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第4話 魔法の訓練

年内最後の更新となります。

 朝食が済んだ後、アレクセイはライナスの書斎へと向かった。


 ライナスからすればまだ文字を覚えたばかりの我が子が、魔法に関する本はないかと尋ねてくることに多少の違和感はあった。しかし、いつも何か興味を持ったものに没頭するアレクセイの姿を見ていることもあり、その対象が魔法になっただけかと自分を納得させたのだった。


 書斎に入ると、壁一面に本が並べられている。記憶にある限り、アレクセイがこの部屋に入るのは初めてであった。


「うわぁ、すごい本の数ですね、お父様。」

「あぁ、そういえば、アレクセイはこの部屋に入ったことがなかったな。父上、お前にとってはおじいさまだが。父上の集められた本がほとんどだ。」

「おじいさまは勉強がお好きだったんですか?」

「正確には、勉強も、好きだったんだ。武勇に優れた方だったというのは話した記憶があるが、こちらは言っていなかったな。」


 先代のユリウス・グレイベルは、今朝ターニャが話していたように武勇に優れた人物として知られていたが、ライナスにとってはむしろ自室にこもって本を読んでいる姿の方が印象的な人物だった。

 家にいる時のユリウスは、話に聞くような勇猛果敢な様子など感じさせない。いつも何か思案しているような落ち着いた人物だった。そう話すライナスの表情は、どこか温かい笑みを浮かべている。亡き父を思い浮かべ思い出話をするライナスに、相模雄二としての意識は共感を覚えていた。雄二もまた、昨年父親を亡くし悲しみに暮れた時期があったからだ。

 

「おじいさまは素敵な方だったのですね。」

「あぁ、そうだとも。…いや、すまない、そんな話ではなかったな。魔法について教えよう。」

「はい!お願いします!」


 ライナスはそう言って魔法の説明を始めてくれた。



 アレクセイは魔法の説明を聴き終えた後、自室に戻っていた。

 その姿は先ほどまでの希望に満ち溢れた様子からは想像もつかないほど、憔悴しきっていた。


 父から受けた魔法についての説明は非常に簡潔で分かりやすいものだったが、アレクセイが期待した魔法と、ライナスから説明されたこの世界の魔法は、あまりにもかけ離れたものだったからだ。


「全ての人間は魔力を持っており、その魔力を使って魔法を使用することができるが、一生のうちに覚えることができる魔法は一種類のみである。」


 父の声が耳の奥で何度も繰り返し再生される。


 嘘だと否定したい。自分の思い描いた通り、空を飛び、火を起こし、水を生み出し、風を操る。

 人間がその身一つでは成し得ない、あらゆる奇跡を実現させる万能の力。それが魔法であると信じたかった。しかし、この世界における魔法はそうではないという。


 火を起こすことはできる。水を生み出すこともできる。しかし、火を起こしながら水を生み出すことはできない。


 ーーそれじゃあ全くもって万能じゃないじゃないか!ーー


 魔法が使えるというだけで満足したい、しかし、人間とは欲深いものなのだ。できるとわかった途端、自分の欲望を全て叶えたいと思ってしまう。


 アレクセイは悲しんだ。悲しんで悲しんで、1日が過ぎ去ってしまうほどに悲しみ尽くした。

 食事も食べずに塞ぎ込むアレクセイの姿を見たターニャとシンシアはライナスを責めたほどだった。


 日が明けて翌日。昨日の姿のまま、悲しむだけ悲しんだ後、諦めきれないアレクセイは考えた。


 ーー試してみもせずに、できないと決めつけるのは良くない。まずはやってみよう。ーー


 それは自分が相模雄二として生きていた時、仕事で生徒たちに言っていた言葉だった。


「そうだ、とりあえず魔法を使えるようになってみよう。」


 そう決断してからのアレクセイは早かった。


 ライナスの書斎に入り浸り、祖父の残した本を読み漁る。

 わからない言葉があればライナスに尋ね、ありとあらゆる魔法の知識を詰めこんでいった。



 そうやって一ヶ月が過ぎたころ、アレクセイには十分すぎるほど魔法知識が備わっていたのだった 。


 この世界における魔法とは、人間が元から持っている力「魔力」を使って起こす奇跡のことである。燃えるものがない所に火を起こすことができるし、何もない所に水を生じさせることもできる。しかし、自然の摂理に完全に逆らうことはできない。例えば、魔法で作った火だからといって、海の中で火を燃やしておくことはできないし、魔法で作った水だからといって、極寒の世界でいつまでも凍らないというわけでもない。

