プロローグ 本当に、何故こうなったのでしょう
「私の恋人になってくださいませんか?」
一侯爵令嬢が王子様に告白されました。
侯爵令嬢は王子様に恋をしており、王子様も引かれていて、更に王家の権力やら家の立ち位置やら色々と大人の事情も重なって緑豊かな癒される別荘地でデート、からのプロポーズ!
それから色々な困難もありましたが、無事結ばれ幸せな新婚生活を手にいれました。
――なんて。
確かにロマンチックですが、まあ何処にでもある話。
それはわかるのです。
それなら潔く受け止めるのです。
ですが私は言いたい。どうしてこうなった?
***
事の起こりは今から十分ほど前……いえ、家から抜け出したことも含めると二、三時間ほど前になるのでしょうか?
私は侯爵邸から皆には内緒でメイド服を着て、王都の下町に向かいました。
侯爵令嬢の私が何故そんなことをしているのか。
それは一重に私の趣味にあります。
私はまだ少女の頃、とある劇場に家族で劇を観に行き、役者さん方の演技に魅入ってしまったのです。
――まるでその人物の人生をそのまま歩んできたよう!
その悲しみの表現力、生き生きとした動作、即興としか思えない笑い声。
まるでその人物が乗り移ったかのような演技に私は心を撃ち抜かれました。
それから私は演技の練習をするようになりました。
最初はお母様とのおままごとから。
そして段々使用人の演技、美しい令嬢の演技、商人に庶民、弧児院の子供に騎士の見習い――演技する幅がコネと共に広がり、私はどんどん演技にのめり込んでいきました。
コネもお金もあるのに劇団に入らなかったのは、まぁ私が令嬢だからというのもありますが。
実際に現場の人たちを見て、感じて、感覚を共有する方がずっと臨場感がでるかと思ったからです。
実際私の演技はなかなかのものだと思うのですよ?
まあ、それは兎も角、私は下町に来ていました。
肉屋さんを求めて歩いていると、急に腕をがっと掴まれて路地に引き込まれます。
思いがけず来た衝撃にパチクリと目を瞬かせ辺りを伺うと、そこには下卑た笑みを浮かべた男と縛られた男の人(何故かキラキラ光を纏ってます)が佇んでいました。
顔が良い人って薄汚れて転がされてても“佇む”って表現になるんですね。
状況に似合わずほう、と息をついてしまいました。
それはさておき、面倒事の匂いがぷんぷんしたのでとりあえず腕を掴んでいる男を色々な原理で投げます。(てこ? とか先生に教えてもらったけれど、感覚派と言われた私には分からないですね!)
そして、もう一人の方には足と腕に一本ナイフを刺し、止めに喉元に突きつけて失神させてから、その無駄にキラキラした男の人を表通りに放り出しました。
(高貴な身分特有の衣装を纏った方ですから、置いておけば勝手に護衛か誰かが見つけるでしょう、たぶん)
そう思い立ち去ろうとすると、「待って」と低く甘い声色で呼び止められました。面倒事に巻き込むなと眉を寄せながらも嫌々振り向くと、そこに助けた茶色の髪の人はいませんでした。
そして、それの代わり? に手首をさすりながらニコと微笑む金髪の人が佇んでいます。
イケメン2ですね。
まぁ、髪の色違うだけで同じ顔なので、どうにかして髪の色を変えたか戻したかしたんでしょうけど。
というかこの人見たことがあるような……と私は首をかしげます。
うーん、こんなイケメン一度見たら忘れないと思うのですが?
なんか心の奥にストッパーが掛かっているみたいですね。
気にしたら負けかもしれません。
そのキラキラオーラを放った得体のしれないイケメンは、私の怪訝そうな顔が見えなかったのか、無視したのか。
キラキラオーラをその光で発電ができそうなほど最大限に高め、私の手を取りました。
そのまま軽く持ち上げ、儀礼的に手の甲にキスをする――と思いきや手首へ唇を持っていき、ふわと口づけて悪戯気に此方を見つめます。
「私の恋人になってくださいませんか?」
………は?
この人は何をいっているのでしょう?
囚われた(?)ショックで少し頭のネジが飛んでいってしまったのでしょうか。
会った瞬間、しかもこの状況で告白なんて正気の沙汰ではありません。
というかそのキラキラ止めてくれませんかね?
どこの王子様ですか。
こんなオーラ出すなんて貴族でも早々いませんよ。
それこそ第一王子くらいしか――
……ん?
私は思い当たった可能性に愕然としました。
慌てて首を心の中で振ります。
そんなことはあり得ないはずなのです。
例え顔かたちが同じでも、万人を虜にする蕩けるような声色に聞き覚えがあっても、他人のそら似に決まってます。
あってはいけないのです。
だってその為に私が王子の第一序列婚約候補者にも関わらず避けてきていたではありませんか。
こんな運命の悪戯、赦してはならないのです。
どうか、神様。
間違いと言ってください。
ああ、でもなんということでしょう。
サラリとした柔らかそうな金髪も、澄み渡った空色に、海の深みが加わったような綺麗な蒼も、遺伝子が奇跡的に合わさって出来た顔立ちも。
世の中に三人と似通った顔の人が居るとしても、ここまで美しい人は二人といないでしょう。
見れば見るほどこの人が第一王子だという確信がもて、余りの動揺に思わずふらりと倒れそうになりました。
知ってました?
人間、処理しきれないことが起こると頭に血がのぼって、目眩がするんですよ。
こう、唇が白くなっていく感覚がしてとても気持ち悪いですね。
卒倒するお嬢様ってどんなだ笑、とか思ってましたが、これからは止めましょう。
これ、ガチで気持悪い。
「おっと」
それをすっと流れるような動作で王子が受け止めました。
倒れて擦り傷でも作ろうもんならシャレになりませんから、ここは素直に感謝ですね。
まぁ、その原因は彼ですけど。
私の身体を支えたままの王子の顔を見つめます。
今まで避けてきた人といきなり顔を合わせるって、なかなかの精神力がいりますよね。
突き飛ばしてしまわないように気をつけないと。
息を軽く吸って礼を言おうとし、そこでふと、重大な事実に気が付きました。
すなわち――
私メイド姿ですよね?
王子様、普通は平民恋人にしちゃだめですよね?
なにしてんだこの第一王位継承者。
そんな私に更に追い討ちをかけるように王子は支えていた手をワンピースで包まれた足に回し、私を抱きかかえて耳元で囁きました。
「いいでしょう?」
ビクと身体が揺れます。
その反応に、それはそれは嬉しそうに甘い声で王子は言いました。
「貴女の借金を肩代わりしてあげるので、私の恋人のフリをしてください。」
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