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「それで、カジュの実力はどうだったんだい?」
下に降りて食卓で昼食を食べ始めるとロメリアはシオンに聞いた。
4人掛けの丸テーブルに3人が間隔をあけて座ると、少し窮屈である。
テーブルの上には卵とハム、レタスを挟んだパンとフルーツヨーグルトのはちみつ掛け、牛乳が彩り豊かに並べられている。どれも市場に出回っている材料だが、はちみつと牛乳の包装から良いものを使っていることが伺える。
「ああ、概ね問題ない。しっかり取り組めば間に合うんじゃないか」
シオンが食べる手を休めて答える。
「それはよかった! しっかりおやりよ! 私も力になるしさ」
ロメリアは大きくうなずきながらそう言うと、パンを大きくほおばった。
「ああ、それはありがたいな。俺が用事で来られないときはおばあさまが教えてくれるとたすかる。
魔法実技に関しては俺より適任だろうしな」
シオンは同意すると牛乳に手を伸ばし一気に飲み干した。
「魔法以外もさすがにあんたには負けないさ。元教師をなめるんじゃあないよ!」
ロメリアは顎を引いてぎろりとシオンをにらんだ。ロメリアがにらみを効かすとシオンと目元がそっくりである。
「ロメリア様にも教えていただくなんて…それにロメリア様は先生でいらっしゃったのですか?」
少しずつナイフとフォークでパンを食べていたカジュは驚いた顔でロメリアを見た。
「ああ、カジュたちが入ろうとしている学園に光属性を教える教師として務めていたのさ、もう5年以上前の話だがね」
得意げにロメリアは胸を張った。
プリムラ学園は優秀な学校だ。その生徒を教えていたロメリアも相当優秀なのだろう。
「そうだったのですか。そんな方に勉強を見ていただくなんて、相応の対価を払わせてください。
シオン様もです。無償で良いとおっしゃってくださいましたが、時間を割いてくださっているのですから……」
カジュが真面目な顔でそう言うと、ロメリアは口をつんと突き出した。
「そうさね、この優秀な私が勉強を見るんだからねえ、一週間といわず一カ月くらい滞在してくれないと割に合わないねえ」
「入試は一か月後だろう?それまで滞在する予定じゃないのか。
それと、俺への報酬はいいから合格できるように頑張っていただきたい」
シオンは手早く昼食を食べ終えて、疑問を口にした。報酬に関して受け取る気はないようである。
「もしロメリア様がよろしいのならば、ぜひ入試まで泊めさせてください。
滞在費に家庭教師代も上乗せします。シオン様もお心遣いいただきありがとうございます。精一杯努力します」
宿代に上乗せで払うならばロメリアも受け取ってくれるだろう。
カジュは少し身を乗り出して言った。まだパンは二口しか食べられていない。
「延長分はいらないさ、その代わり掃除とか家事を手伝っておくれ」
ロメリアはそういうと手をひらひらとさせた。
「おばあさまは一人だとさみしいようでね。長く居てあげてください」
シオンは腕を組んで半目で答えた。
「さみしいなんて一言も言ってないさね! まったく本当にかわいげがない……」
ロメリアは大きな声でそう反論すると大きくパンに噛みついて最後の一口を食べ終えた。
もぐもぐとわざとらしく大きく咀嚼しているのが拗ねた子供のようである。
「お二人ともありがとうございます。何から何まで…お手伝いも勉強も頑張りますのでよろしくお願いいたします」
カジュはフォークとスプーンを皿に置くと、座ったまま深々とお辞儀をした。
「本当にカジュは礼儀正しいねえ、でももうちょっと気を抜いていいんだからね、まあ会って二日で気を許すのも難しいだろうが。ゆっくりなじんでいっておくれ」
ロメリアの気遣いと温かさがカジュの心に広がった。
「本当にありがとうございます……」
カジュは母親との思い出を頭に浮かべ少し泣きそうだった。
母もカジュが小学院に入ったばかりで、学校になじめず苦労した時にゆっくりなじんでいけばいいと言ってくれたのだった。
「さ、食べな、話させてしまったから食べられてないだろ」
ロメリアはカジュの様子には触れず、昼食の先を促した。
すでにロメリアとシオンは食べ終わっている。
慌ててカジュはパンを食べ始めた。ロメリアもシオンもパンを手づかみで食べていたので、カジュも倣って手で食べることにした。
「それでテストとやらは終わったんだろう? だったら午後は入試の手続きやらをしておいでよ。ついでにカジュに町の案内もしておやり」
カジュが食べ始めるのを確認するとロメリアはシオンのほうに頬杖を打って提案した。
「いや、午後はさっきのテストの復習をだな……」
「カジュの結果もよかったんだろう?ならゆっくり焦らずいこう。大丈夫さ」
ロメリアには教師としての経験がある分、言葉に説得力がある。
シオンも少し考えるそぶりを見せたが了承した。
「……おばあさまがそういうのなら。
カジュ嬢、復習は明日からにして今日は志願を出しに行くのでもいいですか?」
話を聞きながら一生懸命パンをほおばっていたカジュの頬はリスのように丸くなっていた。
いきなり話を振られ驚いたカジュは目も丸くしていたのでリスかミーアキャットのようである。
カジュは恥ずかしかったが、慌ててうなずいた。
「ふっ……そう焦らなくて大丈夫です。急に話しかけて申し訳なかった」
シオンは子どもを見ているような気持になり、思わず目を細めて微笑んだ。その顔は無愛想には見えず、好青年に見える。
カジュは思わず咀嚼することを忘れてシオンを見つめた。
(お兄様の、笑顔に、少し似ている)
カジュには三つ年の離れた兄がいた。王都の高等学院に通っている兄とは会う機会も減っていたが、長期休暇に帰ってくるたびに本を持って帰ってくれる兄がカジュは大好きだった。
(あのことがあってから、ほとんど会えずに出てきてしまったけど……)
カジュはパンをぎゅっと握った。
自分だけやさしい人たちに囲まれて美味しいくご飯を食べていることが申し訳ない気がした。
(ころころとよく表情を変えるもんだ)
頬いっぱいにパンを詰め込み照れたかと思ったら、次は思いつめたようにシオンの顔を見つめ、今はもう元の生真面目そうな顔でパンを食べている。
(ほんとうに、この子は何者なのだろうな)
カジュのことは名前と学力と魔法の属性くらいしか知らない。
これから、同級生として同じ学校に通うならば、もう少しカジュのことを知ってもいいのかもしれないと思った。
「ご馳走様でした。美味しいお食事をありがとうございました」
カジュは胸の前で手を組み食後の祈りを口にすると、立ち上がって食器を片付けていく。
綺麗に食べられた食器は片付けるのにそう時間はかからなかった。




