第2話 新たな家族
早速ブックマークしていただいた方がいて、ありがたい限りです。
屋敷の門をくぐり、大人3人が横並びで悠々とくぐり抜けられるであろう広さの扉を開けると、そこには泣き崩れる母と、それをなだめる父の姿が目に飛び込んできた。
「ライナス、アレクにもしものことがあったら、私どうすればいいの…?」
「大丈夫、大丈夫だよシンシア。きっとターニャ達が見つけてくれる。彼女達を信じて待とうじゃ無いか。また、ひょっこりと帰ってくるかもしれない。」
そんな話が聞こえてきたかと思えば、ドアが開いた事に気付いたシンシアが立ち上がった。
記憶の中にあるシンシアの姿と寸分違わぬ、美しい栗色の長髪と、透き通るような白い肌。フランス人のような顔立ちの美女がそこにいたのだ。
母の愛とはこの事か、考えるより先に体が動いたのだろう。気がつけばシンシアに抱きしめられていた。
耳元でさめざめと泣く母の声を聞き、アレクセイは先程あまり感じなかったばつの悪さを感じる。やはり母親の泣く姿は見たく無いものだ。
一方で、父親であるライナスが安堵の表情を浮かべながらこちらを見ている事に気付く。アレクセイとしての記憶の中にある父の姿に、ぴったりと当てはまる。自分と同じ銀色の髪に、どこかラテン系の顔立ちをしたとてつもない美男子が立っている。
ファンタジーものによくある、ダメな貴族の姿には全く当てはまらない。それどころか、自分の記憶の中にあるライナスは、おおよそ理想的な貴族の姿を体現している。
ノブレスオブリージュという言葉がまさに当てはまるほど、民衆に対して温かく、自らに厳しい、そんな父親の姿を見て、アレクセイとしての意識はもちろん、相模雄二としての意識でも尊敬できる人物だった。
「奥様、ご覧の通り、坊っちゃまは健在でございます。ご心配をおかけするような事態になってしまい、申し訳ありませんでした。」
そう頭を下げるターニャの姿が追い打ちをかけるようにアレクセイの心を締め付けた。
自分の記憶をどう漁った所で、ターニャに落ち度はない。むしろ、よくぞすぐに気がつき探し回ってくれたと褒めてあげたいほどだ。
もし、今回の事でターニャが罰を受けるような事になれば、即座に自分の責任だと申し出るつもりでいたが、アレクセイが声をあげようとしたその瞬間、ライナスが優しい声で語りかけた。
「気にすることはないよ、ターニャ。息子のことはよくわかっているつもりだ。君たち使用人に落ち度がない事くらいわかっているさ。」
そう告げたライナスの姿を見て、アレクセイの中の父親評価がまた一段上がった。
「そうよ、ターニャ。むしろ私たちの代わりによく探しにいってくれたわ。ありがとう。」
こう続けた母の様子もまた、記憶にあるシンシアの姿通りであり、雄二にとっては奇妙な安心感を持つことができた。
アレクセイはひとしきり体の安全を確認された後、ライナスには叱られ、シンシアにはもう一度抱きしめられてからやっと解放された。
「疲れただろう。詳しい話は後にして、風呂に入ってきなさい。」
ライナスからそう言われたアレクセイは、迷う事なく風呂場へと向かい、記憶にある通りの豪華な風呂へ入った。
湯船に浸かりながら今の状況を再確認する。
明らかなのは、自分が異世界に転生したのだろうという事。そして、現在の自分はアレクセイという名前であり、下級貴族の長男であるという事である。
ーーこの世界の常識、というか知識は、アレクセイの持っているものなんだろうな。それが、相模雄二としての意識に統合されて、今の俺になっているってことか。ーー
アレクセイとしての意識は、自我が育ちきる前の状態のものが統合されたからなのか、あまり強くない。
その分、相模雄二としての人格中心に統合されたということなのだろう。
そして、アレクセイが雄二と統合される直前、どのような状態だったかも記憶に残っていた。
アレクセイは死にかけていたはずなのである。
鳥を追いかけて屋敷を出た後、アレクセイは鳥を追いかけて無我夢中で走っていた。それこそ、足元に意識など全く向けない状態で、である。
当然、子供の注意力で足元を見ずに走り回れば、近くに段差や崖があったとしても気づくことなど無理な話であろう。
2メートルほどの崖から落ちたアレクセイは、そのまま誰に知られることもなく死んでしまう運命だったのだろう。しかし、その運命を変えたのが雄二だったというわけだ。
しかし、わからないこともあった。
ーー崖から落ちて、怪我して辛かった記憶はある。でも、そこからどうやって復活したのかはよくわからんのだよなぁ。ーー
3分ほど考えてみたが、これといった考えも浮かんでこない。そもそも、今の状況になった理由すらわからないのだから、考えるだけ無駄だという結論に至り、温かい風呂を楽しむ事に決めた。
コンコン
風呂場のドアをノックする音が聞こえる。
「坊っちゃま、湯加減はいかがですか?」
そんな声とともに、一糸まとわぬ姿のターニャが入ってきた。
「た、たたた、ターニャ!?」
「何を驚いていらっしゃるんですか?早く頭を洗ってしまいませんと、いつも長湯をしてのぼせてしまうではありませんか。」
そう言ってアレクセイを抱え上げたターニャの姿を、見ていいものかと逡巡するアレクセイの姿は、完全に28歳の男のそれであり、とても5歳児とは思えない。しかし、外見上は5歳児である。
ーーいや、今ならば甘んじてマセガキと呼ばれるのすら受け入れようじゃないか。俺は今、桃源郷にいる!ーー
慌てると馬鹿な考えばかりが浮かぶ自分をたしなめてやりたくなるが、仕方がない。なんといっても桃源郷が広がっているのだから。
喜ぶべきか、悲しむべきか、自分の下半身を眺めてみても特に変化のない一点を見るに、やはり自分の身体自体は5歳児なのだと思い知った。
こうしてひとしきり桃源郷を楽しんだ後、すっかりとのぼせかけたアレクセイはやはり今回もターニャに叱られるのであった。
自室に戻ったアレクセイは、整えられたベッドに身を投げ出すと同時に強烈な睡魔に襲われる。
ーーだめだ、5歳の体はやっぱり体力が無いんだなぁ…ーー
もし、次に目を覚ました時に、全て夢だったとしても。それはそれでいいなぁ、などと考えながら、やはりそんな事にはならないだろうと、確信を持っている自分がいた。
そんな事を考えながら、アレクセイは意識を手放した。