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シオンが受付の人に入試申し込みの提出に来たことを告げると、一枚の紙とペンを渡される。魔法がある程度普及していても、魔力を使わずに誰でも使用できる紙やインクペンは重宝されていた。
紙には名前、生年月日、住所、希望学科、特待生を希望するかの有無を記入する欄がある。
上から順に記入していくカジュだったが、住所の欄で手が止まった。
「あの、ここの住所って必須ですよね……?」
どのように説明していいのか戸惑ったカジュは当たり前のことを聞いてしまう。
「合否通知と入学要綱が届く住所を記入してください。
書きづらいようでしたら直接ここまでご自身で取りに来てもらうことになります」
カウンター越しに待機していた受付の女性は驚く様子もなくそう言った。
プリムラ学園の校風として、【学びたい者には平等な機会を】というものがある。
そのため入試に合格すれば身分や素性は問わない。過去に罪人の息子を入学させたことが問題になったこともあったが、学園側は信念に従ったまでと一蹴した。
「貸してくれ」
横からそのやり取りを見ていたシオンは、カジュからペンを受け取るとサラサラと住所の欄にペンを走らせた。
「あの、シオン、どこの住所を書いているのですか?」
いきなりペンをとられたカジュは驚いてシオンに問いかける。
「宿の住所を書いておいた。取りに来てもいいが遠いしな。
合格発表の日は他の宿泊客に取られないように郵便受け前で待機してろ」
住所の欄を書き終わったシオンは、その下の欄にある特待生の希望の有無の欄にためらいなく希望と書き込む。
「ありがとうございます」
特待生を希望していることをどうして知っているのかと内心戸惑いつつも、全て記入欄が埋まった用紙をシオンから受け取ると女性に手渡した。
「はい、大丈夫です。それではこちらが受験票と入試要項です。よく読んでおいてください。
それでは実力を発揮できますように」
ざっと用紙を確認した女性はそういって笑顔で見送ってくれる。
「住所を書いてくださってありがとうございました。特待生希望と記入したのは……」
外に出てゆっくりと歩きながらカジュは疑問を口にする。
「お前の成績なら狙えると思ったんだ。希望しておいて損はない。」
「狙えますか、特待生」
カジュは足を止めると、振り返ったシオンの顔をまっすぐ見つめて問う。
「……ああ、もちろんお前の頑張り次第だが。あとは当日の試験問題との相性もある」
「そう、ですか」
シオンもまたまっすぐにカジュを見つめて言った。学費免除に惹かれて特待生を狙う入学希望者は多い。合格者のうち上位から順に特待生対象者になるため、とりあえず希望するものもいる。
(なんとなく特待生を希望しているというわけではないな)
不安そうに、しかし、前をまっすぐ見つめたカジュの様子から本気で特待生を目指しているように見えた。
少しの間を置いた後、カジュは口をぎゅっと結んでから言った。
「……私は特待生でなければ入学できないのです」
カジュは目をそらし、眉をゆがめて紺色のスカートをぎゅっと握る。
このまま受験が終わるまで黙っていようかと思ったが、本気で特待生での合格を目指すとなれば授業内容も変わってくるかもしれない。
理由を詮索されるかもしれないが、無償で家庭教師を引き受けてくれたシオンには話すべきだろうと腹をくくった。
(何を聞かれても、泣かないように)
まだ追放の傷は癒えていない。サンビタリアの町の様子を故郷と重ねては、苦しくなっていた。
「そうか、じゃあ頑張らないとな」
シオンは子どもに声をかけるように柔らかく微笑んで言った。
少しずつ傾いている太陽が坂道を橙色に包み込む。周りの大木の葉はサラサラと音を立てて揺れていた。
「理由を……お聞きにならないのですか」
シオンの返答と態度は予想外だった。
「ああ、いつか話したくなるときがあれば話してくれればいい」
その声の優しさに、カジュは一気に泣きたくなった。詮索されて取り繕う覚悟はしていたが、優しくされたときの準備はしていなかった。
「……わかり、ました。ありがとうございます」
泣くまいと必死に目を瞬きしながら、カジュはシオンの横に並んだ。
「帰るか。おばあさまが張り切って夕食を作っているだろう」
帰るという言葉がカジュにはとても温かく、心が少し軽くなった。
それから途中で本屋や雑貨屋の場所を教えながら宿に戻り、三人で夕食を食べた。
おやすみなさいと告げて、シオンが宿を出たのは月が煌々と照らす夜だった。
(苦しそうだったな)
家への帰路につきながら、シオンはカジュとのやり取りを振り返っていた。
カジュに何か事情があることは表情や言動から察していたが、今にも泣きだしそうな彼女から無理やり事情を聞こうとは思わない。
辛いことは口に出せるようになるまで時間がかかる。身の内の悲しみを言葉で吐露するまでには、その苦しい事実をなぞらなければならない。それには悲しみと向き合う覚悟がいる。
「いつか……」
話してくれる日が来るのだろうか。優雅に気丈にふるまう彼女は年齢より大人びて見える。しかし、その悲しみは彼女には大きすぎる何かのように見えた。
巡りあわせも何かの縁だ。力になれるならば力になりたい。
まだ少し肌寒い夜の風がシオンの頬を撫でて静かに町を駆けていく。
家から漏れる灯りは町の灯篭となって闇を照らした。




