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第1話 異世界転生

最初なので2話分投稿です。


続きは明日投稿し、しばらくは毎日投稿できると思います。

 相模雄二は日本人である。

 父親も母親も生粋の日本人であり、夏にはスイカを食べ、冬にはみかんを食べ、クリスマスをそこそこ祝い、お正月ともなれば三が日を食っちゃ寝と自堕落に過ごし、テレビから流れる新春特番を「おもしろくねぇなぁ」と文句を言いながら見続けるという、生粋の日本人である。

 

 もちろん、雄二本人もその例に漏れず。

 ここ数年は仕事の関係でそんなお正月を過ごすこともなくなっていたが、それでもやはり日本人であることに疑いの余地はなかった。

 そう、無かったはずである。


 現在、水面に映る自分の姿を見た雄二に、我こそは日本人である!と胸を張って主張する度胸はない。

 明らかに日本人ではない、高い鼻や彫りの深い顔。深い緑色をした瞳。極め付けは銀色の髪。これだけ日本人を否定する要素を目の前に突き出されると、流石の自信も砕け散るというものだ。


「なんだよこれ…、俺の顔か?」


 そう呟いたはずの自分の声を聞いて再び驚かされる。

 聞こえてくる言葉は思う通りだというのに、聞こえてくる声音が思っていたものとは全く異なっている。明らかに高く、そして明らかに聞き覚えのない響きだ。


 それもそのはず、自分の目に映る姿は明らかに子供のそれである。

 見た目から察するに、齢5歳といったところだろうか。


「若返った…ってわけでもないよな。俺の子供時代なんて俺が一番、は言い過ぎでも三番目くらいに詳しいぞ。」


 一番詳しいのは母親で、二番目は父親だろうか。そんな無駄なことを考えながら、冷静に自分の状況を分析してみた。


 ーー明らかに俺の姿は俺のものじゃない。でも意識は俺のものだ。つまり、これは俺であって俺じゃない。このパターンは…。ーー


「もしかして、俺たち、入れ替わってる!?」


 ……。


 虚しい沈黙が続く。

 自分の冗談を理解してくれる存在がいない事。そもそも自分以外の人間が存在しない事。そんなさまざまな虚しさを感じながら、大声で叫んでしまったことに激しい後悔をした。


  ーーいや、落ち着け俺。入れ替わるも何も、俺は確か死んだはず…だよな?ーー

 意識を手放す直前の事を思い出してみる。

 体の自由がきかなくなり、次第に薄れゆく意識の中で死を覚悟したことは覚えていた。しかし、考えてみれば明確に死を感じたわけでもなければ、明らかに死ぬような状況に置かれていたわけでもない事に思い当たる。


 ーー死んだって気がしてたけど、よく考えりゃあそんなこともないのか。ってことは、これは、本格的に転生でもしたか?ーー


 ありえないと心のどこかで否定していたが、そもそも今の状況がありえないのだと思い至り、前向きに考えることにした雄二は、すっくと立ち上がった。


「とりあえず、人を見つけよう。」


 探す当てはないものの、ここに留まっても仕方がない。

 雄二は立ち上がった身体の軽さに多少の感動を覚えながら、川沿いの道に沿って歩き始めた。



 歩いているうちに気がついたことがいくつかある。


 まず、自分の身なりを考えるに、どうやら今の自分はそこそこ裕福な状況にあるらしいことがわかった。着ている服は木綿でできているようだが、ほつれや穴などもなく綺麗な状態だ。

 明らかに日本人離れした顔立ちを見るに、ここが日本だという可能性はほぼ無い。そもそも周りを見渡しても山がほとんど見えない時点で日本という可能性は薄いだろう。


 ーーでも、話している言葉は日本語に聞こえるんだよなぁ。ーー


 これだけが不可解な点であったが、それもよくわからない以上、考えても仕方のないことだと思い直す。


 次に、今自分がいる場所の文明レベルは、決して高くないだろうということがわかる。

 少し歩いた所に、小高い丘のような場所があった。そこに登って周りを見渡すと、明らかに建物の数が少ないのだ。おまけに、いくつか見える建物も決して新しいとは言えない様子で、最も大きい建物は逆に豪華すぎる。現代であれだけの建物を立てようと思えば、一体幾らかかるのか想像もつかない。


 ーーでもまぁ、とりあえず一番でかい建物に行っとくのが間違いないか?ーー


 ファンタジーの世界ならば大方、ああいった所は貴族なんかの屋敷で、嫌味なおっさんか恰幅のいいおっさんか、はたまた初老のシブいおじさまが出てくると相場が決まっている。


「できれば渋いおじさまがいいなぁ。」


 そんな事を考える余裕は出てきたが、依然として身の安全が保証されない事実に、心が晴れることはなかった。


 

