アンジェロという男
アンジェロは忙しい男だ。
コールはすでに十回を数えたが、不在であるとはかぎらない。
私はもう少しだけ粘ることを決めて、最悪の事態を避けることに成功した。
『誰だ?』
「ジャスティス」
『だと思ったよ』
この回線を利用できる奴は、私を含めても片手の指で足りるだろう。
「ひさしぶりだな、アンジェロ。私を十七回も待たせるとは、あいかわらず忙しいようだ」
『まあな』
「仕事か?」
『仕事に時間をとられるほど落ちぶれちゃいないさ』
相変わらず、味方となれば頼もしい男だ。
「新しい趣味でも見つけたのか?』
『このまえ拾ってきたヘビに、お手を仕込んでいたところだ』
「そうか。私の知っているヘビかどうか気になるところではあるが、話を先にすすめたい」
『世間話ではないんだろうな』
「当然、仕事の依頼だ。かなりヘヴィな案件だと理解している」
ヘビィすぎて、アンジェロ以外にはどうにもならない。
『ジャスティスにしては弱気な発言だ。いったい何メートル級なのか、興味が湧くな」
「いまはまだ波立ってはいないが、放置しておけば、相当なビッグウェーブになる可能性はある」
『大海の主の影をみた、ってところか』
どうやら、アンジェロの思考はヘビに傾きすぎているらしい。
『どうしたジャスティス、なにをにょろにょろと迷ってやがる』
「そんな迷い方はしない」
『ああ、すまない。いまのは目の前のジャスティスに言ったんだ』
ヘビの相手をしながら話をしているのか。
「私のコードネームをペットに与えたのか?」
『冷血なところが似合いだろう? 譲ってくれたら、交渉が捗ることを約束しよう』
「断りづらい提案をするな」
くっくっと笑っているが、100人いたら99人は冗談とおもうことを実行する男だ。コードネームの変更にともなうメリットとデメリットを秤にかけてしまう。
「とりあえず、依頼内容を伝える。交渉はそのあとだ」
絶対に侵入不可能とされた研究施設に、何者かが侵入を果たした。そいつは実験動物を一体捕獲したうえ、正体をさらすことなく無事に脱出したらしい。これまでに判明したことは、経路として下水道を利用したことだけ。目的さえも掴ませない。
「損害自体は軽微なものだが、あの施設に侵入できるとなれば、ほかの施設など容易く突破されてしまう。あまりにも危険な存在だ」
『奇遇だな』
「そうだ、アンジェロ。お前と同等レベルの能力をもった敵がいる。なんとしてでも見つけ出して、正体を暴かねばならない」
『奇遇といったのは、下水道ってところだ』
下水道?
さすがに話がみえない。
私はアンジェロの言葉を待った。
『この前、俺も下水道にもぐった』
なんとなくわかってしまったが、理性がそれを否定する。
アンジェロに煮え湯を飲まされつづけた敵対国家が、彼に仕事を依頼するとはおもえない。
アンジェロには研究施設に侵入する理由がない。
「……なぜ?」
『数週間前、自身の哲学などをまとめて、本でも作ろうかと思いたった』
「ほう、それで?」
『いろいろと書き連ねて思ったんだが、やはりどこかに星占いは必須だろう?』
「雑誌かよ」
くそっ、ペースが乱される。
『俺は占いも趣味の範疇だ。当然、自分で占ってみた。おうし座から順番にな。するとどうだ、かに座の出会いは下水道にあるという結果がでた』
「最悪のインスピレーションだな」
『行ってみるしかないだろう? そして俺は下水道を突き進み、妙にきれいな場所にたどり着き、にょろにょろしているジャスティスをみつけた。おそらくこいつが、新たな出会いの懸け橋となるはずだ』
オーケー、落ち着こうか。
はじめから敵などいなかった。
悪くない展開であることは間違いない。
『ジャスティス、お手』
「やかましい!!」
このあと散々に文句を言ってやったが、アンジェロは反省を知らない男だ。しばらくして、私のプライベートルームの机のうえに、見知らぬ冊子が置かれていた。