできまい」

「そうですね。でも、あんな父を父とは呼びたくありません。何しろクレムリン宮殿の中に私達姉妹を閉じ込め続け、生涯を独身で送るように強いていた父です」

 女人にしてみれば、今の父は口に出すのも汚らわしい存在のようだった。


「だからこそエウドキアと共に一緒に付いてきたという訳か」

「ええ。それに貴方がツァーリ、皇帝の地位に興味を持たないというのにも惹かれました」

「自分にとっては、皇帝の地位等は肩がこるだけのろくでもない代物だからな」

「そんなことを公然と言って、周囲にもお前ならそうだろうな、と思わせる自由人は、世界中で貴方くらいでしょうね」

「ハハッ、これは一本取られた」

 慶次は笑い出しながら言い、女人もそれにつられて笑った。


「それでは、アンナ。改めて教会で結婚式を挙げよう。だが、俺には息子1人に娘4人がいる身だ。それだけは分かってくれ」

「21歳の身空で5人の子持ちになる訳ですか。貴方の事だから、全ての子の母親が違うとか、言わないでしょうね」

「何を言う。全ての子の母は亡くなった妻だ」

「そういうことにしておきましょう」

 痴話げんかと言えば、痴話げんかを二人は繰り広げ、それを周囲の人は生暖かく見守った。


 前田慶次は、金髪の女人の正体を改めて考えた。

 ロシアのツァーリ、イヴァン4世の長女アンナがその正体だった。

 30歳の自分より9歳年下の21歳の女性で、本来の身分からすればトンデモナイ高貴な身の上で、自分が娶って良いような女性ではないが。

 お互いに惚れ合ってしまった。


 まあ、いいか、浅井長政殿を説得できねば、家族で連れ立って欧州へ駆け落ちするのも悪くは無い。

 前田慶次はタバコをくゆらせながら、そんなことまでも考えた。

 そうする内にアレクサンドリアの港は、二人の視界の中で徐々に大きくなっていた。

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[良い点] >「自分にとっては、皇帝の地位等は肩がこるだけのろくでもない代物だからな」 >「そんなことを公然と言って、周囲にもお前ならそうだろうな、と思わせる自由人は、世界中で貴方くらいでしょうね」 …
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