回復魔法師育てます
オラトリ都市国家は回復魔法師を多く輩出・育成する都市として各国から永世中立を勝ち取っている極めて異例な都市国家である。各国から見込みのある若者が送られ育成されて自国に戻って治療院に勤めることが田舎出身者の数少ないキャリアパスの一つでもあった。
今日も西の隣国のさらに西の国から、教会の能力鑑定(各国とも有能な人材を見出すために利用しておりその補助金でどこの国でも十歳になったら無料で行われている)で才能を見出された子供がやってきた。
「まず初めに君に覚えてもらう回復魔法はマナトランスファーです、その前に魔法を使えるように基礎訓練を行います、この基礎訓練の出来次第で順次、魔法を覚えて次のステップに行ってもらいます、魔法というものは自分の中にある魔力を云々・・・」
自分のほかにも基礎を学ぶ多くの子供を見て安堵するとともにどの子供も一様に真剣なまなざしで講義を聴いている事に気が付き、自分もここで回復魔法師となっていい暮らしをして家族に仕送りもしてやるのだという思いで来た事を思い出し、講義に耳を傾ける。
数か月後、やっとのことで基礎訓練を上がり、魔法を教わる段階になった。早い子では一月もかからずであったので自分はそれほど才能はないのだろうと思うに至る。とはいえ、魔法だ、魔法を教わるのだ。ここから始まるのだと意気揚々と魔法を学ぶ部屋へやって来る。
「最初に言ったようにまず覚えてもらう魔法はマナトランスファーと言って、自分のマナを他者に供給する魔法を覚えてもらいます。この魔法は・・・」
どうにか半月でマナトランスファーの魔法を覚えることが出来た。やった魔法を覚えることが出来たのだと、最初の半日だけは喜んでいた。
「マナトランスファーを覚えたら、君の魔力量を増やす訓練を行います、魔力量を増やすには魔力を消費して枯渇させることが良いとわかっているのでそれを毎日何度も行っていきます。この休憩室では回復魔法を覚えた人が魔力を使い果たして休憩しているのでその人にマナトランスファーを行い、相手の魔力を回復させつつ自分の魔力を枯渇させます。最初のうちは魔力量が少ないのですぐに回復するでしょうから、何度も何度も行使してください、そのうち魔力の自然回復量が上がる能力を得えてさらに何度も行使して枯渇できるようになります。この修行を1年ほど行うと各国の精鋭魔法師団員並の魔力量になるので頑張ってください」
それからの日々は地獄であった。来る日も来る日も何度も何度も魔力枯渇による倦怠感を味わいそれでも魔力が回復して気分が晴れたらまた枯渇して倦怠感を味わうという繰り返しで、たっぷりな食事と十分な睡眠が確保されていなければ耐えられなかったであろう。一応、午前中は座学と体操の時間も設けられており、社会に出たとしても利用されないだけの教養と身を守る程度の体力の向上も考えられてはいたので、心身への負担は子供であることをある程度考慮されいたのだとこの時は気が付かなった。
そんな一年が過ぎたときには少し悟りが開けたかもしれなかった。
「十分に魔力量が増えたようなので次は初段の回復魔法を覚えてもらいます、この魔法を覚えたら回復魔法修行の仕上げを行っている者の下について補助的に使ってもらい回復魔法の基礎を身をもって覚えて行って貰います、また座学ではより専門的な人体や動物魔物の構造にも学んでもらいます、この講義を修めたら次の段階に進めます、逆を言えば修めなければ進めません」
ついに回復魔法を習えるようになったが、座学の難易度が格段に高くなった。聞けばこの座学で挫折する人も一定数いるということでそういう人たちは初段の回復魔法を覚えて野に下って冒険者なんかになったりするらしい。
座学はともあれ、初段の回復魔法を二か月かけて習得したら、地獄の蓋があいた。
ここオラトリ都市国家の主な産業は回復魔法師の育成、と、上質な羊皮紙の輸出である。
そう羊の皮を処理して使うあれである。この国はなぜか羊の皮がたくさん手に入るのである、なぜか。
西の西の国からやってきた彼が今何をしているかというと座学終わりの午後、初めての回復魔法補助の修行で昼ご飯を全部吐き出していた。ここでは割とみられる風景であり、多くの者も通ってきた道なので温かい目で見られているが、彼はそんな事に気が付く余裕もなかった。
一匹一匹部屋に入れられて、手足を縛られ魔道具で終わらない昏睡状態にされているゴールドシープの生皮を既定のサイズに解体技術を持つ職員が剥ぎ取り肉が見えるようになったところに回復魔法修行者が再生レベルの回復魔法を行使してあらかた直し、細かいところを補助の者が回復していくと元通りの皮になるのでそれをまた剥ぎ取り回復してはを繰り返す、そのおぞましい行為にたいていの子供は吐き戻す、むしろ吐き戻さない子供は回復魔法の素養が低かったりするのである。魔力が枯渇するまで回復魔法を行使したら、マナトランスファーで回復してもらいまた回復魔法を行使する。日々これを行い回復魔法の熟練度を上げていく度に表情がなくなって感情もないような気がする。そして座学で生き物の構造に詳しくなるにつれ回復効果も上がっていくことに気が付く。そうだったのかと座学にも身が入るようになる。そうして座学を収めて再生の段階まで徐々に回復魔法を覚えていくと外傷に対しては十分な戦力になる人材の段階に来ている。病気なども回復するためには別の座学と回復魔法を習得する必要があり、それが次のステップであり最終段階といえる。
ここは回復魔法師を多く輩出育成する都市であることは各国の一般家庭でも知っている、つまり、ここに行けばどんな病気や怪我でも治るのではないかという希望にすがってやって来るものは後を絶たない。そういった外部向けの治療院に最終段階の座学を終えた子供を連れていき実践させる、実験台となる者は治療費が何割か安くなるということで希望者は後を絶たない。そんな患者たちを羊と同列に見そうな自分に嫌悪しつつ、感謝の念を受け人間として戻っていく、思えば羊の回復の時は心が無であった。いまはひとりひとり状態が違うので心を無にしている余裕がないどころか、こちらが余裕のある顔をしていないと患者が絶望的な顔していく。そうか、自分はいま生きてる人を相手にしているのだと再認識していく。後でよくよく考えるとこれも織り込み積みの修行行程だったようだ。
治療院研修を終えるとオラトリ都市国家認定回復魔法師の印章を頂くことになる。その段階で本国に連絡が言っており迎えの者たちがやって来て、彼らに護衛されて帰ることになっている。
オラトリ都市国家は一つの都市国家でありながら永世中立を勝ち取っている稀有な都市国家である。主な産業は人材育成と羊皮紙の輸出である。