 そして、この魔法を習得することができるのは1人の人間につき一種類のみである、という記述も見つけることができた。つまり、火を起こす魔法を覚えると、水を出す魔法は使えないということだ。

 

 しかし、気になる点もあった。

「できない理由がどこにも書いていない…。」


 魔法に関する内容を記した本自体が非常に少ないせいか、はたまた研究が進んでいないためか、理由は分からない。しかし、明確にできない理由が書かれた本は存在しなかった。

 どの本を読んでも、できないものはできない、としか書かれていないのだ。


 できない理由がわからないのに、試さないのはもったいない。

 そう考えたアレクセイは次に、実際に魔法の練習を始めた。


「お父様、魔法を使えるようになるためには、どんな訓練をすれば良いですか。」

「なんだ、アレクセイ、随分急ぐじゃないか。魔法の選択はもっと慎重になるべきだぞ。」

「いいえ、少しでも早く使えるようになって、技術を磨きたいのです。」

「そうか…。わかった。ならば、グレイベル家に伝わる魔法を教えてやろう。父上も、私自身も習得した魔法だ。」

 

 ライナスはそう言って風を操る魔法を教えてくれた。

 

「魔法の使用はまず、自分の魔力を感じるところから始まる。今から私が魔法を発動させるから、その力の流れを感じ取るんだ。」

「わかりました。」

 

 庭に出た2人はこうして、魔法の練習を始めた。

 

「手のひらに魔力を集中させる。もし魔法を使う才能があるならば、この魔力の流れを感じることができると思うが、わかるか?」


 そう言って手を前に突き出したライナスの姿が少しずつ赤く光り始めた。

 赤い光は次第に手のひらに集まり、体全体の光が消えた分、手のひらの光が強くなっていった。


「よくわかりませんが、手のひらに赤い光が集まっているように見えます。」

「何?光が見える!?」


 あまりにも驚いた様子を見せるライナスの姿に不安を感じたアレクセイだったが、続く一言で不安は希望に変わった。


「魔力が光として見えるのは、ごく稀にいる魔法の才能に溢れた人のみだ。喜べ、アレクセイ。お前はどうやら魔法の才能があるようだ。」

「本当ですか!?」

「あぁ。私も話に聞いただけではあるが、間違いない。」


 アレクセイがここ一ヶ月ほど感じていた、魔法に対する失望感が払拭されるようだった。


「よし、それでは練習を続けよう。その光を自分でも出せるように集中するんだ。足の先から頭の天辺へと力が流れていく様子を思い浮かべなさい。」

「わかりました。」


 アレクセイは目を閉じ、全神経を集中させて魔力を感じようとした。

 わずかに、自分の中の光を感じたと思った瞬間、目の前が白色の光でいっぱいになった。


「うわぁ…。白い光でいっぱいです…。」

「よし、成功だな。次にその光を手のひらに集めようとしてみるんだ。急がなくていい。」

「はい!」

 見えた魔力の光を動かすことは難しくなかった。自分が念じた通りに形を変え、操作できることに気づき、言われた通りに手の平へと光を集中させた。

 次の瞬間。体全体から出ていた光が消えたかと思うと、手のひらの光が一層強く、輝き始めた。これほど強い光であれば、太陽を見続けることができないように、目視できないのではないかと考えたが、それは杞憂だった。強い光ではあるが、見ていても目が痛くなることのない、優しい光だった。


「できました。」

「あぁ、私もお前の魔力を感じているよ。これほど強い魔力は珍しい。」

「次はどうすればいいのですか?」

「あとは簡単だ。手のひらの魔力が風となるように変化し、手から離れていく様子を想像してみなさい。」

「はい、わかりました。」


 返事をするやいなや、アレクセイの集めた魔力は手のひらを離れていった。

 瞬間、凄まじい轟音が鳴り響く。

 何が起こったのかとライナスが見た先の光景は異様なものだった。

 

 アレクセイが手を向けた先に生えていた木が吹き飛んでいたのだ。


 根本から吹き飛ばされた木は、枝の殆どがバキバキに折れていて、まるで局地的な台風が襲ったかのような姿になっていた。

 

  ーーこれを、アレクセイがやったのか?ーー


 たとえライナスがやったとしても、これほどの威力は出ないであろう。せいぜいが枝の数本を折るのが精一杯だ。

 そんな中、木を根本から吹き飛ばすほどの威力を出す、自分の息子の才能が、恐ろしくもあり、嬉しくもある。ライナスは複雑な心境になりながら、一言、この魔法の名前を付け加えた。


「これが風魔法エアインパクトだ…。」


 この日、世界中にその名をとどろかせる魔導師『アレクセイ・グレイベル』の伝説が始まったのだ。

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