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「おはようございます、お手伝いします」
カジュは朝食の半刻前に起きて1階の食堂へと来ていた。ロメリアの用意を手伝うためである。食堂は宿の受付の奥にあり、台所も完備されている。
「本当に手伝いに来てくれたのかい!
ありがたいけどゆっくり眠ってくれてよかったのに。昨日は疲れていただろう?」
朝食を用意していたロメリアは手を止めて、驚きながら振り返った。赤いスカートに白の前掛けがふわりと風を受けて揺れる。
「ベッドの寝心地が良くてぐっすり眠ってしまったので、疲れはしっかりと取れました。
少し早起きしてしまったのでお手伝いしようかと思ったのです」
カジュはそう言いながらロメリアの横に立った。昨日とほぼ同じ紺色のワンピースを着たカジュは話さなければ一見貴族には見えない。
「こりゃ驚いた。皿洗いはできなかったけど卵をとくのは上手だね!」
ロメリアに言われた通り卵を割ってといていると、隣でベーコンを焼いていたロメリアから感嘆の声が上がる。
「お菓子作りは得意だったんです。お役に立ててよかった」
洗い物は手が荒れるからとさせて貰えなかったが、お菓子作りは何度も父に願ううちにさせて貰えるようになった。まさか娘が国外に追放されるとは思ってもいなかっただろうが、貴族らしからぬ趣味が彼女の助けとなっている。
天候不良さえなければ作物に困窮することのないカルミア国やクロッカス国ではお菓子などの嗜好品も出回っていた。
そんな会話をしているうちに香ばしい香りのする朝食が出来上がった。
今朝はスクランブルエッグにベーコン、バターロールパンとコーンスープである。男爵家の朝食よりも質素だが、沢山食べる方でないカジュにとってこの量は丁度良い。
「じゃあ食べようかね」
2人で手分けしながら料理の配膳を行い、食前の言葉を口にしてから席に着いてご飯を食べていると店の方からカラン、という鈴の音が鳴った。
誰か来たようだ。
「おっ来たようだ、ちょっと出てくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
ロメリアは席を立つと店の入口へと向かった。
カジュはそのまま朝食を食べていたが、しばらくすると会話する声が途切れロメリアと1人の男性が入ってきた。
(どなたかしら……?)
入ってきた男性は黒色の髪に深い青色の目をしていた。身長はカジュより頭一つ高いくらいで、歳も少し上に見える。腕まくりした白シャツから見える腕はたくましい。力仕事を専門にしているのだろうか。
「紹介するよ、孫のシオンって言うんだ」
ロメリアが満面の笑みを浮かべ目線を男性に向けた。
「シオン・グランデだ。よろしく……?」
シオンと名乗った男性は戸惑いながらもカジュに軽く会釈をした。
「はじめまして。カジュと申します。お会いできて光栄です」
カジュも内心戸惑っていたが、表情には出さずお辞儀をして姿勢を正した。
その言葉遣いと動作から貴族だと思ったのだろう。シオンは背筋を伸ばしスっと手を胸に当てた。
「こちらこそお会いできて嬉しいです」
「2人とも堅苦しい挨拶をするねえ! 歳も近いんだから仲良くおやりよ」
ロメリアは腰に手をあて、シオンとカジュの顔を交互に見ながら言った。
「そうなのか……? いやそれより、なんで俺に合わせたんだ?
宿の客だろう? 俺は魔法道具を持ってきただけのはずだったんだが……」
シオンにとっても予想外の展開だったようだ。青い瞳の奥に訝しげな色が浮かぶ。
「うん? あんたも今年プリムラ学園を受けるんだろう? カジュもプリムラを受けに来ててね。同学になるかもしれないから紹介しようと思ったのさ。
それにあんた勉強得意だろ? 教えておやりよ。カジュは受験についてあまり詳しくないんだ」
ロメリアはカジュの方を目で指しながらシオンに説明する。
「だから昨日急に魔法道具を持ってこいなんて母様に言ったのか……。しかも俺を指名してくるから裏があると思ったんだ」
はあ、と少し呆れたようにシオンは腕を組む。少し伏し目がちになった瞼には黒くて長いまつ毛が揺れている。
「ロメリア様、お気持ちはとても嬉しいのですがシオン様のご都合もございますし、ご迷惑をかけてしまうかもしれません。
教えて頂くにも、お礼できるほどのものも持ち合わせておりませんし……」
カジュは慌てて言う。
たしかに、受験についてほとんど何もしらないカジュに取っては渡りに船であったが、初対面の人に迷惑をかけるのは気が引けた。
そもそも受験するかも決めていないのだ。
「……私でよければお力になりましょう。自分の勉強もほとんど終わっていますし、人に教えるのは復習にも丁度いい。私は学びを深められ、カジュ嬢は受験について分かるのですから報酬は必要ありません」
シオンは真顔のままカジュに言った。睨まれているわけではないのだろうが、人を射抜くような眼力がカジュに向けられる。
(そう言ってくださるのなら……縁があったということで受験してみても……でも滞在費用もかかるし……)
カジュはその視線を気に留めず唇をきゅっと噛んで逡巡した。
シオンは悩んでいるカジュを観察している。
(歳は俺よりも下か……? 立ち居振る舞いを見るとどこかの令嬢のようだが、家名を名乗らなかったな……この国の者ではないのか。グランデ家の名前も知らなかったようだしな……)
クロッカス国とカルミア国では貴族の階級は上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の5つの階級が存在していた。
「じゃあ決まりさね! シオンは人に教えるのが上手いんだよ。きっとカジュの成績も上がるさ」
眉間に眉を寄せてうつむいて考え込むカジュとその姿を鋭い横目で見つめるシオン。2人のピリリとした空気を断ち切るようにロメリアの明るい声が室内に響いた。仁王立ちで腰に手を当てた姿はなぜか自信満々だ。
「それに、カジュと勉強してたらシオンもちょっとは愛想が良くなるだろうよ、全く大人びすぎなんだよあんたは」
やれやれと言ったようにロメリアに見られたシオンはムッとした表情を少しだけ顔に表す。
「余計なお世話だ。必要最低限の会話はしているし、愛想などなくてもやっていける」
一瞬硬い表情が崩れたが、カジュには見えていない。
「お二人とも私のためにありがとうございます。シオン様、未熟で至らぬ点もあると思いますがよろしくお願い致します」
カジュは言い終わると真顔で深々と礼をした。その背筋はピンと伸び、肩の後ろにかかっていた髪がサラリと胸元に移動する。
前で組んだ手には自然と力が入った。
「ああ……よろしく。おばあ様が言うには私は無愛想らしいから、不快な思いをさせてしまうかもしれません。その時は遠慮なく言ってください」
入試についての知識がないカジュを1ヶ月で合格させることは容易ではない。しかし、ここまで丁寧に頼まれると後には引けなかった。
「早速だがカジュ嬢の予定が空いているならすぐに魔法や筆記の実力を見てみたいのですが……」
どう教えるのが一番効率が良いか思案しながら提案する。カジュの実力次第では明日から一日中勉強に付き合わなければならない。
「ありがとうございます。お願い致します」
カジュが予定していた、入試の申し込みと本屋めぐりは明日以降に回すことになりそうだ。
実力テストにどれくらい時間がかかるか分からない。
「お昼ご飯も作っておくからね、頑張りなよ!」
ロメリアはそう言うと2人の背中をバシッと叩いた。




