1-2
宿の説明を受け部屋に案内されたカジュは、持ってきた荷物を整理し、必要最低限の衣服をハンガーにかけた。
夕飯の時刻まではまだ時間がある。着ていた服を脱いで寝間着に着替えると、どっと疲れが押し寄せて思わずベッドに寝転がった。
ベッドの手触りはふかふかでカジュのいた男爵家とさして変わりはない。
(これからどうしようかしら……)
男爵家を離れる前に立てた計画では、この町で魔法を扱う職に就いて生計を立てていくつもりだった。
ここら一体で重宝されている"魔法"は主に薬や戦いの武器として活用されている。魔法を常に供給するためには非常に高度な技術と、膨大な魔力を必要とするため市民生活に定着こそしていなかったが、娯楽などには用いられていた。
(職に就くのは難しくないと思うのだけど……)
魔法を生業にできる者はそう多くはない。生まれ持った素質の有無に加え、裕福な家でなければ十分な魔法教育は受けられないからだ。
(もし……もし、この国で優秀な魔法使いになれたら……何かの形でいつかお父様たちに会えるのかしら……
いえ、だめね、こんな夢をみては)
ふと頭をよぎった家族や執事たちの顔がカジュの胸を締め付ける。もう二度と会えないという気持ちが波のように押し寄せて、息が詰まった。
「そういえば……ロメリアさんがおっしゃっていた学園ってどんなところなんだろう。学費を払う余裕はないから通えないけど……」
苦しい気持ちを振り払うようにカジュはロメリアに貰ったパンフレットを手に取る。一度は冊子を受け取ることを断ったものの、数年前のパンフレットのほうが見やすいからといくつか冊子を渡されたのだ。
「魔法実践学科、魔法研究学科、魔法歴史研究科……」
冊子の興味がある部分だけ読み進めていくと魔法研究科のページで手が止まった。そこには学生が実験道具を片手に魔法の実践を行っていた。どの学生の表情も真剣である。
「ここなら私の知らないことも学べるのね」
ため息交じりにつぶやいたカジュは、そこで読むのを止めた。通ってみたかったという思いで胸がいっぱいになることに耐えられなかった。
「夕食が始まるまで眠ってしまおう……」
カジュはそうつぶやくと布団をかけることも忘れて、すぐに意識を手放した。
夢も見ないほどぐっすりと眠っていたカジュはロメリアがドアを叩く音で目が覚めた。
「おーい、ご飯が冷めてしまうよ! 降りといで! 」
「……ん…………えっ……もう夕食!? すぐに行きます!」
カジュは急いで起き上がると、寝癖が付いた薄紫の髪を手櫛で整えて、小走りで一階へと降りた。
木造の階段を踏むたびに、ぎしっと音を立てる。
宿は店と同じ濃い茶色の木を基調としており、重厚感がある。
築年数は経過しているものの、古臭い感じはしない。ロメリアが掃除を隅々まで行っているからだろう。
(あの家もいつもきれいに掃除されていたわ。侍女たちのおかげね)
目に映るもの一つ一つにチューリ家を思い出してしまう。この癖も時間と共に薄れるのであろうか。
一階に降りると、先ほど店として使われていた場所の奥に小さな食堂があった。食堂には調理台と4人掛けの丸テーブルがあり、窓からは夜の暗さがうかがえる。
「眠ってたのかい? 疲れてたんだねえ、腹ごしらえしてからゆっくり眠りな」
気遣うようなロメリアの声と共に温かいスープとパン、シチューが運ばれてくる。
「ええ、ぐっすり眠ってしまって……ごめんなさい、食事を用意するお手伝いができなくて……」
「いいのいいの! お客様なんだから私に任しときな。しばらく客はカジュだけだしさ」
ロメリアの優しさに感謝しながらシチューをパンに浸して食べると、ふわっと濃いミルクと香ばしい鶏肉の香りが広がった。
「美味しい……!」
思わず口に出すとロメリアは照れくさそうに笑いながら、おかわりもあるからねと言ってくれる。男爵家ではマナーに気を遣う堅苦しいご飯が多かったため、マナーをあまり気にせずご飯の味を楽しめるのはありがたかった。
「それで、カジュは学園への出願は終わっているのかい?」
急に学園入試のことを聞かれ、カジュはご飯を食べている手を止めた。
(そうだった……入試で来ていることにしていたんだったわ)
「ええと、実はまだ出願していないのです。家の者に反対されていたものですから、反抗同然に家を飛び出してきてしまって……」
苦し紛れに聞こえただろうかと心配しながらも、精一杯の嘘をつく。
「そうなのかい!? それじゃ、きちんと家の方に連絡を取ったほうがいいね! 心配しているんじゃないかい?」
ロメリアは大きな声をだしてきりりとたくましい眉を寄せる。
「明日手紙を出すつもりです。入試を受けに来ていることは置き手紙に記しているので大丈夫だとは思うのですが……」
カジュは俯いて目を泳がせた。
街の郵便局に行けば専属の魔法使いが風を操って手紙を指定された場所の最寄りの郵便局まで届けてくれる仕組みになっている。
「そもそも家族は私が合格できるとは考えていないと思うのです。
それに……受かっても学費を払って貰えるかどうか……」
カジュはスカートをぎゅっと握りしめる。光沢のあるしっかりとした生地にはしわはつかない。
「ああ、プリムラ学園に入るのは難しいからね。ご家族の怪訝も間違っちゃいない。
知っているかもしれないが、あそこは国内でも有数の魔法学校で、しかも授業料免除の特待生制度があるから倍率が高いのさ。
カジュも特待生として受かれば授業料や寮費を払わなくてもいいけどね」
その話を聞いたカジュは無意識に頬を少し紅潮させた。
(特待生……! そうか、その制度を利用すれば私も通えるかもしれないわ)
魔法について学べるかもしれないという期待が鼓動を早くする。
「ロメリアさん、美味しい夕食と情報をありがとうございます。私、特待生で受かるように挑戦してみます。特待生ならばきっと父を納得させられると思うのです」
カジュはそう言うと残りの夕食を食べ始めた。もっと詳しいことを確認して、受験するならば明日から勉強をしなければならない。やることは山積みだ。一刻も早く体を休めたかった。
急いでご飯を食べるカジュを見つめながら、ロメリアは考えた。
(さあ、受かるかね。この子の実力が分からないからね。ただでさえ倍率が高いのに、特待生を今から狙って間に合うのか)
うわの空でそんなことを考えていたロメリアの耳に遠慮がちな声が届く。
「あの、お代わりをいただいてよろしいですか? ご飯がとてもおいしくて……」
少し恥ずかしそうにお代わりを要求するカジュを見てロメリアは大きな声で笑った。
「もちろんだよ! お腹がすくのはいいことだ。たんと食べて明日からに備えな!」




