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第7話 脅威

更新頻度が不規則になってきてしまっていますが、まだ頑張ります。

来週から仕事が忙しくなってくるので、なかなか更新できないかもしれませんが、ご了承ください。

 リーナが暮らす『アルザック村』は人口30人ほどの小さな村であり、リーナと同年代の子供は他にいなかった。最も年の近い少年でも12歳であり、農業の盛んな村の中では立派な労働力として忙しく働いている。当然、父親も母親も同様だ。

 そのためリーナは遊び相手に飢えていた。ある日はウサギを追いかけ、またある日は鳥に語りかけてみるものの、やはり人間と遊びたいという気持ちは強い。だからこそ、アレクセイを見つけた瞬間、思わず手を振ってしまった。父には普段から「知らない人についていってはいけないよ」と言われてのだが、瞬間的に頭から飛んでしまっていた。

 

 結果として、リーナは得難い友人を得ることができたのだ。



 リーナと出会ってから、アレクセイはよく彼女と遊ぶようになった。というのも、会う度にリーナが「次はいつ遊べるの」と聞いてくるため、自然と次に遊ぶ約束をすることになってしまったからである。本音では魔法の研究に没頭したいアレクセイだったが、「遊ばない」と言うとリーナが泣きそうな顔をするため、いまいち強く出ることができずにいた。

 アレクセイにしてみれば、リーナの相手をすることは子守をするような感覚であったが、リーナからすれば初めてできた年の近い友人であり、一つ年上のお兄ちゃんのような感覚であった。

 

 今日も、そうしてリーナの相手をする感覚で村近くの森へと遊びに来ていた。


「きょうはなにしてあそぶの?」

「そうだなぁ、かくれんぼなんかどうだい?」

「かくれんぼってなに?」

「かくれんぼはね、1人が鬼になってそれ以外の人がどこかに隠れるんだ。鬼が全員見つけたら鬼の勝ち。見つからなかったらその人の勝ちさ。」

「それやる!」

「よし、そしたら、僕が鬼をやろう。リーナは隠れるんだ。」

「どこにいってもいいの?」

「あー、じゃあ、あそこの川を超えるか、向こうの道を超えるのはダメってことにしよう。」

「わかった!」


 アレクセイは目を閉じて数を数え始めた。リーナは勢いよく走り出すと、木陰に身を隠す。


 10まで数えたところで「もーいーかい」と訪ねてみるが、返事はない。


 ーーあぁ、そういやこういうところは教えてなかったな。ーー


 探し始めようと目を開けた瞬間、リーナの着ていたスカートの裾が木陰から飛び出しているのを見つけた。あまりにも理想的な頭隠して尻隠さず状態に吹き出しそうになったが、精神の力でそれを抑えつけ「どこにいるのかな〜?」などとうそぶいた。


 3分ほど探し回るフリをしてから、おもむろに木陰に向かって指をさし「リーナ見つけた!」と叫ぶ。それだけのことで何が面白かったのか、リーナはキャッキャと笑いながら木陰から飛びだし、アレクセイに飛びついてきた。


「みつかっちゃたー!」


 見つかることすら楽しいのだろう。そんなリーナの笑顔を見るたびに、アレクセイは温かい気持ちになった。


「よし、次は僕が隠れる番だな。本気で行くぞ!」

「わたしおにだね!よーし、みつけるぞー。」


 先程アレクセイがしたように、目をつぶって数を数え始めた。リーナは飲み込みが早く、割とどんな遊びでも実演してやればすぐにやり方を覚える。アレクセイがリーナの相手をしても辛く感じないのは、肉体年齢が近いせいもあるだろうが、リーナの頭の良さによるところも大きかった。


 隠れる場所を探してアレクセイが動き始めるとすぐに、大きな木のウロを見つけることができた。穴の位置が低く、這っていけば入ることができるだろう。


 ーーさすがにかくれんぼ初心者のリーナには難しいか?ーー


 少し逡巡したあと、結局ウロの中に隠れることにした。

 中は思った以上に広く、ちょっとした秘密基地のようだ。

 半畳ほどの広さがあり、5歳の身体にはちょうど良い広さの空間は、上を見上げれば木の葉の間から微かに青空が見える。

 遠くからリーナの声がする。「もーいーかい」と言ったように聞こえた。

 リーナが知るわけもない「もーいーよ」の返答をしたが、木々が声を吸い込んでしまったかのような錯覚を覚える。

 

 少し不安を感じつつも、リーナにかくれんぼの奥深さを教えてやるのだと自分を誤魔化した。

 

 5分ほど経過しただろうか。近くにリーナの足音が近づくのを感じたアレクセイは、必死に息をひそめる。物音を立てずに、自分の存在を隠しながら待っていると、足音は遠のいていった。


