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「試験お疲れ様!」
顔なじみの店の人も増え、商店の前を通る度に大きな声で呼び止められる。
「ありがとうございます! また買いに来ますね!」
そう笑顔で告げながら、カジュは宿を目指した。まだシオンはいるだろうかと考えていると、宿のすぐそばまで来たところでシオンの姿を見つけた。
「シオン!」
思わず大きな声で呼びかける。シオンは少し驚いたような顔をしたが、カジュの姿を見つけると急ぎ足で向かってきた。
「そんなに急いでどうしたんだ」
「まだ、宿に、シオンが、いるかなって、思って……」
カジュは肩を揺らして息を切らしながら、膝に手をついて途切れ途切れに言った。肩から掛けた小さなカバンが今にも落ちそうだ。
「まずは息を整えろ、水を取ってこようか?」
シオンは少しおろおろとしながら、カジュの顔を覗き込んだ。
飲み水は水魔法でろ過された川の水を商店で買うのが一般的だ。水を出すだけの魔法なら使えるものも多いが、ろ過となると中級魔法が必要だった。
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
汗で張り付いた横の髪を耳にかけると、カジュは笑顔で言った。
滴となった汗はきらきらと彼女の髪を伝う。
「これを渡そうと思ったんです。気持ちばかりですが……本当に一カ月間ありがとうございました。いつか改めてお礼をさせてくださいね」
カジュがカバンから取り出したのは先ほど買った栞だった。かわいらしくラッピングされた栞は、外からはどの柄かわからない。
店の店員はリボンの色によって中身が分かるようにしてくれていたが、急いでいたカジュはうろ覚えである。
たしか一番手前にいれたのが鈴蘭の栞だ。カジュは一番手前にあった小さな袋をシオンに渡した。
「それを先ほど買おうとしていたのか?ありがとう。開けても?」
「ええ、もちろんです。」
シオンが小さなリボンをほどいて袋の中から取り出したのは、アネモネの刺繍が入った栞だった。
「あっ」
小さく声を出したカジュだったが、シオンは気づいていない。
(間違えてしまったわ……どうしよう。アネモネはシオンにはかわいすぎる……)
店に置いてあったラッピング見本が可愛かったため、つい自分の分もラッピングしてもらったことが仇になった。
「かわいいな」
(ほら、やっぱり!)
急いで訂正をしようとカジュが口を開きかけた時だった。
「この薄紫の花はカジュの髪の色と同じだな。綺麗だ」
アネモネの栞には赤と薄紫の花が刺繍してあった。カジュも栞を見つけた時は自分の髪色と同じだと思い、嬉しくなって買ってしまったのだ。
まさかそれを言われるとは。
「ちょっとかわいすぎるかなと……思ったのですが……」
なんだか恥ずかしくなったカジュはすっかり訂正するのを忘れて、うつむきがちにつぶやいた。
「いや、たしかに俺はこういう鮮やかな花柄の物は持っていないが、嫌いじゃない。
鮮やかな小物はそれだけで気分を上げてくれる」
カジュがそっと顔を上げると、シオンは穏やかに微笑んで栞を見ていた。
シオンの顔を見ていると、このままアネモネの栞を渡してもいいかと思えてくる。
(ちょっと恥ずかしいけれど)
そんなカジュの様子に気が付いていないシオンはまだ嬉しそうに栞を見ている。
よほどアネモネが気に入ったらしい。
「ありがとうな。大切にする」
「こちらこそ本当にありがとうございました。結果がどうであれ、やり切ったから悔いはありません。あとは天命を待ちます」
試験の結果は三日後に郵送で送られてくるはずだった。
フォンでの合格発表も多い時代に、手紙一本に絞っているのは、フォンを持てない階級の人を考慮してとのことだ。
「ああ、お互い受かっていることを願うよ。とりあえずこの三日はゆっくり休んでくれ」
「はい、シオンも」
「じゃあ、また」
シオンはそういうと、軽く手を振り大通りのほうへと歩いて行く。
カジュはその背中に深く礼をした。彼に会えていなかったら、入試を受けることをあきらめていたかもしれない。
入試申し込みに行った日、何も聞かずにいてくれたことへの感謝も、いつか自分の事情と一緒に話したい。そのためにもここで道が絶たれることは避けたかった。
「どうか、受かっていますように」
日暮れが近づいた町に向かってカジュは小さくつぶやいた。
鈴蘭もアネモネも大好きです。
趣味の一つである刺繍で、いつか縫ってみたいものです。