 1時間は歩いただろうか。流石にただ歩くだけでも長時間は辛いものがある。まして、今の自分はどうやら5歳の子供の姿である。足が痛みだし、疲れは隠せない。


 ーーこれ、普通の5歳児だったら泣いてんだろうなーー


 一度だけ、親戚の子供の相手をした事を思い出した。さっきまで楽しそうにキャッチボールをしていたと思えば、だだのゴムボールだというのに、頭に当たっただけで大泣きしたのをみて、小さい子供の相手をする保育士などはなんと偉大な人々なのかと、思わず尊敬の念を抱いたほどである。


 さすがに28歳の精神で泣き出すほどのことはないが、それでも泣き言の一つは言いたくなるというものだ。


 目に見えて近付いてくる巨大な屋敷だけが、今の自分を支えている。もしあの屋敷が蜃気楼で、近づいた途端に消え去ってしまったら…。(本物の蜃気楼ならそもそも近づけないだろうが)

 そんな考えが頭をよぎるが、思い直して再び足を前に出し続ける。


 そうして屋敷が近づいてきたと思った、その時。


「坊ちゃん!」


 そう呼ばれたのが自分であると気づくのに、少し時間がかかった。


「あぁ、坊ちゃん、よかった…。本当に良かった…。」


 声の方に向き直ると、アニメで見るようなメイド服に身を包んだ綺麗な女性が膝から崩れ落ちていた。


 長い黒髪を後ろでお団子状にまとめたような髪型はよくあるメイドさんと言った風で、どことなく安心感を覚える。整った目鼻立ちと、どこか懐かしいような感覚を覚える顔立ちから、雄二の警戒心は一気に氷解した。そんな美人メイドさんがさめざめと泣く姿はなんだか背徳的だ。

 涙を流しながら、目に見えて安心した表情のその女性は、なんとか立ち上がり雄二に向かって走り寄り、強く抱きしめた。


 ーーおぉ!役得!って、使い方違うか?ーー


 やはりくだらない考えばかりが浮かんでくる自分が少々嫌になったが、雄二にとっては誰かに抱きしめられるというのもおそらく初めてのことであり、どうすればいいのかがよく分からなかった。


 女性はひとしきり泣いたあと、雄二を見てこう言った。


「アレクセイ坊っちゃま!どうしてお一人でいなくなるような事をなさったのですか!旦那様も奥様も、使用人達だって、皆本当に心配したのですよ!」


 言われた内容よりも、呼ばれた名前の方に意識が行ってしまった自分を、誰が責められるだろう。薄々と感づいてはいたが、やはり、自分はもう相模雄二という人間ではないのである。

 そう言われたような気がした。

 同時に、自分の名前がアレクセイという事に不思議と納得が行ってしまった。


 瞬間、不思議な現象が起こった。

 

 それまで全く自分の状況が読めなかったというのに、名前を認識した途端にこの世界の知識が流れ込んでくるような錯覚に襲われたのだ。


「ごめんよ、ターニャ。鳥を追いかけていたら、知らない所に行ってしまったんだ…。」


 これは嘘ではない。アレクセイという子供は、本当に鳥を追いかけて屋敷を出て行ってしまったのだ。

 生来、様々なものに集中しては周りが見えなくなり、突拍子も無い行動を繰り返していた。そんな知識が、どこからともなく湧いてくる。だからこそ、目の前のターニャと呼んだ女性もその言葉を疑うことはしない。


「またですか、坊っちゃま…。本当に様々なことが気になるのですね…。しかし、以前お約束したはずです。何かを追いかける時は、近くにいる者に声をかけてから行ってくださいと!」


 こう約束した記憶も残っている。だからこそ、雄二は、いや、アレクセイは素直に「ごめんなさい」と返答した。


 不思議な気分である。一瞬のうちにこの世界の知識を得たと思ったら、次の瞬間には知識が記憶に変わっている。他人の記憶を覗いている感覚から、自分が体験した記憶だと認識するようになる。そんな経験ができるとは思わなかった。


 ーーなんか、魔法っぽいなこれ!ーー


 しかし、根本的な部分はやはり、相模雄二としての意識が残っているのだ。だからこそ、雄二としての意識でアレクセイという男の子を演じる事に抵抗はなかった。


 ーー『アレクセイ・グレイベル』今の俺の名前か…ーー


 自分に語りかけるように新たな名前を心の中でつぶやき、これまでの相模雄二としての人生を捨て、今の自分の人生を生きることを覚悟した。


 アレクセイ達はもう二言三言交わしたあと、ターニャに手を引かれる形で屋敷へと戻っていった。


 これから先の自分の運命に、わずかばかりの不安と、大いなる希望をもって…。

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