 ほっと息をついてからふと、何を熱くなっているのかと冷静な自分が顔を出す。思った以上にかくれんぼを楽しんでしまいなんだか恥ずかしい。


 それから10分ほど経ったが一向に見つかる気配がない。

 何度か近くを通る足音は聞こえるものの、やはりウロの存在に気付いていないようだ。


「そろそろ出て行こうかなぁ。」


 そう呟いた瞬間、遠くで甲高い悲鳴が聞こえた。


 大急ぎで穴から這い出ると、周囲を確認する。見える範囲にリーナの姿はない。

 額を汗が流れる。


 ーー失敗した!どうして森の中で目を離すようなことをしたんだ!ーー


 何かがあってからでは遅い。そんなことはわかりきっていたはずだ。自分の中にある甘さに嫌気がさす。


 ーーダメだ、焦っても仕方がない。落ち着け、落ち着け、落ち着け!ーー


 微かに、遠くでリーナの声が上がった気がした。


 わずかな可能性だが、すがるしかない。アレクセイは声の方へと駆け出していった。



 息が切れるほど走ったのはいつぶりだろうか。一心不乱に駆け抜けた先にリーナの姿を見つけることができた。


 声をかけようとしてもう1人の存在に気づいた。いや、もう1人と表現するのは適切ではない。もう一匹を見つけた。そこにはリーナのすぐそばで不気味に甲高い笑い声をあげる魔物の姿があったのだ。


 ゴブリンと呼ばれるその魔物は薄汚い腰布を身にまとい、手には50センチほどの棍棒を握りしめている。その出で立ちは漫画やゲームに登場するゴブリンのそれであり、だからこそ嫌に現実感のない存在が目の前にいる事に戸惑いを隠すことができなかった。


 これまでこちらの世界に来てから触れた知識の中で、半信半疑であったものが魔物の存在だった複数の本にはその存在が書かれていたが、少なくともアレクセイの記憶やライナス、シンシアなど周りの人間からその話題が出ることは無かった。


 本曰く、魔物とは魔力を備えた生物であり、強力な力を有するものもいるらしい。

 決して無視できない存在ではあるものの、外を出歩く我が子に対して魔物に対する注意がされていないという事実は、魔物がそれほど一般的な存在ではないことの証明なのだと思っていた。


 ーーなんだよ、こんなに簡単に襲われるならもっと早く教えといてくれよ!ーー


 思い浮かぶのは両親への文句ばかりであり、肝心な今の状況に対する理解に及ばない。


 こちらに気づくこともなく、ゴブリンはリーナの周りを歩き回り、時折ケタケタと笑い声を上げている。知性のカケラも感じさせないその行動がアレクセイの嫌悪感を刺激する。


 次の瞬間、おもむろにゴブリンは棍棒を振りかぶった。

 その行動の意味するところを認識したと同時、アレクセイの意識が沸騰した。


「やめろー!!」


 無意識のうちに声が出た。


 ゴブリンの意識がアレクセイへと移る。新たな人間の存在を認識したゴブリンがどんな行動に出るのか、そんな事を考える余裕すらなく、アレクセイは魔法を発動させた。


 手のひらに集めた魔力が今までにないほど高速で集中していくのを感じる。

 極限まで意識を集中しているせいか時間の流れがやけに遅く、頭は不自然なほどにクリアで気持ちが悪い。


 魔力を風魔法に変換しようとして、はたと気づく。


 ーーエアインパクトじゃリーナを傷つけてしまう! ーー


 まだ魔法の操作にそこまでの自信がないアレクセイは、目に見えない風をあやつるエアインパクトを的確に小鬼にのみ当てられるかわからなかった。


 ゴブリンの表情が笑顔に歪む。わずかばかりの知性があるためか、自分の圧倒的な有利性を自覚したのであろう。発動されるはずの魔法が行使されない事を察したゴブリンは再び意識をリーナへと向けた。


 ーーなにか違う魔法が、そう、あのゴブリンの動きを止められるような、そんな魔法が…!ーー


 頭の中で相模雄二としての記憶を掘り返す。魔法に憧れ、魔法を研究し、魔法を夢見続けた自分ならば。


 そうして閃いた魔法を具現化しようと、イメージをしていく。


 ゴブリンの棍棒が頭上で静止した状態から振り下ろされようとしている。そんな光景を目の当たりにしながら、それでもなおこの状況を打開するためのイメージを…。


 唐突に閃いたのは、氷の魔法。相手を凍らせ、動きを止める。氷魔法が高等技術であることなど知る由もないアレクセイは、しかしはっきりとそのイメージを固めていった。


 高められた魔力が冷気へと変換されていく。


 不思議と、不可能だとは感じなかった。


 叫ぶように放たれた呪文。


「フリーズアウト!!」


 果たして、それは正しい呪文だったのか。アレクセイにとってはただがむしゃらに魔法を発動しただけであったにもかかわらず、目の前のゴブリンが動きを止め、倒れ伏したリーナが体を起こし泣き出している。大きな声で、元気そうに泣き出すその姿を見て、安堵したアレクセイはその場に崩れ落ちた。


