1 ああもう、この人がいるせいで。
「ふ、フリ……?いえ、借金とは……」
私は困惑して聞き返さずにはいられませんでした。
確かに、今演じているのは貧乏で実家の再興の為に借金をしているメイドという設定ですが、そんなこと王子が知っている筈がありません。
なにせ、来る途中に考えた設定ですから。
そんな感情が面に出ていたのでしょうか?
王子はニコと、人の良さそうでとても悪どいことを考えている商人のような顔で、私の顔を覗きこみました。
……どうでもいいですが、何で腕に力を強めるのです?
「さっき八百屋さんと話しているのを聞いてしまいまして。弟も妹も飢えているのでしょう?」
ああ、さっき少し値引きしてもらいたくて、同情を誘ったのでした。
大丈夫、あの八百屋さんはかなり吹っ掛けてくるから譲ってもらってもバチは当たらない! と思ったのが神様には見透かされていたのでしょうか。
まさかこんな形で返ってくるなんて……。
ごめんなさい。神様。これからは手加減しますわ。
神様に祈るポーズをしようとしましたが、抱き抱えられているので手を合わせられなかった。
「……」
――手加減しますのでこの距離感を戻して!
意識しないようにしていたのですが、もう限界です。
距離が近い。
というか抱き抱えられている時点でアウトなのに、もっと詰められたら流石に耐えられません。
いや、まず何で抱えられているのです!?
受け止めたら自然と離すのが礼儀というものでしょう!
王子の妙に近い胸板を押すと王子は面白そうに力を込めてきました。
な ん で あ な た は そ ん な に ス キ ン シ ッ プ が ち か い の で す !
いつもは、というか社交界では紳士すぎると評判でしょう!
下町ではいつもその距離感なのです?
実は浮浪者だったのですか?? それならもっとバレないよう工夫するでしょうに!
見る人が見ればまるわかりですよ。
後キラキラを仕舞いなさい。目がつぶれる。
キッと睨み付けると王子はまたも楽しそうに笑う。
え……もしかしてそういうご趣味が……。
いえ、ごほん、何でもありませんわ。
それより、ともう距離は関係せずに話を始めました。
気にしたら敗けなのです!
「貴方には関係がありません。恋人のフリ、とはからかっているのですか?
私はお貴族様の御相手なんて勤まりません。次いでに捨てられるのもイヤです。ナンパはお断りです」
少し畏まった、毅然とした態度で告げる。
その声もすっかり大人っぽくして、青のストレートの髪(鬘)をフンとそっぽを向いて揺らします。
男の人、特に身分の高い人はお高く留まった系の女性が苦手なはず。
これで諦める、はずなのです。
「抱えられてたまま大人びられても説得力がないのだが」
全力で目をそらしていたところに突っ込みやがって!
……おっと汚い言葉が。失礼致しましたわ。
「誰のせいだと思っているのです! ……こほ、降ろして下さい!! ……こほ」
語尾に『の』とか『ませ』とかお嬢様言葉をつけそうになって慌てて口をつぐむ。
いつもは何を言われてもこんなふうになることは無いのに。
ああ、もうこの人がいるせいで。
ご視聴ありがとうございます。