 意識はある。しかし、激しい疲労感が体を襲っている。体のどこかに穴が空いて、魔力や体力が漏れ出しているかのようだった。


 駆け寄ってきたリーナに抱きつかれ、ただでさえ座っているのがやっとという状態のアレクセイはその場に大の字に倒れた。

 

「ごめんなリーナ、怖い思いをさせちゃったな。」

「こわかったの、こわかったの!!」


 しきりに怖かったと繰り返すリーナの頭を撫でる。倒れながらのため全く格好はつかないが、それでも構わなかった。


「リーナが無事でよかった。本当に、本当に良かった。」


 泣き続けるリーナの頭を撫でながら、もう二度と危ない目に合わせてはいけないと、心に深く誓ったアレクセイであった。




 リーナを村まで送り届けた後、自分の体調が少し回復している事に気付いたアレクセイは、速度を上げながら屋敷を目指す。魔物の出現を一刻も早くライナスに伝えなければならない。


 屋敷に入るとちょうどライナスの姿が見えた。


「お父様、お話があります。」

「おぉアレク、どうした?」

「アルザック村の北にある森をご存知ですか?」

「知っているとも。」

「あの森にゴブリンが出現しました。」

「なに!それは本当か!」


 ライナスの驚いた様子から、やはり魔物の出現はなんらかの異常事態であることがわかる。


「はい、先程森の中で遭遇しました。魔法で倒しはしましたが、死体は森の中に放置してきてしまいました。」

「そうか。いや、お前に大事がなくて良かった。しかし、魔法で魔物を倒すとは…。」

「…まずかったですか?」

「いや、逆だ。よく倒すことができたな。まぁ、先日のエアインパクトの威力を考えれば納得できるが…。」


 父の言葉を聞いて、氷の魔法を使って倒したことは知られない方が良いだろうと考えた。

 

 ーーしかし、今のセリフには違和感があるな…。まるで、魔法で魔物を倒すのが難しいみたいだーー


 そこまで考えて、そんな違和感を端に追いやった。それよりも大切な事を思い出す。現実的な問題について話を進めねばならない。


「魔物の出現は、それほど頻繁に起こる事なのでしょうか?」

「いや、そんな事はない。いくらリンディーが辺境の地だとはいえ、魔物が出現するなどそうそうある事ではない。それも、ゴブリンが出るなど…。」

「ゴブリンはそれほど珍しい魔物なのですか?」

「いや、魔物としては有名な方だろう。特別力が強い魔物というわけでもない。だが、高い繁殖力と病気を蔓延させるという言い伝えのため嫌悪されることの多い魔物だ。」

「なるほど。では、僕が見た一体だけではないかもしれませんね。」

「ああ、これは対策を立てた方が良さそうだ。」


 真剣な表情で話を続けるライナスの顔に、5歳の息子の言うことだから、などという甘さは全く感じられなかった。それどころか、話が終わってからの迅速な行動にアレクセイは驚かされた。

 ライナスが有能な貴族であることがこの対応からよく分かる。


 その日のうちに討伐部隊が結成され、森へと派遣された。本来、夜闇の中森へと入る事は大変な危険を伴うため、よほどのことがない限り行われない。しかし、今回の出来事がそのよほどの状況である事をあらわしていた。


 翌日の夕方。森から戻った討伐部隊は、アレクセイが倒したと見られるゴブリンの死体を持ち帰り、それ以上の魔物は見つけられなかったと報告した。


 安堵の表情を浮かべたライナスは、捜索を打ち切る事を告げ、討伐部隊を解散したのだった。



 討伐部隊が報告を終え解散していく姿を見送ると、それまで屋敷の中に張り詰めていた緊張の糸が緩んだように感じられた。険しい表情を浮かべていたライナスは一安心と言った様子で、シンシアも笑顔を浮かべている。


 そんな中で1人、アレクセイだけは人知れず険しい表情を続けていた。

 

 アレクセイは自分の認識の甘さを悔いていた。異世界に転生し、魔法の存在を喜び、周囲の人々との関わりに幸せを感じていた。


 しかし、ここはゲームの中などでも無ければ、夢の世界でもない。まぎれもない現実であり、死の危険が伴う本物の世界であるという事を、どこか忘れてしまっていたのだ。


 ーー今のままじゃダメだ。これじゃあ周りの人達どころか、自分の身すら守れないかもしれない。ーー


 アレクセイは決意した。これまでは趣味のように行なっていた魔法の研究を、身を守るため、そして大切な人たちを守るための力へと変えていく事を。


 しかし、彼はまだ知らない。この決意が後に世界を大きく変えていく事を…。

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